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きみの描く雨が、僕のセカイを塗り替える  作者: あるふぁ
第1章:モノクロのセカイに落ちた、一滴の雫

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5話 境界線の越境、部屋への招待と「ぶかぶか服」

♢ 境界線の越境、部屋への招待と「ぶかぶか服」


 ガレージの屋根を叩く雨音は、勢いを増すばかりだった。トタンの端から溢れた水が、滝のような太い筋となってコンクリートに激しく叩きつけられ、冷たい飛沫が結乃の足元を執拗に濡らし続けている。


 ココアを飲み終えた彼女の手元で、マグカップからはもう、さっきのような勢いのある湯気は立っていない。僅かに残った温もりも、周囲の冷気にじわじわと奪われつつあった。


 錬慈は、彼女の着ている制服を改めて直視した。紺色のブレザーは限界まで水を吸って元の色を失い、重くずっしりと彼女の細い肩にのしかかっている。スカートの裾からは絶え間なく水滴が滴り、コンクリートに小さな水溜まりを作っていた。このままでは、体温を奪われるのは時間の問題だ。すでに彼女の肌は血の気を失い、痛々しいほど白くなっている。


「……雨、止みそうにないな」


 錬慈は灰色の空を見上げ、独り言のように呟いた。その視線を再び結乃へと戻す。


「昼飯、まだだろ。中で食べなよ。その制服も、このままじゃ乾かない。……乾燥機にかければ、すぐ終わるぞ」


 その言葉に、結乃の身体が目に見えて強張った。

 彼女の脳裏に、世間一般の正論が過る。平日の昼間、学校に行かずに制服を着たまま、見ず知らずの大人の男の部屋に上がる。それがどれほど危うく、後ろ指を指される行為か。家や学校での居場所を失い、世間の厳しい視線に過敏になっている彼女にとって、その誘いは救いであると同時に、得体の知れない恐怖でもあった。自分をこれ以上傷つけたくないという防衛本能が、彼女の心をきつく縛りつける。


「い、いえ……ここで、大丈夫です……。すみません、これ以上は……っ」


 結乃は震える声で拒絶した。バッグを胸の前に強く抱え直す指先が、白くなっている。拒絶の言葉を口にしながらも、その瞳は行き場のない迷いで激しく揺れていた。


 普通の大人なら、ここで学校はどうしたんだ、親の連絡先は、と畳み掛けるだろう。あるいは、拒絶されたことに不快感を示して追い払うかもしれない。


 だが、錬慈は彼女の事情を深く追求することはしなかった。高校時代、友人にかけた頑張れという言葉が、どれほど残酷な凶器になったかを彼は知っている。詮索すること、無理矢理に答えを求めさせることが、どれほど人を追い詰めるのかを痛いほど理解していた。



♢境界線の向こう側


「……別に、事情なんて聞かないよ」


 錬慈はあえて突き放すような、温度の低い声を意識して言った。


「ただ、うちの敷地で倒れられたり、風邪でもひかれたりしたら寝覚めがいいもんじゃない。……ほら、来い。飯くらい、食わせるから」


 彼はそれ以上の反論を許さないスタンスで、けれど決して威圧的にならないよう、少し距離を置いて彼女の背中を軽く促すようにして玄関へと導いた。


 結乃は戸惑いながらも、彼の背中に漂う、どこか世捨て人のような、けれど確かな安心感を放つ不思議な空気に引かれるようにして、ガレージと家を隔てる境界線を越えた。雨音が遠ざかり、代わりに家のなかの微かな生活音が彼女の鼓膜を優しく揺らす。


 玄関を抜け、物が少なく整然とした生活感の薄い脱衣所へと案内される。


「……これを、着てろ。洗濯機はそこだ。制服は俺が乾燥機に入れておく」


 錬慈が手渡したのは、彼が普段から愛用しているシンプルな黒いTシャツと、グレーのスウェットパンツだった。どちらも彼が部屋着として使い古した、柔らかな質感のものだ。


 一人になった脱衣所で、結乃は震える手で、重く冷たくなった制服のボタンを一つずつ外した。鏡に映る自分は、寒さと緊張で唇が青ざめ、頬もひどくこけて見える。まるで別の誰かを見ているような心細さだった。


 錬慈から借りた服に袖を通した瞬間、ふわりと、彼と同じ洗剤の香りが鼻腔をくすぐった。それは、この家で暮らす主の存在を感じさせる男の人の匂いそのもので、結乃の心臓は今日一番の速さで脈打ち始める。


 Tシャツは彼女にはあまりにも大きく、だらりと垂れ下がった袖先から指先が少しだけ覗いている。スウェットのウエストをぎゅっと絞りながら、彼女は自分の身体を包み込む大きな服の中で、どこか自分が小さな子どもに戻ったような、あるいは彼の個人的な領域に深く踏み込んでしまったような、言いようのない昂揚と不安に包まれていた。


(……大きい。……これ、月島さんの……)


 鏡の中の自分を見つめながら、結乃は自分の鼓動が少しずつ、この静かな部屋の空気に溶け込んでいくのを感じていた。

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