↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レーヴァルト戦記 ~最弱のコピー能力が別の魔法に化けるので、恩人の領主を守るために戦います~  作者: 深夜のトースト
第2章 西の砦の篝火

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/73

第2話 軍議

 その報せが城に届いたのは、宴の熱が、まだ完全には冷めきらない頃だった。


 工房の窓の外、石畳の廊下を、伝令の兵が駆けていく。


 鎧の留め具が、走るたびにガチャガチャと耳障りな音を立てていた。息は上がり、頬は上気し、額には玉のような汗が浮いている。余程急いで駆けてきたのだろう、外套の裾は泥で汚れ、片方の肩当てが歪んだままだった。


 雷夕は、手にしていた工具を置き、その様子をしばらく目で追った。


「――何かあったみたいだな」


「らしいわね」


 ロゼリアも、拡大鏡を額に押し上げ、手を止めて窓の外を見ていた。


 いつもなら鍛冶場の槌音や、職人たちの談笑が響いているはずの工房が、今は妙に静かだった。誰もが、通り過ぎていく兵の背中に、視線だけを向けている。


 *


 執務室の扉が、荒々しく開け放たれた。


「西の国境、レイフ砦付近に、帝国の部隊が集結しつつあります!」


 飛び込んできたのは、先ほどの伝令の兵だった。膝に手をつき、肩で息をしながら、それでも声を絞り出す。


 書類に目を通していたアリシアの手が、ぴたりと止まった。顔を上げた彼女の表情から、一瞬にして、いつもの余裕が消える。


「規模は」


「詳細はまだ、掴めておりません。ですが」


 兵は、乱れた息の合間を縫うように続けた。


「これまでの偵察部隊とは、明らかに桁が違うかと。物見からの報告では、街道を埋め尽くすほどの数だったと」


 アリシアは、机の上に広げられた大陸の地図に目を落とした。指先が、国境沿いの一点をなぞる。傍らに控えていた文官が、震える手でそこに赤い印を刺した。


 窓から差し込む夕刻の光が、地図の上に長い影を落としていた。


「――軍議を開くわ。将軍たちを、大広間に集めて」


「はっ!」


 兵は、来た時と同じ勢いで、部屋を飛び出していった。


 その一部始終を、扉の外の廊下から、雷夕とロゼリアは見ていた。冷たい石の柱に背を預け、二人とも、口を挟むことはしなかった。


 やがて部屋から出てきたアリシアと、目が合う。


「俺たちは」


 雷夕が問うと、アリシアは、一瞬だけ言葉に詰まった。視線が、僅かに泳ぐ。


「――今回は、待っていて」


「――なんでだ」


「軍議は、軍の人間だけで行う決まりなの。傭兵も、職人も、正式な席には呼べない」


 アリシアの声に、申し訳なさが滲んでいた。それでいて、譲れない一線であることも、その硬い口調から伝わってきた。


「分かった」


 雷夕は、それ以上何も言わず、頷いた。


 アリシアは、一度だけ振り返り、それから足早に、廊下の奥へと消えていった。


 *


 城の最奥、軍議の間。


 雷夕もロゼリアも、これまで足を踏み入れたことのない場所だった。


 重々しい両開きの扉には、イヴァルキアの紋章が深く彫り込まれている。中に一歩入れば、天井は高く、壁には歴代の当主たちの肖像画と、色褪せた戦旗が並んでいた。部屋の中央には、大陸の地図を刻んだ巨大な石造りの卓。その周囲に、既に十人近い将軍たちが顔を揃えていた。


 誰もが、実戦を潜り抜けてきた者特有の、張り詰めた空気を纏っている。鎧の擦れる音、剣帯の金具が触れ合う音、低く交わされる囁き声――それらが混ざり合い、部屋全体に緊張の膜を張っていた。


