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きみの描く雨が、僕のセカイを塗り替える  作者: あるふぁ
第1章:モノクロのセカイに落ちた、一滴の雫

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2話 雨宿りの二人

♢雨宿りの二人


(不登校の、女子高生か……?)


 平日の昼間。本来なら教室という閉ざされた箱の中に収まっているべき時間が、彼女をこの薄暗い場所に留めている。


 普通の大人なら、学校はどうした、と問い詰めるだろう。だが、錬慈は違った。彼の脳裏には、高校時代の苦い記憶が常に錆びついた棘のようにこびりついている。親しかった友人がいじめに遭っていた時、よかれと思ってかけた、頑張れ、という言葉。それが結果的に友人を深く追い詰め、取り返しのつかない後悔を自分に植え付けたこと。あの時の、自分の言葉の軽さと無力さが、今も胸の奥でズキズキと痛む。


 だから、彼の中に、無理に学校に行く必要なんてない、という、世間とは少しズレた、けれど彼なりの誠実な価値観が根付いていた。この少女を通報したり、無理に理由を問い詰めて拒絶したりすることは、最初から彼の頭にはなかった。ただ、今の彼女にとってこの場所が、嵐を凌ぐための精一杯の避難所なのだということだけが、痛いほど伝わってきた。


 一方、小桜結乃おざくら ゆいのは、自らの呼吸音さえ雨音に奪われた絶望の中にいた。

 家にも、学校にも、自分の席なんてどこにもない。

 ただ雨に紛れて、このまま透明になって消えてしまいたかった。コンクリートから這い上がってくる容赦のない冷たさと、濡れた制服が肌を刺す感覚だけが、今の自分がかろうじて存在している唯一の証拠だった。耳の奥で鳴り響く激しい雨音は、世界から自分を完全に切り離してくれているようでもあった。


 だから、突然目の前を遮った巨大な影に、彼女は心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。

 スクーターのエンジン音さえ聞こえないほど没入していた孤独が、一瞬で破られる。

 顔を上げると、そこには背が高く猫背気味の、どこか気だるげな男が立っていた。


 見つかってしまった。叱られる。あるいは、もっとひどい目に遭うかもしれない。

 結乃はビクリと小さく肩を跳ね上げ、恐怖に怯える瞳で、濡れた前髪の隙間から男を見上げた。浅い呼吸がさらに速くなり、胸の奥が締め付けられる。


 しかし、その男――錬慈から放たれる空気は、彼女が想像していた恐怖とは程遠いものだった。

 怒りも、蔑みも、過剰な同情もない。ただ、雨上がりの空気に漂うような、体温の低い穏やかさと気怠さだけがそこにあった。じっと自分を見つめる彼の双眸は、どこか遠くを見ているようでもあり、その静けさが不思議と彼女の焦燥を和らげていく。

 威圧感のない彼の雰囲気に、結乃はパニックになりそうな心を、どうにか繋ぎ止めていた。



♢ ぎこちない接触、不器用な言い訳と不器用な盾


 叩きつけるような雨の音だけが、コンクリートの空間に激しく反響している。

 錬慈は、目の前で小さく丸まっている異物をどう扱うべきか、数秒の沈黙の中で測りかねていた。

 二十歳の独身男の自宅に、ずぶ濡れの女子高生。客観的に見れば、通報という選択肢がもっとも正しく、かつ自分の身の安全を保障するはずだ。だが、彼の視線は彼女の泥がついたソックスや、寒さで白くなった指先に吸い寄せられて離れない。ガタガタと小刻みに震えるその指先からは、生きることをあきらめたかのような絶望的な冷たさが伝わってきた。


 このまま追い出せば、こいつはどこへ行く。


 学校へ戻る気配はない。家へ帰る様子もない。ここで拒絶すれば、彼女は再びこの激しい雨の中、透明な孤独へと溶けていくだけだ。高校時代の友人の、あの救いのない背中が脳裏をよぎる。二度と触れることのできなくなった、あの暗い記憶が胸の奥をキリキリと締め付けた。


 錬慈は意識的に視線を泳がせ、彼女の顔を直視しないようにした。下手に視線を合わせれば、ただでさえ怯えている少女をさらに追い詰めることになると直感したからだ。彼はあえて、寝起きのままのような気だるげでぶっきらぼうな声を絞り出す。首元の冷たい雫を指先で拭いながら、感情を削ぎ落としたトーンで呟いた。


「……おい、そこ」


 低く、少し掠れた声。雨音に半分ほど食われながらも、それは確実に少女の元へと届いた。

 少女――結乃の肩が、まるで電気を流されたかのようにビクリと大きく跳ね上がった。バッグにぎゅっと爪が白くなるほど指を食い込ませ、埋めていた顔を僅かに上げる。濡れておでこに張り付いた前髪の隙間から、怯えた子鹿のような瞳が錬慈の姿を捉えた。


「スクーター駐めたいから、もう少しどいてくれ。邪魔だ」


 それは、不器用な彼が捻り出した言い訳だった。

 不審者だと思われないために、そして彼女を助けたいというお節介を利己的な理由で塗り潰すための盾。自分は親切心で声をかけているのではなく、あくまで自分の生活の利便性を優先しているだけだ。そう自分に言い聞かせ、彼女にもそう思わせるための、防衛本能に近い嘘だった。冷たい雨が激しく吹き込んでくる境界線で、錬慈はただ、自分の不器用さに少しだけ焦りを感じていた。

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