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レーヴァルト戦記 ~最弱のコピー能力が別の魔法に化けるので、恩人の領主を守るために戦います~  作者: 深夜のトースト
第3章 焦土に芽吹く

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第7話 品切れの男と、写せない男

「――構えろ、坊主」


翌朝。


北門の内側の、踏み固められた土の広場に、ガストンの野太い声が響き渡った。


広場の周りには、自警団の若い連中が、ぐるりと輪を作っていた。

朝の見回りから戻ったばかりの者。これから見張り台に上がる者。槍の手入れの途中で、穂先に布を巻いたまま駆けつけてきた者。誰も彼もが、興味津々という顔で、広場の真ん中を見つめている。


その真ん中に、雷夕と、ガストンが向かい合っていた。


ガストンは、例の大斧を、片手で軽々と肩に担いでいる。

刃には、革の覆いが被せてあった。手合わせ用だ。それでも、あの質量で殴られれば、骨の一本や二本では済まない。


「……なあ、おっさん。本当にやるのか」


「何だ、怖気づいたか」


「怖気づくだろ、普通。それ、覆いかけてても鈍器だぞ」


「鈍器で死んだ奴はいねえ。たぶんな」


「たぶんって何だよ!」


輪の中から、どっと笑い声が上がった。


*


事の起こりは、朝飯の席だった。


詰所の狭い卓で、雷夕が炊いた麦粥を啜りながら、ガストンが言い出したのだ。


「――で、坊主。品切れじゃなくなったってのは、どういう具合だ」


「どういうって」


「見せてみろ。この目で見なきゃ、信じられん」


それで、こうなった。


「――いいか、坊主」


ガストンは、大斧を肩から下ろして、その柄を、地面にどすんと突き立てた。


「三年前のお前は、俺の前に立ったら、三つ数える間に尻餅をついてた。剣を構えるのが遅い。足が止まる。目を瞑る。――その三つが、ちったぁ直ったかどうか、見てやる」


「目は瞑らなかっただろ、さすがに」


「瞑ってた。毎回だ」


「……毎回?」


「毎回」


輪の中から、またどっと笑い声が上がった。


壁際で腕を組んで見物していたロゼリアが、肩を震わせていた。


*


「――始め」


ボリスが、手を叩いた。


ガストンが、動いた。


――速い。


あの巨体からは信じられないほど、初動が速かった。

大斧の柄を地面から引き抜く動きが、そのまま横薙ぎの一撃に繋がっている。溜めも予備動作もない。踏み込みと振り抜きが、一つの動作に溶け合っていた。


ブォンッ――!


空気が、唸った。


雷夕は、後ろへ跳んだ。


鼻先を、革の覆いが掠めていく。風圧だけで、前髪が逆立った。


(――あっぶね!)


着地。

足は止めない。止めたら、次が来る。


案の定、来た。


振り抜いた大斧の勢いを殺さずに、ガストンの体が、くるりと一回転する。遠心力を乗せた二撃目が、今度は斜め上から、唸りを上げて落ちてきた。


雷夕は、剣を抜いた。


受けない。

受けたら、剣ごと腕が持っていかれる。


――流す。


ギャリィッ――!


刃と刃が擦れ合う、耳障りな音。


剣の腹で、大斧の軌道を、ほんの僅かだけ横へ逸らした。逸れた刃が、雷夕の肩のすぐ脇の地面に、どごん、と深くめり込む。土くれが弾け飛んだ。


(――重っ!)


剣を握る両手が、じんと痺れた。


流しただけで、これだ。

まともに受けていたら、どうなっていたか。


*


ガストンの目が、ほんの少しだけ、見開かれた。


「――ほう」


地面から大斧を引き抜きながら、髭の奥で、にやりと笑う。


「流しやがった」


「……三年前のままだと思うなよ」


「三年前のお前なら、今ので尻餅ついて、目ぇ瞑ってた」


「瞑ってない!」


「瞑ってた」


ガストンは、大斧を構え直した。


今度は、両手で。


その瞬間、空気が、変わった。


さっきまでの、遊び半分の気配が、すっと消えた。代わりに、巨体の重心が、ずしりと地面に沈み込む。肩から力が抜け、肘が緩み、斧の刃先が、ぴたりと雷夕の喉元の高さで止まった。


(――あ、これ、本気のやつだ)


