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レーヴァルト戦記 ~最弱のコピー能力が別の魔法に化けるので、恩人の領主を守るために戦います~  作者: 深夜のトースト
第2章 西の砦の篝火

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第4話 盾、破れる

 シュテルン村は、レイフ砦から半日ほどの距離にある、小さな村だった。


 畑と牧草地に囲まれ、中央を貫く街道沿いに、木造の家々が寄り添うように並んでいる。普段であれば、荷馬車の行き交う音と、家畜の鳴き声だけが響く、のどかな土地だった。


 その村の外れ、街道が緩やかな石橋にかかる地点に、イヴァルキアの先遣隊が展開していた。


 数は、およそ三百。


 隊を率いるのは、ヴァルターという若い隊長だった。国境守備隊の中でも、指揮官としてはまだ日が浅い。だが、その目には、怯えよりも、覚悟の色が濃く滲んでいた。


「橋の手前で食い止める。槍衾を二列、橋幅いっぱいに」


 ヴァルターは、地形を頭に叩き込みながら、部下たちに指示を飛ばした。石橋の両脇は、灌漑用の水路が走っていて、大軍が展開しにくい。数の不利を、地形で補う。それが、彼が立てた唯一の策だった。


「弓兵は、あの丘の上に。側面から狙い撃て」


 村外れの小高い丘に、二十名ほどの弓兵を配置する。残る兵は、街道を塞ぐように、盾と槍を構えて並んだ。


「――来るぞ」


 物見からの報告に、ヴァルターは剣の柄を握り直した。


 街道の彼方、土煙が、地平線を覆うように立ち上っている。


 やがて、その土煙の中から、隊列を組んだ帝国兵の姿が、姿を現した。


 先頭を進むのは、大盾を掲げた重装歩兵の列。その後方に、槍を構えた歩兵の本隊が続く。さらに後方――土煙に紛れて、ヴァルターの位置からは輪郭しか見えないが、騎兵らしき一団が、隊列の両端に控えているのが分かった。


 列は、途切れることなく続いていた。先頭から最後尾まで、見渡す限り。掲げられた軍旗が、幾つも、幾つも風にはためいている。


「――数が、違いすぎる」


 副官の呟きに、ヴァルターは、あえて答えなかった。


 答えれば、震えが止まらなくなりそうだった。


「――怯むな! 地の利はこちらにある! 橋を渡らせなければ、数の差は関係ない!」


 声を張り上げ、部下たちを鼓舞する。応える喊声が、僅かに士気を取り戻した。


 だが。


 距離が詰まるにつれ、その士気は、静かに削られていった。


 帝国軍の重装歩兵は、橋の手前で止まると、大盾を隙間なく組み合わせ、巨大な壁のような陣形を作った。歩調も、盾を掲げる角度も、まるで一個の生き物のように揃っている。素人目にも分かる、練度の差だった。


「隊列を崩すな! 弓、構え!」


 ヴァルターの号令に、丘の上から矢が一斉に放たれる。


 だが、帝国側の盾壁は、それを事も無げに受け止めた。まるで、想定内の攻撃だとでも言うように、矢の雨が過ぎるのを、微動だにせず耐えきる。


「――ッ、なんて、統率だ」


 副官の声に、恐怖が混じり始めていた。


 盾壁が、ゆっくりと前進を始める。橋の幅いっぱいに広がったまま、じりじりと間合いを詰めてくる。


 その時、両翼に控えていた騎兵の一団が、動いた。


 水路の浅瀬を選んで迂回し、街道の左右から、大きく弧を描くように展開していく。ヴァルターの陣は、正面の盾壁に気を取られ、その動きへの反応が、一拍遅れた。


「――両翼だと!? 水路を渡れるのか、あの数で!?」


「予備兵を回せ! 側面を固めろ!」


 叫んだ時には、既に遅かった。手元に残していた僅かな予備兵では、とても間に合う数ではない。


「――囲まれる!」


 橋を挟んで対峙していたはずの隊列が、気づけば、左右からも敵に包まれつつあった。


 三百の隊は、瞬く間に、その陣形に飲み込まれていく。


 ガキンッ、ガキンッ――金属同士がぶつかる音が、絶え間なく響く。


 悲鳴。怒号。踏み荒らされる土が跳ねる音。


 ヴァルターも剣を振るったが、目の前の敵兵は、一人一人が、これまで相手にしてきたどんな賊よりも、動きに無駄がなかった。


「ぐ――ッ!」


 振り下ろされた剣先が、肩を浅く裂いた。焼けるような痛みに、体勢が崩れる。


(――このままでは、全滅だ)


 ヴァルターは、歯を食いしばりながら、退却の合図を上げた。


「退けッ! 生きて、砦へ戻るぞ!」


 その声に、生き残った兵たちが、我先にと踵を返す。


 だが、意外なことに、包囲の一角――村側に伸びていたはずの左翼の騎兵が、その退路を塞ぎきっていなかった。まるで、最初から一箇所だけ、逃げ道を残してあったかのように。


 帝国軍は、それを深追いしなかった。


 統率の取れた足並みのまま、追撃の手を、静かに緩めていく。まるで、必要以上の殺戮を望んでいないかのように。


 *


 少し離れた高台から、その一部始終を見つめる影があった。


 アルブレヒトである。


「左翼、予定通り退路を空けておいたか」


「――ええ、仰せの通りに」


 クラウスは、答えながらも、その意図を測りかねているようだった。


「完全に包囲すれば、殲滅できたものを」


「深追いは無用だ。予定通り、村を確保せよ」


「殲滅する好機かと思いますが」


「必要のない血は流すな、と言ったはずだ」


 アルブレヒトの声に、揺らぎはなかった。


 彼は、退いていくイヴァルキア兵の背を、しばらく無言で見つめていた。


(――勇敢な指揮官だ)


 無謀を承知で守りに就き、部下を生かして退く決断を、迷いなく下した。褒められるべき采配だった。


「村への被害は」


「最小限に留まっております。住民は、既に避難済みかと」


「よろしい」


 アルブレヒトは、静かに踵を返した。


「村を占拠し、補給線を確保する。損害の報告を纏めておけ」


「――御意」


 *


 その夜、砦へと逃げ帰った兵たちは、深い疲労と共に、重い沈黙を纏っていた。


 三百のうち、砦に辿り着けたのは、二百に満たなかった。


 ヴァルターは、傷の手当てを受けながら、拳を握り締めていた。


(――俺たちの力じゃ、届かない)


 その悔しさは、砦から早馬に乗せられた報告書に姿を変え、夜の街道を、城へ向かって駆け抜けていった。


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