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レーヴァルト戦記 ~最弱のコピー能力が別の魔法に化けるので、恩人の領主を守るために戦います~  作者: 深夜のトースト
第2章 西の砦の篝火

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第17話 重き一閃

ドォン――ッ!


腹の底を殴りつけるような衝撃が、第二防壁の門を内側から震わせた。


閂を支える鉄の金具が、悲鳴じみた軋みを上げる。

蝶番の継ぎ目から、ぱらぱらと石の粉が零れ落ちた。


「――破城槌だ!」


壁の上から、掠れた叫び声が降ってくる。


ドォン――ッ!


二度目。


門扉の分厚い樫板が、目に見えて内側へ撓んだ。


*


雷夕は、座り込んでいた石畳から跳ね起きた。


膝が、笑っていた。

脇腹の傷口が、動くたびに焼けた鉄を押し当てられたように疼く。握りっぱなしだった剣の柄は、汗と血でぬるりと滑った。


(――休む暇も、くれないってか)


門の内側には、兵たちが寄り集まっていた。

肩で息をする者。折れた槍の柄をそのまま握りしめている者。額から流れた血が固まり、片目を塞がれたまま壁にもたれている者。

誰もが、満足に立てていなかった。

それでも、誰一人として、門から目を逸らしてはいなかった。


「門を支えろ! 丸太を持ってこい、閂の後ろに噛ませるんだ!」


老将の怒声が、壁の上から叩きつけられる。

深い皺に煤がこびりつき、鎧の肩当ては片方が斜めにずれたままだった。それを直す余裕すら、この男にはもう残っていないのだと、雷夕はぼんやりと思った。


*


ドォン――ッ!


三度目。


丸太を抱えて駆け寄った兵が、衝撃に弾かれて尻餅をつく。

閂の金具を留めていた釘が一本、甲高い音を立てて石畳に跳ねた。


キィン――。


小さな音だった。

それが、どんな鬨の声よりも恐ろしく聞こえた。


「――ロゼリア!」


「分かってる!」


ロゼリアが、腰の工具袋に手を突っ込む。

引き抜かれたのは、油瓶ではなかった。とうに投げ尽くしている。代わりに出てきたのは、鉄の楔と、拳ほどの小槌。


「閂の噛み合わせが緩んでる。楔を打ち込めば、あと何発かは――」


言い終わる前に、彼女はもう門へ走っていた。

煤で黒ずんだ指が、迷いなく金具の隙間を探り当てる。小槌が振り下ろされる。


カンッ、カンッ、カンッ――!


職人の手だった。

剣を握る手より、ずっと速く、ずっと正確だった。


*


「雷夕」


背後から、低い声。


ケインが、肩を押さえながら立っていた。

包帯に滲んだ赤は、半刻前よりも明らかに広がっている。顔色は紙のように白い。それでも、剣を握る右手だけは、少しも震えていなかった。


「門が破られたら、最初に雪崩れ込んでくる連中を、ここで止める」


「――その肩でか」


「動く方の肩でだ」


さっきと、同じ答えだった。

同じ答えを、同じ硬さで返してくる。それが、この男なりの、まだ折れていないという意思表示なのだと、雷夕にはもう分かっていた。


*


雷夕は、自分の胸の奥へ、意識を沈めた。


――乾いている。


井戸の底を覗き込んだような感触だった。

水は、ほんの僅か。指先を濡らす程度の、頼りない量しか残っていない。


(これで劣化を撃ったら――どうなる)


分からなかった。

発動するかもしれない。しないかもしれない。したとしても、何に化けるのか。どれだけ食うのか。

何一つ、分からない。


左の手首で、撹乱腕輪の留め具が、鈍く光っていた。

その脇の小さな革袋に、乳白色の石が一つ。


最後の、蓄魔石。


指先が、無意識に、袋の口へ伸びかけた。


『一つしかないものを、今から使う理由がない。もっと、無くなってからの話よ』


ロゼリアの声が、耳の奥で蘇る。


(――今が、その"無くなってから"じゃないのか)


門が、破られかけている。

兵は、立っているのがやっと。

油瓶も、矢も、残り僅か。


これ以上、何が無くなれば――。


*


ドォン――ッ!!