背筋に、冷たいものが走った。


三年間、ガストンがこの構えを取るのを、雷夕は何度か見たことがあった。

魔物の群れに囲まれた時。盗賊の頭目と斬り合った時。


自分に向けられるのは、初めてだった。


*


「――坊主」


ガストンが、低く言った。


「劣化とやら、使ってみろ」


雷夕は、剣を構えたまま、固まった。


「……おっさん」


「何だ」


「それ、無理だ」


「あぁ? 品切れじゃなくなったんだろうが」


「いや、そうじゃなくて」


雷夕は、ガストンの大斧を、顎でしゃくった。


「劣化ってのは、相手のスキルとか魔法を写す力なんだよ。――おっさん、スキルも魔法も、何も使ってないだろ」


一拍。


ガストンの太い眉が、ぴくりと動いた。


「……つまり」


「写すもんが、ない」


*


広場が、静まり返った。


それから。


――ぶはっ、と。


輪のどこかで、誰かが噴き出した。


それが合図だった。

自警団の若い連中が、腹を抱えて、地面を転げ回って笑い出した。ボリスが、欠けた前歯を剥き出しにして、膝を叩いている。


「写すもんがねえって!」

「ガストンさん、空っぽだってよ!」

「品切れはガストンさんの方だったのか!」


ガストンの顔が、見る間に赤くなっていった。


「――うるせえッ!」


大斧の柄で、地面をどんと突く。


それでも、笑い声は止まなかった。


壁際では、ロゼリアが、とうとう堪えきれずに壁に額を押しつけて、肩を激しく震わせていた。その隣で、ケインが、真顔のまま、ほんの僅かに口の端を引き攣らせている。


*


「……ちっ」


ガストンは、大斧を肩に担ぎ直して、髭を掻いた。


「なら、剣だけで来い。劣化抜きでどこまでやれるか、見てやる」


「最初からそう言えよ」


「言わせたのはお前だ!」


それから、四半刻。


雷夕は、ガストンに、八回、地面に転がされた。


一回目は、足を払われた。

二回目は、斧の柄で胸を突かれた。

三回目は、流したと思った斧の軌道が、途中で変わった。

四回目から八回目までは、何をされたのか、よく分からなかった。


それでも――。


一度も、目は瞑らなかった。


一度も、三つ数える間に尻餅はつかなかった。


八回目に転がされて、空を見上げながら荒い息を吐いている雷夕を、ガストンが、大斧を肩に担いで見下ろしていた。


「――まあ」


髭の奥で、ガストンが、ぼそりと言った。


「ちったぁ、マシになったな」


雷夕は、地面に大の字になったまま、笑った。


息が切れて、うまく笑えなかった。


*


「――次は、俺が相手をしよう」


輪の外から、低い声がした。


笑い声が、ぴたりと止んだ。


リヴァールだった。


壁際から離れて、ゆっくりと広場の中へ歩み出てくる。

腰の長剣は、鞘に収めたまま。抜く気配もなく、ただ、ガストンの正面に立った。


ガストンの目が、すっと細まった。


「……元騎士か」


「元、だ」


「坊主の仲間なら、遠慮はいらねえな」


「いらん」


二人の間の空気が、ぴんと張り詰めた。


輪の中の若い連中が、ごくりと唾を呑む音が聞こえた気がした。


*


ロゼリアが、慌てて壁際から駆け寄ってきた。


「――ちょっと、リヴァール! あんた、ここで重撃使ったら――」


「使わん」


リヴァールは、ガストンから目を離さずに言った。


「秤を壊したのを、まだ根に持っているのか」


「持ってるわよ! 二台目、まだ作ってないんだから!」


「作るな」


二人のやり取りに、ガストンが、怪訝そうに眉を寄せた。


「……重撃?」


「固有スキルだ」


リヴァールは、ようやく鞘ごと剣を腰から外して、両手で握った。


「一撃に、重さが乗る。――手合わせで使えば、あんたの斧が折れる」


ガストンの眉が、ぴくりと跳ね上がった。


それから、髭の奥で、にやりと笑った。


「――言うじゃねえか」


*


二人がぶつかったのは、ボリスが手を叩いた、その瞬間だった。


ガツンッ――!!


鞘に収まったままの長剣と、革の覆いをかけた大斧が、真正面から噛み合った。


鈍い音だった。

金属と金属が打ち合う音ではない。重いものと重いものが、ただ真っ向からぶつかり合う音。


二人の足元の土が、同時に、ずり、と沈んだ。


どちらも、退かなかった。


ガストンの太い腕に、血管が浮き上がる。

リヴァールの、普段は動かない表情が、ほんの僅かに、引き締まる。


刃と刃が、噛み合ったまま、震えていた。


「――重撃なしで、これか」


ガストンが、歯を剥き出しにして笑った。


「元騎士ってのは、化け物揃いか」


「あんたこそ」


リヴァールが、低く返した。


「固有スキルなしで、これか」


*


ふっ、と。


二人が、同時に、力を抜いた。


噛み合っていた刃が離れる。

二人とも、一歩ずつ、後ろへ下がった。


それきりだった。


ガストンが、大斧を肩に担ぎ直す。

リヴァールが、鞘ごとの剣を、腰に戻す。


輪の中の若い連中が、ぽかんと口を開けて、二人を見比べていた。


「……終わり?」


ボリスが、恐る恐る聞いた。


「終わりだ」


ガストンが、あっさりと答えた。


「これ以上やったら、どっちかが怪我をする。――怪我人を出してる場合じゃねえだろ、今は」


リヴァールも、小さく頷いた。


「同感だ」


二人は、それ以上、何も言わなかった。


ただ、すれ違いざまに、ガストンが、リヴァールの肩を、ばしんと一度だけ叩いた。


リヴァールは、それを、避けなかった。


(――あ、今、通じたな、あの二人)


