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レーヴァルト戦記 ~最弱のコピー能力が別の魔法に化けるので、恩人の領主を守るために戦います~  作者: 深夜のトースト
第1章 銀の盾と、劣化の傭兵

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第20話 俺じゃない、俺の手

 城門をくぐると、篝火の明かりが、石畳の上に長い影を落としていた。


 出迎えの兵たちが左右に道を空ける中、アリシアが真っ先に駆け寄ってきた。


「――良かった。三人とも、ちゃんと帰ってきた」


 肩の力が抜けたのが、傍目にも分かった。


「お疲れ様。よく頑張ってくれたわね」


 労いの言葉に、ロゼリアが小さく頷き、ケインも律儀に一礼した。


「――って、雷夕。その包帯、どうしたの」


「ちょっと、かすっただけだ」


「かすっただけで、その巻き方はしないでしょう」


 じとっとした目で見つめられ、雷夕は視線を逸らした。


「……手加減してくれ」


「無茶しないでって、前にも言ったのに」


 拗ねたような口調に、もう責める気配はなかった。


「今度、埋め合わせしてもらうから」


「何を要求される気だ、それ」


「さあ、何かしらね」


 悪戯っぽく笑うアリシアに、雷夕は苦笑を返すしかなかった。


 医師団が呼ばれ、三人はそれぞれの手当てを受けた。


 ケインは数日の安静を言い渡され、それでもなお現場に立とうとする顔のまま、渋々と自室へ運ばれていった。


 *


 数日後。


 工房の扉をくぐると、薬品の匂いに混じって、いつもの金属を削る音が響いていた。


 棚に並んだ薬瓶。壁際に積まれた鉱石の欠片。作業台の上には、いつも通り工具が乱雑に散らばっている。


 拡大鏡を額に押し上げたロゼリアが、顔も上げずに手を止めた。


「――肩、見せて」


 ロゼリアは、挨拶より先にそう言った。


 包帯を解くと、赤黒く塞がりかけた傷口が、灯りの下に晒された。思ったより、治りは早い。


「順調ね。跡は残るでしょうけど」


「勲章代わりだ」


「強がり言わない。痛かったでしょうに」


 巻き直された包帯は、心なしか、前よりも丁寧だった。


「――で、本題だけど」


 ロゼリアは、作業台の上に広げていた紙の束を、雷夕の前に押し出した。


 ケインから聞き取ったという、戦闘中の動きの記録。踏み込みの角度、剣筋、間合いの詰め方――几帳面な字で、事細かに書き起こされている。


「ケインに聞いたのか」


「当事者の感覚なんて、当てにならないから」


 ロゼリアは、拡大鏡越しに紙面を睨みながら言った。


「覚えてるんでしょう、一応」


「一応どころか、しっかり覚えてる」


 雷夕は、額を押さえた。


 剣を握る指から、力が抜けたこと。世界が、置き去りにされたように感じたこと。体が、勝手に動いていくのを、ただ眺めていたこと。全部、覚えている。


 ただ――それを"自分がやった"という実感だけが、どこにもない。


「見てた、っていう方が近いかもな。俺の体を、俺自身が」


「でしょうね」


 ロゼリアは、紙面から目を離さないまま、淡々と続けた。


「ケインの記録だと、あんたの動き、途中から明らかに変わってる。踏み込みの軌道が、無駄なく最短距離になってる。剣筋も、力任せから、最小限の動作に」


「――俺が?」


「あんたが」


 ロゼリアは、ようやく顔を上げた。


「まるで、誰か別の人間が体を動かしてるみたいに、って。ケインが、そう言ってた」


「――言い得て妙だな」


「大袈裟に言えば、ね。厳密には違うと思うけど、多分」


「多分て」


「さあ」


 ロゼリアは、悪びれもせず肩をすくめた。


「にしても、俺の意思とは関係ないところで俺が大暴れしてたって、複雑な気分だな」


「暴れてた、というより洗練されてた、が近いけどね」


 ロゼリアは、紙を束ね直しながら、目を輝かせた。


「劣化コピーした『予測』が、そのまま出るんじゃなくて、"制御を手放す"っていう真逆の形で出てる。相変わらず、あなたの力は理屈が通らない」


「褒めてるのか、それ」


「最上級の褒め言葉よ」


 まるで、面白いおもちゃを見つけた子供のような顔だった。


「――お前、その顔の時が一番食えないんだよな」


「失礼ね」


 ロゼリアは、口を尖らせながらも、満更でもなさそうだった。


「まあ、次に同じことが起きるかは、まだ分からないけど」


「そこは相変わらずか」


「だから」


 道具袋から、あの腕輪を取り出す。


 使い込まれた革紐に、小さな金属の飾りがいくつも縫い付けられている。灯りを受けて、その一つ一つが、鈍く光った。


「これ、ちょっと弄らせて」


「また改造か」


「見つけたばかりの面白い現象、放っておけるわけないでしょう」


 言ってから、ロゼリアの声が、少しだけ低くなった。


「……それに。あの空き家の水晶」


 作業台の隅に、布を被せた塊がある。あの夜、瓦礫の下から掘り出したものだ。


「狙って写した時は、この腕輪で散らせた。工房で試した通りに。――でも、あなたが手放して出した時は、散らしきれなかった。無心で出す劣化は、揺らぎの大きさが、桁違いなのよ」


「つまり、一番強く出せる時が、一番見られやすいってことか」


「そういうこと。だから、弄らせて」


「俺は実験台じゃないんだが」


「今更、何言ってるの」


 あっけらかんと言い切るロゼリアに、雷夕は苦笑した。


「――ま、任せとくか」


 伸びをしながら、椅子の背に体を預ける。


 窓から差し込む光の筋に、細かい埃が舞っている。


 その光の中、ロゼリアは早速、小さな工具を手に腕輪を分解し始めていた。


 からん、と外れた金具が、作業台の上で小さく跳ねる。


 その横顔を眺めながら、雷夕は、ゆっくりと肩の力を抜いた。


 ――こん、こん。


 控えめなノックの音がした。


 扉の隙間から、ひょこりと顔を出したのは、城の若い侍女だった。両手で、小さな封筒を大事そうに抱えている。


「霧島様、こちらにいらっしゃると伺って。……アリシア様から、お手紙です」


 受け取って、封を切る。


 見慣れた、几帳面な字だった。たった一行。


 『埋め合わせの日、決めたわ。三日後の夜、空けておくこと。――これは、頼みごとじゃなくて、命令よ』


 雷夕は、しばらくその一行を眺めていた。


 横から覗き込んだロゼリアが、ぷっと吹き出した。


「……何を要求されるのかしらね」


「知るか」


 そう言いながら、口の端が、勝手に緩んでいくのを、雷夕は止められなかった。


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