 オズワルドも、いつもの厳めしい顔で、卓上の地図を睨んでいる。宴の席で見せた酔いどれの姿は、もうどこにもなかった。


「――して、あの二人はどこに」


 白髪交じりの初老の将軍が、周囲を見回しながら尋ねた。声には、隠しきれない不審の色があった。


「今回は同席させていません」


 アリシアが、静かにそう答えた。


「賢明かと」


 別の将軍――屈強な体格の、頬に古い刀傷を持つ男が、太い腕を組んだまま言った。


「悪くは思っておりません、あの二人の働きは。グレンタとかいう賞金稼ぎを退けた功、我々の耳にも届いております。しかし――正規の軍議に、身元の定かでない傭兵と、市井の職人を加えるのは、筋が違いましょう」


「それに」


 最初に発言した白髪の将軍が、卓を軽く指で叩きながら続けた。


「あの"劣化"とやら。強力なのは認めますが、制御できていないという話も耳にしています。国境を守る戦において、不確定要素を軍の中枢に置くのは、危険すぎる」


 アリシアは、反論しかけて、唇を引き結んだ。


 将軍の言葉は、決して的外れではなかった。それが、余計に彼女の口を重くさせていた。


「――オズワルド、あなたの意見は」


 水を向けられたオズワルドは、しばし瞼を閉じ、何かを反芻するような間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。


「あの若者の胆力は、確かにこの目で見た。損得を弁えず、まっすぐな男だ」


 卓を囲む将軍たちが、一斉にオズワルドへと視線を向ける。


「だが」


 一拍置いて、彼は続けた。


「軍は、個人の武勇だけで動くものではない。指揮系統の外にいる者を安易に組み込めば、いずれ綻びが出る。今回は、正規の手順で対応すべきかと存じます」


「――分かったわ」


 アリシアは、長い沈黙の後、地図に視線を戻した。細い指先が、レイフ砦の位置に刺さった赤い印の上で、僅かに止まる。


「今回の対応は、軍に一任します。国境の防備を固め、状況を注視して」


「御意」


 将軍たちが、一斉に一礼した。鎧の擦れる音が、部屋中に響き渡った。


 *


 軍議が終わった後、アリシアが自ら、廊下で待つ二人の元へ足を運んだ。


 窓の外は、既に薄暗くなり始めている。角灯に火を入れて回る従者の足音が、遠くから聞こえていた。


「――聞こえてたんじゃない?」


 アリシアが、疲れの滲む声で尋ねる。


「一応、聞こえないふりをしてたけど」


 ロゼリアが、肩をすくめた。廊下の壁に凭れかかったまま、その表情には隠しきれない不満が浮かんでいる。


「悪かったわ」


 アリシアの声は、いつもより硬かった。まぶたの縁が、僅かに赤い。長い会議の間、ずっと気を張り続けていたのだろう。


「軍を預かる以上、筋を通さなきゃいけないことがある。あなたたちの力を、信用していないわけじゃないの」


「分かってる」


 雷夕は、短くそう答えた。


「腹は立たないのか、あんた」


 ロゼリアが、横目でそう聞いてきた。


「――立たないと言えば、嘘になるな」


 雷夕は、小さく息を吐いた。窓枠に肘をつき、暮れなずむ城下の町並みを見下ろす。


「でも、あの将軍の言い分も、分からなくはない。俺は、いつどう転ぶか分からない力しか持ってない」


「随分と、物分かりがいいのね」


「物分かりがいいわけじゃない」


 雷夕は、廊下の窓の外、国境の方角へと目をやった。遠く、山の稜線がうっすらと見える。その向こうで、今まさに何かが動き始めているのだと思うと、拳を握る手に、自然と力が籠った。


「ただ――今は、待つしかないってだけだ」


 その声に滲む苛立ちを、アリシアもロゼリアも、聞かなかったふりをした。


 三人の間に、しばらく重い沈黙が横たわる。


 角灯の炎だけが、ぱちりと小さく爆ぜた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。