四度目。


楔を打ち込んでいたロゼリアの体が、衝撃でよろめいた。

門扉の中央に、縦に一筋、白い亀裂が走る。


「――下がれ、ロゼリア!」


雷夕は、革袋の紐を引きちぎった。


石が、掌に転がり出る。

ひやりと冷たい。表面に刻まれた細い溝が、指の腹にざらりと引っかかった。


(嵌めて――撃つ。化けるなら、化けろ。どうせ、もう――)


留め具へ、石を押し当てようとした。


その時だった。


*


――ブォォォォォォ……。


音が、聞こえた。


角笛だった。


戦場の喧騒を貫いて、低く、長く、腹の底に染み渡るような響き。

帝国軍の太鼓とは、まるで違う。乾いた打撃音ではなく、どこまでも尾を引いて伸びていく、太い音。


雷夕の指が、止まった。


(――今の、は)


門の外の破城槌も、止まっていた。

五度目の衝撃は、来なかった。


*


「――南だ!」


壁の上の見張りが、叫んだ。

声が、裏返っていた。


「南の林道から――騎兵! 騎兵が来る!」


「帝国の別働隊か!」


老将の問いが、鋭く飛ぶ。


見張りは、身を乗り出すようにして目を凝らした。

一拍。

二拍。


そして――。


「違います!」


声が、震えていた。

今度の震えは、恐怖の色をしていなかった。


「旗が――イヴァルキアの旗です! 王都の、援軍です!」


*


壁の内側で、誰かが息を呑んだ。


誰かが、膝から崩れ落ちた。


誰かが、言葉にならない声を上げた。


雷夕は、蓄魔石を握りしめたまま、壁の階段を駆け上がっていた。

脇腹の痛みなど、どこかへ消えていた。


*


胸壁の縁に手をかけ、身を乗り出す。


南。

帝国軍の黒い帯の、その右の脇腹にあたる林道の出口から、土煙が噴き上がっていた。


ドドドドドドドド――ッ!!


地鳴りだった。

何百という蹄が、乾いた大地を一斉に叩く音。それが、足元の石壁を伝って、膝の骨まで震わせてくる。


土煙を割って、騎兵の列が飛び出してきた。


翻る旗。

陽を弾く穂先。

馬の首に低く身を伏せた騎手たちが、一塊の楔となって、帝国軍の側面へ真っ直ぐに突き進んでいく。


(――数は、それほど多くない)


ひと目で分かった。

丘を覆い尽くした黒い帯に比べれば、細い、一本の線に過ぎない。


だが、その線は。


一切、速度を緩めなかった。


*


帝国軍の側面が、慌ただしく動いた。


盾を持った兵が前に出る。槍が並び、穂先が騎兵の進路へと突き出される。

さすがに、統率が速い。不意を打たれてなお、陣形を組み直そうとする手際は、敵ながら見事だった。


(間に合うのか、あれに――)


盾の壁が、騎兵の先頭を迎え撃とうとした、その刹那。


先頭の一騎が、馬上で剣を振りかぶった。


*


長剣だった。


飾り気のない、使い込まれた鋼の刃。

それが、盾の壁へ向けて、横薙ぎに振り抜かれた。


――ゴシャァッ!!


音が、おかしかった。


剣が盾に当たった音ではなかった。

攻城用の鉄槌が、城門を叩き割ったような。岩が、高みから岩へ叩きつけられたような。そういう種類の、重く、鈍く、腹を抉る音だった。


盾ごと、兵が吹き飛んだ。


一人ではない。

並んでいた三人、四人が、まとめて、木の葉のように宙を舞った。

後ろに控えていた槍兵の列が、飛んできた仲間の体に押し潰されて崩れる。


一振りで。


ただの、一振りで――盾の壁に、穴が開いていた。


*


「――な」


雷夕の喉から、掠れた声が漏れた。


開いた穴へ、後続の騎兵が雪崩れ込んでいく。

楔が、木材を割るように。帝国軍の側面が、内側へ向かって、ばっくりと裂けていく。


先頭の一騎は、止まらなかった。


二振り目。


――ゴシャァッ!!


