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レーヴァルト戦記 ~最弱のコピー能力が別の魔法に化けるので、恩人の領主を守るために戦います~  作者: 深夜のトースト
第2章 西の砦の篝火

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第5話 決断

夜半の静寂を切り裂き、早馬が城門へと雪崩れ込んだ。


泥と汗、そして乾いた血にまみれた伝令が、落馬するように石畳へと崩れ落ちる。激しく喘ぎ、震える指先が差し出したのは、紅く染まった一通の書状。


「――シュテルン村、陥落ッ! 先遣隊、壊滅的打撃を受け……て、撤退ッ!!」


執務室に招集されたアリシアは、揺らめく燭台の焔の下、その報告書へと視線を落としていた。


文字をなぞる指先が、一行を追うごとに白く強張っていく。

三百のうち、生還はおよそ二百。捕虜となった者はなし。だが――砦へと帰り着くことの叶わなかった、百名近い命は。

恐らくは――。

そこまで読み進め、アリシアはぎゅっと、痛むように瞼を閉じた。


「――ヴァルター隊長は」


「生きております。……ですが深手を負い、意識はなお朦朧としているとのこと」


影のように控えていたオズワルドが、低く、痛惜を滲ませて応じる。


アリシアは羊皮紙を執務机の上に置くと、しばし、彫像のように立ち尽くしていた。

窓の外を見遣れば、城下に瞬く無数の灯火。それはいつもと変わらぬ、温かな営みの光景。

けれど、あの光の下へと二度と帰らぬ者たちがいる。百人近い命が、冷たい土へと還ったのだ。そう自覚した瞬間、己の足元が酷く揺らいだ気がした。


「――軍議を、もう一度開くわ」


吐き出されたのは、喉の奥を絞り出すような一言。

オズワルドは、ただ静かに首肯を返した。


*


天幕ならぬ作戦会議室に集った将軍たちの面裏には、一様に、隠しきれぬ動揺と焦燥が渦巻いていた。


「――信じられん! いくらあの若造が率いていたとはいえ、三百の精鋭があっさりと蹂躙されるなど……ッ!」


「敵は、我らの見立てを遥かに上回る統率を保っています」


白髪交じりの将軍が、苦渋を噛み潰しながら盤上の地図を睨みつける。

重苦しい沈黙が広がる中、アリシアは円卓を囲む諸将を一人ひとり見据え、凛と口を開いた。


「――結論から言うわ。次の対応には、雷夕たちを加えます」


刹那、部屋の空気が凍りついた。


「――アリシア様、それは……!」


「先日の決定と、明白に矛盾するのではありませんか!」


案の定、噴出する反発の声。だがアリシアは、それを断ち切るように鋭く声を張った。


「分かってる! あの時の判断が間違っていたとは今も思わない。正規の手順を重んじるのは、統治者として当然の責務よ」


少女は言葉を切り、喉を鳴らす。


「でも――今回、正規の手順だけでは、百人近い兵が命を落とした。これ以上、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない」


「しかし、あの"劣化"はあまりに不確定! 幾度も失敗を重ねていると聞き及びますが!」


「不確定なのは、認めるわ。それでも」


アリシアの双眸に、一切の揺らぎはなかった。


「彼らの力が、この戦況を変えうることも、また事実。私は、領主として――使える手札を出し惜しみしない」


白髪の将軍は喉を詰まらせ、沈黙ののち、深く長く息を吐き出した。


「……オズワルド殿は、どうお考えか」


向けられた問いに、歴戦の従者はゆっくりと瞳を閉じ、わずかな静寂を置いてから口を開いた。


「先日、私は正規の手順を優先すべきと申し上げた。その矜持は、今も変わらない」


将軍たちの胸中に、微かな安堵が兆しかけた。

――だが。


「手順とは、兵を守る為の枠組みだ。その枠組みを頑なに守った結果、より多くの兵を失うのであれば――それは、本末転倒というものだろう」


オズワルドは瞳を開き、主君たる少女へと恭しく視線を向けた。


「アリシア様の御判断を、支持いたします」


重鎮たる男の一言。

もはや、反論を口にする者は誰もいなかった。


「――今回の作戦、雷夕殿たちを加えた混成部隊にて対応する。指揮系統の詳細は、追って詰める」


将軍の一人が、苦い決断を刻み込むようにそう締めくくった。


*


軍議を終えたアリシアは、供回りも連れず、自らの足で工房へと向かっていた。

夜気は冷たく更けているというのに、微かに漏れ出る灯火と、人の気配。


「――入るわよ」


ノックと共に扉を押し開けると、室内にいた二人が同時に振り返った。

雷夕とロゼリア。

粗削りな作業台の上には、鈍い輝きを放つあの腕輪が置かれている。


「こんな時間に、珍しいな」


「ええ」


アリシアは、二人の面差しを確かめるように見つめた。


「シュテルン村が、落ちたわ」


落とされた一言に、工房の空気が一瞬にして張り詰める。


「先遣隊は撤退。……多くの兵が、命を落とした」


「――それで」


沈痛な事実を受け止め、雷夕が静かに、だが熱を孕んだ瞳で問う。


「俺たちの出番、ってことか」


「ええ」


アリシアは迷うことなく、真っ直ぐに青年の眼差しを射抜いた。


「軍議で、正式に決まったわ。あなたたちに、前線への同行を要請します。……今度は、堂々と」


雷夕とロゼリアは、視線を交わし合った。

その瞳に浮かんでいたのは、安堵でもなければ、戦場への高揚でもない。

ただ――研ぎ澄まされた、静かな覚悟の光。


「――分かった」


雷夕は短く応じるや、壁に立てかけていた一振りの剣を引っ掴んだ。

ここ数日、幾夜も飽くことなく手入れを重ねてきた、相棒たるその鋼を。


「準備は、とっくにできてる」


*


夜が明け、城門の前には出立の刻を迎えた一団が集結していた。

朝の冷気に白い息を吐き出す兵たちの間で、雷夕、ロゼリア、そしてケイン――三人分の武具と装備が、次々と荷馬車へと積み込まれていく。


「――無事に、戻ってきて」


見送りに立ったアリシアの唇から、言葉が零れ落ちる。

それはいつも民や兵の前に立つ、毅然とした統治者の声音ではなかった。

仮面を脱ぎ捨てた、ただの一人の少女による、震えるような祈りの残響。


「行ってくる」


雷夕は短く告げると、躊躇うことなく鞍へと飛び乗った。


立ち込める朝靄を引き裂き、蹄鉄の音を響かせながら、一行は西の国境――シュテルン村へと進軍を開始する。


城壁の頂から、アリシアはただじっと、その背中が彼方の霞へと溶けて見えなくなるまで、視線を外すことはなかった。

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