地面に座り込んだまま、雷夕は、そう思った。


*


昼。


詰所の前の焚き火で、雷夕は、大鍋をかき回していた。


麦粥だった。

ボリスたちが市場から掻き集めてきた麦と、干し肉の切れ端と、トマスの隊商が運んできたイヴァルキアの乾燥香草。それに、ハンナが持たせてくれた酢漬けの野菜を、刻んで少しだけ。


鍋から立ち上る湯気に、香草の匂いが混じる。


自警団の若い連中が、木の椀を手に、焚き火の周りに列を作っていた。


「――おい、坊主の麦粥だぞ!」

「三年ぶりだ!」

「俺、これ食いたくて自警団入ったようなもんだからな!」


「……嘘つけ」


雷夕は、苦笑しながら、一杯ずつ椀に注いでいった。


*


列の最後に、ガストンが並んでいた。


大きな手で、一番大きな椀を突き出してくる。


「大盛りだ」


「おっさん、自分で炊けよ」


「炊けねえから、お前を雇ったんだろうが」


雷夕は、鍋の底から、具の多いところをすくって、山盛りに注いでやった。


ガストンは、焚き火の脇の丸太に、どっかりと腰を下ろした。

雷夕も、その隣に座った。


しばらく、二人とも、黙って麦粥を啜った。


「……味、変わったな」


ガストンが、ぼそりと言った。


「イヴァルキアの香草入れたから」


「ふん」


もう一口、啜る。


「――悪くねえ」


*


焚き火の向こうでは、ロゼリアが、自警団の若い連中に囲まれていた。


「霧」と書かれた素焼きの瓶を一つ手に取って、使い方を説明しているらしい。若い連中は、最初こそ胡散臭そうな顔をしていたが、ロゼリアが試しに一つ地面に叩きつけて、ぶわっと白い霧が噴き出した途端、目の色が変わった。


「すげえ!」

「何だこれ、魔法か!?」

「魔法じゃないわよ、道具よ! 誰でも使えるの!」


その少し離れたところで、ケインが、ボリスに剣の握り方を教えていた。

リヴァールは、見張り台の下で、北の方角をじっと眺めている。


「――坊主」


ガストンが、椀を膝の上に置いた。


「昨日、館に行ったんだろ」


「ああ」


「どうだった。フェリクス様は」


雷夕は、少し考えた。


「……真面目な子だった。俺に、謝ってきた。傭兵団を切ったのは自分だって。間違いだったって」


ガストンの髭が、僅かに動いた。


「――そうか」


「重臣の爺さんに、降伏しろって詰め寄られて、震えてた。でも、一回だけ、その爺さんを自分で止めたんだ。無礼だ、って。俺たちに」


「……そうか」


ガストンは、焚き火の炎を、じっと見つめていた。


「あの子はな、親父さんに似て、優しすぎるんだ」


「親父さん、って」


「先代だ。――俺たちを雇ってた、あの人だよ」


ガストンの声が、少しだけ、低くなった。


「優しくて、真面目で、嘘のつけねえ人だった。勝てない喧嘩は、絶対にしなかった。民を危ない目に遭わせるくらいなら、自分が頭を下げる。そういう人だった」


焚き火の薪が、ぱちりと爆ぜる。


「――あの子は、親父さんの真似をしようとしてるんだよ。必死にな。だが、今度の相手は、頭を下げても許しちゃくれねえ」


*


雷夕は、黙って、椀の中の麦粥を見下ろしていた。


湯気が、ゆらゆらと揺れている。


「……おっさん」


「何だ」


「あの子、昔、俺の麦粥を食ったことがあるって」


ガストンが、横目で雷夕を見た。


「親父さんと一緒に、団の野営地を見回りに来たことがあるだろ。その時の麦粥を、親父さんが美味いって言ってたって。――覚えてたよ、あの子」


ガストンは、しばらく、何も言わなかった。


それから、ふっと、髭の奥で笑った。


「……あったな、そんなことも」


大きな手が、雷夕の頭に、ぽんと載った。


今度は、首がもげるほどの力ではなかった。


「なら、坊主。お前の麦粥で、あの子の腹ぁ、もう一回満たしてやれ」


「……何の話だよ」


「さあな」


ガストンは、空になった椀を、雷夕の膝の上に置いた。


「おかわりだ。大盛りで」


「自分で注げよ!」


焚き火の周りに、また、どっと笑い声が上がった。


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