破城槌を担いでいた兵の一団へ、真横から叩き込まれた刃。

丸太を抱えたまま、兵たちが薙ぎ倒される。巨大な破城槌が、支えを失って、地面に転がった。


ゴロゴロと、重い音を立てて、それは門から離れていった。


*


雷夕は、その騎手から、目が離せなかった。


(――あの剣筋)


知っていた。


暗い坑道の中で。

松明の頼りない明かりの下で。

一度だけ、隣に並んで、同じ相手に剣を向けたことがあった。


無駄が、一つもない。

踏み込みも、引き戻しも、次の構えに移るまでの間も。全てが、あの時と同じだった。


違うのは――。


あの時は、一度も見せなかった、あの重さだけ。


「――リヴァール……!?」


叫んだ声は、蹄の轟きに呑まれて、届くはずもなかった。


だが。


馬上の男が、一瞬だけ、こちらを――防壁の上を、振り仰いだ気がした。


*


「門を開けろ!」


老将の声が、壁の上を雷のように走った。


「破城槌は離れた! 敵の側面が割れている、今なら挟める! 動ける者は全員、続け!」


一瞬の、沈黙。


そして。


――オオオオオオッ!!


声が、上がった。

さっきまで立っているのがやっとだった兵たちの喉から、どこにそんな力が残っていたのかと思うほどの、割れんばかりの鬨の声が。


*


閂が、外される。


ロゼリアが打ち込んだばかりの楔を、彼女自身が小槌の尻で叩き出していた。


「――せっかく打ったのに!」


「悪い、後で何本でも打たせてやる!」


「数えておくからね!」


軽口を叩く余裕が、戻ってきていた。

それだけで、雷夕の胸の奥が、少しだけ軽くなった。


握りしめていた蓄魔石を、革袋へ押し戻す。

紐は千切れていたから、袋の口を固く捻って、腰帯の内側へ捻じ込んだ。


(――まだ、だ。まだ、使わない)


門扉が、軋みながら開いていく。


*


門の外は、地獄の続きだった。


瓦礫と、倒れた兵と、折れた梯子と、焦げた土。

油瓶の炎がまだ燻っている一角から、黒い煙が細く立ち昇っている。

さっき見捨てるしかなかった兵たちの姿を、雷夕は探そうとして――やめた。


今は、前だけを見る。


「行くぞ!」


駆け出した。


脇腹が、悲鳴を上げる。

構わなかった。


*


帝国兵の一人が、振り返った。


側面を割られた混乱の中で、背後の門が開いたことに気づいたのだ。

目が合う。

相手の顔に、驚きと、それから一瞬遅れて、殺意が浮かぶ。


槍が、突き出された。


(――遅い)


さっきまでとは、違った。

同じ兵のはずなのに、同じ槍のはずなのに。前と横から挟まれた兵の突きには、迷いが乗っていた。


身を捻る。

穂先が、脇腹の傷のすぐ横を掠めていく。


踏み込んで――柄を払い、懐へ。


ザンッ――!


