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レーヴァルト戦記 ~最弱のコピー能力が別の魔法に化けるので、恩人の領主を守るために戦います~  作者: 深夜のトースト
第1章 銀の盾と、劣化の傭兵

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第18話 読まれる

 空き家の空気が、張り詰めていた。


 蝋燭の炎だけが、小さく揺れている。


「――出させる前に、終わらせようか」


 グレンタの声に、雷夕は剣を抜いた。


 鞘走る音が、やけに大きく響く。


「引く気は、なさそうだな」


 雷夕は、剣を正眼に構えた。


「突っ走らないでくださいよ。同時に行きましょう」


 ケインが、腰を落として抜刀した。


「サポートするわ」


 ロゼリアも、道具袋の紐を解きながら、静かに一歩下がった。前衛はケインと雷夕、後方から支援する立ち位置。三人の間には、言葉のいらない役割分担が、既に出来上がっていた。


「後ろの二人は逃げないか。――そうかい」


 グレンタの口元から、笑みが消えた。


「命拾いする機会を、自分から捨てるとはな」


 言い終えるより早く、彼女の体が沈んだ。


 いや。


(――速い)


 目で追い切れなかった。気づけば、彼女はもう、雷夕の眼前に迫っていた。


 狙いは、最初から一人――喉元へ伸びる手刀。


「――させるかッ!」


 割って入ったのは、ケインの剣だった。


 鋭い金属音。


 ガキンッ――!


 弾かれ、グレンタは軽く後方へ跳んだ。


 顔色ひとつ、変えない。


「殺すのは、そこの男一人で済む話だ。お前らを付き合わせてやる義理はないんだがな」


「巻き添えで結構」


 ロゼリアが、涼しい顔で言い返す。


「三人揃って、護衛任務中でね」


「――勝手にしろ」


 グレンタは、それだけ言い捨てると、再び姿勢を沈めた。


「ッ、――ラア!」


 ケインの剣が、唸りを上げて薙ぐ。


 当たらない。


 グレンタの体は、まるで斬撃の軌道を最初から知っていたかのように、紙一重で流れていく。


「なッ――!?」


 空振ったケインの背後に、既にグレンタは回り込んでいた。


 その手には、小刀。


「――させるかッ!」


 雷夕の剣が、割って入る。


 鋭い金属音。


 ガキンッ――!


 弾かれた小刀が宙を舞い、グレンタは何事もなかったように後方へ跳んだ。


 息一つ、乱れていない。


「粉なら効くかしら――!」


 ロゼリアの声とともに、白い粉末が宙に散った。目潰し用の道具袋の中身だ。


 だが。


 グレンタは、粉が撒かれる寸前――ほんの僅かに早く、体を横に流していた。


「――外れた?」


 ロゼリアの声に、初めて動揺が滲む。


「まぐれじゃ、ないわね」


「ああ」


 雷夕は、剣の柄を握り直した。


 掌に、じっとりと汗が滲んでいる。


 息が上がっているのは、こちらだけだった。


 三対一。それでも、掠り傷一つ、負わせられていない。


(――なんでだ)


 剣筋も。間合いも。仕込みのタイミングも。全部、外れる。まるで、始まる前から知られているかのように。


「――なんで、当たらないのよ……!」


 ロゼリアが、堪えきれずに声を上げた。


(――待て)


 雷夕の脳裏に、違和感が走る。


 躱すのが、速いんじゃない。


(――躱し始めるのが、早すぎる)


 剣を振り出す、その瞬間より前に。踏み込む、その瞬間より前に。彼女の体は、既に動き始めている。


(見えてる――んじゃない。知ってる、のか?)


「気づいたか」


 グレンタが、唇の端を吊り上げた。


「――視えるんだよ、私には」


 それだけだった。


 種明かしになど、微塵も興味がないという顔。


「動く前の、お前ら全員がな」


 フードの下、猟師の目が、獲物を舐め回すように三人を見渡す。


「――まずい」


 ロゼリアが、掠れた声で呟いた。


「読まれてる、って……そういうこと……!?」


「ああ」


 雷夕も、剣を握る手に、じわりと冷たいものが這い上がるのを感じていた。


(――こいつには、勝てない)


 剣も、連携も、意味をなさない。読まれている限り、何をしても後手に回る。


 言葉を返す間もなく、彼女の体が沈んだ。


「――ッ!」


 鋭い蹴りが、ケインの脇腹を抉る。


 ドッ――!


「ぐ――ぁッ!?」


 くの字に折れ、膝をつくケイン。


「ケイン!」


「構うな――ッ! まだ、立てる!」


 声だけは、まだ折れていなかった。


(このままじゃ――)


 焦りが、喉の奥を焼く。


 三対一。それでも、押されている。攻撃は全部読まれ、防御はいつも一手遅れる。


(――なら)


 剣を握る手に、力を込める。


 グレンタの残像――先読みの気配。目に焼きつけ、握り締める。


「食らえ――『劣化』ォッ!!」


 吠えると同時、掌に魔力が渦を巻いた。


 来る。


 これまで見た、どの発動よりも――


(――えっ?)


 膨れ上がるはずだった奔流は、力なく空気に溶けていった。


 しゅる、と。


 まるで、燃え尽きる線香花火の、最後の一粒のように。


「――え?」


 ロゼリアの声が、裏返る。


「そんな……なにも起きないじゃない……!?」


「は?なんだそれは?」


 グレンタの目から、すっと色が抜けた。


 獲物を見定めていた、あの猟師の光ではない。


 まるで、期待外れの拾い物を放り出す時のような、冷めた目だった。


「――噂ばかりが、先走っていたか」


 落胆を隠しもしない声だった。


 グレンタの体が、再び沈んだ。


(――来る)


 剣を構え直す。


 間に合わない。分かっていた。彼女の一手は、いつだって、こちらより早い場所にある。


「――ッ!」


 肩を、焼けた刃が薙いだ。


 ビリッ、と裂ける感触。遅れて、血の熱が滲む。


「雷夕――!」


「まだだ」


 声が、掠れた。


(まだ――何も、終わってねぇ)


 膝が笑う。息が上がる。頭の隅の冷静な部分が、限界を告げている。


 勝てる目が、見えない。


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