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きみの描く雨が、僕のセカイを塗り替える  作者: あるふぁ
第1章:モノクロのセカイに落ちた、一滴の雫

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4話 初めて届いた温度

♢ 小さな温度、ココアの差し入れ(2)


 錬慈は無意識に首の後ろをガシガシと強く掻いた。面倒なことに関わりたくないという本音と、放っておけないという過保護さが、彼の中で不器用にせめぎ合っている。舌打ちを一つ溢しながらも、彼の身体はすでに別の動きを始めていた。


 彼は棚の奥から、数少ない来客用だった白いマグカップを取り出した。自分用のブラックコーヒーではなく、キッチンにあった粉末のココアを選ぶ。牛乳をたっぷり加え、電子レンジのボタンを押した。しばらくして電子レンジが鳴り、扉を開けると、湯気とともに立ち上がる甘い香りが狭いキッチンに広がる。それは、ふだん彼が好む苦い世界の匂いとは正反対の、ひどく柔らかい色をしていた。


 マグカップの陶器越しに伝わる熱を両手に感じながら、再びガレージへと続く扉を開ける。

 外の空気は、数分前よりもさらに冷え込んでいるように感じられた。雨音は依然としてトタンの屋根を激しく叩き、世界を拒絶し続けている。


 少女――結乃は、まだそこにいた。

 錬慈のスクーターが作る影に身を寄せ、膝を抱えて小さく丸まっている。その肩は一定の間隔で小さく跳ね、凍えた身体が限界に近いことを物語っていた。白くなった指先が、自身の腕を痛いほどにぎゅっと回している。冷たい世界の中心で、彼女の存在だけが今にも消え入りそうに震えていた。



♢初めて届いた温度


 錬慈は足音を激しい雨音に紛れ込ませるようにして近づき、彼女の視線の先にあるコンクリートの地面を避けて、無言でマグカップを差し出した。


「これ、飲め。あったかいから」


 低く、抑揚のない声。結乃は弾かれたように顔を上げ、驚きに目を見開いた。濡れておでこに張り付いた前髪の隙間から覗くその瞳には、何かを疑うような鋭さはなく、ただ困惑と、そして差し出された温度への微かな期待に揺れている。


 結乃は一瞬だけ躊躇した。見ず知らずの男が差し出したものを口にすることへの、本能的な警戒心だろう。しかし、マグカップから立ち上がる白く柔らかな湯気と、鼻腔をくすぐる濃厚な甘いミルクココアの香りが、彼女の凍てついた心を優しく解きほぐしていく。


 彼女は恐る恐る、紫色の痣ができそうなほど白くなった両手を伸ばし、マグカップを壊れ物を扱うように包み込むようにして受け取った。


「あ……っ……」


 陶器の表面から直に伝わる、熱いくらいの温度。結乃はそれを一滴も逃がさないよう、指先を強くカップに押し当てた。じんわりと手のひらから熱が広がり、固まっていた関節がほどけていく。

 そのまま、震える口元をカップの縁に寄せる。小さな唇を濡らし、一口、ゆっくりと含んだ。熱い液体が喉を通って、冷え切っていた身体の奥にまで確かな熱を届けていく。

 それまでガチガチに固まっていた彼女の身体から、すとんと余計な力が抜けた。


「……あったかい……です……」


 独特の語尾を伴ったその呟きは、先ほどまでの怯えを含んだ謝罪とは違い、心からの安堵が内側から漏れ出たような響きをしていた。

 そして、彼女の口元に、本当に小さな、けれど花が綻ぶような微笑みが浮かんだ。それは、激しい雨に打たれて消えてしまいそうだった彼女が、初めて見せた、生を実感させるような確かな表情だった。錬慈はそれを見て、小さく鼻から息を抜いた。



♢招かれざる避難所


 その儚い笑顔を見た瞬間、錬慈は心臓を、目に見えない手で不意に揺さぶられたような感覚を覚えた。ドクンと胸の奥が跳ね、視線を逸らせなくなる。


 不器用な小説家である彼の脳裏に、かつて自分が救えなかった友人の、あの光を失って沈んだ目がよぎる。あの時、もし自分にこれだけの温かさを渡せる強さがあれば、結果は違っていたのだろうか。そんなやり場のない悔恨が、今目の前でココアを啜る少女の姿に重なった。


 このまま外に置いておけるわけがない。


 風邪をひかれたら、文字通り寝覚めが悪い。それだけではない。このまま彼女を雨の中に放り出すことは、自分の中にある作家としての誠実さが、何より一人の人間としての矜持が許さなかった。ここで彼女を見捨てることは、過去の過ちをもう一度繰り返すことと同じだと、彼の心が告げていた。


「……いつまでそこにいるつもりだ」


 錬慈はあえて突き放すような口調で言いながらも、勝手口のドアを大きく開け放った。カチャリと静かな音を立てて開いた扉の先から、部屋の乾いた空気と、微かな生活の匂いがガレージへと流れ込んでいく。


「風邪をひかれたら面倒だ。中で制服を乾かせ。……昼飯も、まだなんだろ」


 結乃は驚いたように彼を見上げ、それから自分の濡れて重くなった制服と、開かれたドアの向こうにある温かな家の灯りを交互に見つめた。オレンジ色の優しい光が、コンクリートの冷たい床をうっすらと照らしている。

 彼女の瞳の中で、また拒絶されるのではないかという根深い恐怖と、ようやく見つけた嵐の届かない避難所への切ないほどの渇望が、静かに交錯していた。喉を小さく上下させながら、彼女は戸惑うようにマグカップを両手で強く握りしめた。

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