一人。


*


「――ふんッ!」


すぐ横で、ケインの剣が唸りを上げた。


片腕だった。

左肩はもう上がらず、右腕一本で振るう剣。それでも、その一撃は重く、正確に、敵の盾の縁を叩いて体勢を崩させる。


崩れたところへ、ロゼリアの短剣が、鎧の継ぎ目に滑り込んだ。


「――手ぇ、出すなって言われても、出すからね!」


「言っていない!」


「顔が言ってた!」


ケインが、何かを言い返そうとして、結局、口を閉じた。

その口元が、ほんの僅かに緩んだのを、雷夕は見逃さなかった。


*


戦場の、中央。


騎兵の楔と、門から打って出た兵たちが、帝国軍の側面を両側から押し潰していく。


その、ちょうど噛み合わせの真ん中で。


雷夕は、馬上から飛び降りてきた男と、背中合わせになっていた。


*


「――遅えよ」


最初に出たのは、それだった。


背中越しに伝わってくる、硬い革鎧の感触。

荒い息遣い。

汗と、土と、鉄の匂い。


「道が、混んでいた」


素っ気ない声だった。

あの廃坑で聞いたのと、何一つ変わらない。抑揚のない、ぶっきらぼうな低い声。


「――混んでたって、帝国軍でか」


「難民の荷車でだ。馬で、迂回するしかなかった」


前から来た帝国兵の剣を、雷夕が受け止める。

同時に、背後でリヴァールの長剣が、別の敵を薙ぐ。


――ゴシャァッ!!


また、あの音。


振り返らなくても分かった。

背中越しの空気が、重く震えた。


*


「――なあ」


剣を払い、敵を押し返しながら、雷夕は叫んだ。


「なんで、ここにいるんだよ!」


「城に顔を出せと言ったのは、お前だろう」


一拍。


「――顔を出したら、このざまだと聞いた。ちょうど、西へ援軍が出るところだった。道案内を買って出た」


「道案内が、先頭で突っ込むかよ!」


「一番、道を知っている者が先頭を走る。何かおかしいか」


(――おかしくは、ねえけど!)


言い返す言葉が見つからなくて、雷夕は代わりに、目の前の敵を蹴り飛ばした。


*


「――ていうか、何だよ、さっきのアレ」


肩で息をしながら、雷夕は横目でリヴァールの剣を見た。


ごく普通の長剣だった。

刃こぼれ一つない、手入れの行き届いた鋼。魔道具の類が埋め込まれている気配も、ない。


それなのに、あの一振りは、盾の壁ごと人を吹き飛ばした。


「あの時――坑道じゃ、使ってなかっただろ」


リヴァールは、答えなかった。


代わりに、正面から突き込んできた帝国兵の槍を、半身になって躱す。

躱しざま、長剣を、肩の上から真っ直ぐに振り下ろした。


――ゴシャァッ!!


槍が、柄の半ばから砕け散った。

受けようと掲げた盾が、紙細工のようにひしゃげた。

兵の体が、地面にめり込むように叩き伏せられる。


(――重い)


剣の速さは、普通だった。

振り下ろす動きも、雷夕の目で十分に追える。


ただ――乗っている重さだけが、桁外れだった。

まるで、細い長剣の刃先に、見えない鉄槌がもう一つ、ぴったりと重ねられているかのように。


*


「――固有スキル、ね」


いつの間にか、ロゼリアがすぐ傍まで来ていた。

短剣を逆手に握ったまま、乱れた髪の下から、職人の目でリヴァールの剣を睨んでいる。


「魔道具じゃない。剣も普通。なら、あんた自身よね、それ」


リヴァールは、ちらりと彼女を見た。


それから、短く。


「――『重撃』。そう、呼ばれていた」


それ以上は、何も言わなかった。


ロゼリアの目が、きらりと光った。

怪我も疲労も、全部どこかへ吹き飛んだような光り方だった。


「――後で、じっくり見せてもらうから」


「断る」


「断らせない」


(――始まった)


雷夕は、こんな状況だというのに、少しだけ笑いそうになった。


*


ドン、ドン、ドン、ドン――!


太鼓の音が、変わった。


丘の向こうから響いていた、あの規則正しい行軍の律動ではない。

速く、短く、切れ目なく打ち鳴らされる、別の拍子。


「――退き太鼓だ」


リヴァールが、呟いた。


「帝国の、後退の合図だ。……隊ごとに、順に下がらせる打ち方だな」


雷夕は、丘の方を見た。


黒い帯が、動いていた。


だが、崩れてはいなかった。

側面を割られ、破城槌を失い、前後から挟まれてなお――隊列は、整然としていた。

前列が盾を構えて殿を務め、その背後で、後列から順番に、乱れることなく退いていく。


逃げているのではなかった。


退いていた。


*


「――追うな!」


老将の声が、戦場に響いた。


「深追いはするな! 門の内へ戻れ! 負傷者を拾え、一人残らずだ!」


援軍の騎兵たちも、手綱を引いて馬首を返していく。

誰一人、丘へ向かって駆け出す者はいなかった。


(――あれを、追ったら)


雷夕にも、分かった。


あれだけ整った退き方をする軍に、疲れ切ったこちらが追いすがれば、どうなるか。

盾の壁の後ろで、何が待ち構えているか。


(アルブレヒト、って奴は――負けた時の引き方まで、きっちりしてやがる)


背筋に、冷たいものが走った。


*


門の内側に戻った時には、物見櫓の篝火に、火が入れられ始めていた。


一つ。

また一つ。

橙色の灯りが、壁の上に点々と灯っていく。その灯りの下を、担架が、途切れることなく運び込まれていった。


門の外に取り残された兵のうち、何人かは、生きていた。


瓦礫の陰に身を潜め、死んだふりをして、援軍の突入まで耐えていたのだという。

泥まみれで、血まみれで、それでも自分の足で門をくぐってきた一人の若い兵を見た時。


雷夕は、壁に背を預けたまま、しばらく顔を上げられなかった。


*


「――ケインだ」


ケインが、リヴァールの前に立っていた。


右手を、差し出している。

左腕は、もう吊られていた。治療所に担ぎ込まれる寸前で、本人が「挨拶だけ済ませる」と言い張って抜け出してきたのだ。


「アリシア様の護衛を務めている。今は、この二人と行動を共にしている」


リヴァールは、差し出された手を一瞥した。


それから、ケインの吊られた左腕と、血の滲んだ包帯と、紙のように白い顔とを順に見て――。


その手を、しっかりと握り返した。


「リヴァール・クロネンだ。――その肩で、最後まで剣を振っていたのは、お前か」


「見ていたのか」


「馬上からでも、目立った」


ケインは、少しだけ眉を寄せた。

褒められたのか、呆れられたのか、判断に困っている顔だった。


「……足を、止めないと決めていた。それだけだ」


「そうか」


リヴァールは、それ以上何も言わなかった。

けれど、握った手を離すのが、ほんの少しだけ、遅かった。


*


ケインが、ロゼリアに半ば引きずられるようにして治療所へ消えていく。


「だから、挨拶だけって言ったでしょ!」


「挨拶は、済んだ」


「済んだなら寝なさい!」


遠ざかっていく二人の声を聞きながら、雷夕は、壁際に腰を下ろした。


隣に、リヴァールが座る。


篝火が、ぱちりと爆ぜた。


*


しばらく、どちらも喋らなかった。


リヴァールが、腰の水筒を外して、無言で突き出してくる。

受け取って、口をつける。

ぬるい水が、乾ききった喉を滑り落ちていった。生き返る、というのは、こういう感覚を言うのだろうと思った。


「――なあ」


水筒を返しながら、雷夕は言った。


「来てくれて、助かった」


本心だった。

あの角笛が、あと少しでも遅れていたら。門が破られていたら。この手の中の石を、留め具に嵌めていたら。

何が起きていたのか、考えたくもなかった。


リヴァールは、水筒を受け取ると、栓を閉めながら、ふん、と鼻を鳴らした。


「礼はいらん」


篝火の灯りに照らされた横顔は、相変わらず、何を考えているのか読めなかった。


「――連携が乱れると、俺が困る」


雷夕は、思わず吹き出した。


廃坑の、暗闇の中で。

初めて背中を預け合った時にも、この男は、まったく同じことを言ったのだ。


「……相変わらずだな、あんた」


「お前もな」


壁の上で、見張りの交代を告げる声が、静かに響いた。


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