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お守り

 四方を建物に囲まれて日も差し込まない店前で、メラニアは外の空気を吸って伸びをしていた。


 彼女は魔石商店の中に10分近くいただけで頭痛がしてきたので、外に出て休憩をとっている最中だ。元々魔術に関わる品というのは少なからず人体に影響を与えやすいもので、触媒が棚一杯に並んでる商店ともなると、魔術に縁のない人間なら体調を悪くしても不思議ではない。一方シャムランは普段から魔術を嗜んでいるので、顔色ひとつ変えずにじっくり棚の中を物色していた。


 頭痛もおさまってきたのでメラニアは店内に入り、入り口でシャムランを待つことにした。さっきまで入り口から見て左側の棚を見ていたシャムランはいつの間にか反対側の棚に移動しており、いつもの軽い雰囲気とは打って変わって、一つ一つ丹念に吟味しているせいで店内に戻ったメラニアにも気づいていない様子だった。部屋の奥には店長のお婆さんが像のように微動だにせず、椅子に座ってシャムランの様子を静かに伺っていた。


 棚と睨めっこをしているシャムランは、内心とても焦っていた。なんとなくで選んだ店だったが、故郷のオイストゥイーにある寺院や師匠の倉庫よりも触媒の種類が豊富で、シャムランが知っている物はもちろん、名前を聞いたことのないような物も満遍なく取り揃えていた。触媒の事を全然知らないメラニアなら、出鱈目な触媒をでっち上げてなんとか言いくるめられるかもと思ったが、それにはまた別の問題が立ち塞がっていた。メラニアが外に行っている間に、シャムランと店長の老婆は何回か会話を交わしたが、彼女の知識はシャムランのそれを軽く凌駕するものだった。シャムランが来ている服の細かい装飾だけでオイストゥイーの出であることを見抜き、故郷の話で盛り上がっていた際、シャムランが師匠の教え方の大雑把さを愚痴るとすぐに分かりやすいアドバイスをくれたりなどもしてくれた。そんな店長の横で出鱈目な魔石についてでっちあげればすぐ指摘してくるであろうし、なんなら棚からほれ、ここにあるよと取り出してきてもおかしくない。打開策と睨んで来てみたはずが、逆に詰みに追い込まれていた。


「探してる物は見つかりましたか?」と、時間切れを告げるようにメラニアが言った。


「ん〜いやぁ〜、まだかなぁ〜?ないなぁ〜なかなかぁ〜」

「おや、お探し物があったんですか、何が入り用で?」


 老婆の親切心が追い討ちのようにシャムランの逃げ道をなくしてしまう。ここまで来たら出たとこ勝負しかないと踏ん切り、お婆さんの方へ向かった。


「いや〜それがですね〜、師匠に頼まれた物があるんですけど中々なくて、しかも大雑把に伝えられたせいで何が何やら・・・」


 彼女は服の内側にしまっていたお守りを取り出して老婆の方へ向かった。元々このお守りは師匠も魔石の一種だと推察したが中々見ない類の物だと言っていた。これならもしかしたらここにないかもしれないと考え、老婆に差し出した。


「こんな感じのヤツですね。分かりますか?」

「なるほどね、ちょっと待っておくれ」


 老婆は虫眼鏡を取り出し、縮こまってお守りを吟味している間、シャムランはメラニアに大丈夫かと尋ねてみた。


「やっぱり慣れないですね、こういうところは。何かコツでもあります?」

「息を止めたらちょっと楽になるって聞いたことはあるよ。あとこめかみをぐりぐりするとか」

「誰の情報です?」

「師匠」

「あの人そういうところ大雑把ですよね・・・」


 と言いつつこめかみを揉みほぐすメラニアから目を離し、老婆の方へ目を向けると、何やら本腰を入れているようで、机に移って灯りに照らしながらさっきより虫眼鏡を押し当てるように近づけて睨みつけていた。この反応からして、シャムランは想定していた流れに持って行けそうだと内心喜んでいたが、少し不安な予感もした。触媒の中には、あまりに純度が濃すぎるあまり人体に悪影響を及ぼす物も少なくない。中には病を発する場合もあるため、もしかしていつも肌身離さず持っていたお守りがその類の物だったのでは、と考え始めた。しばらくして、老婆は微かに聞こえる程度に独り言をもらした。


「なんでここに・・・同じ?いや、しかし・・・」

「やっぱりここにはないヤツですか?」

「・・・確かにうちにはないね。それどころかゲルニア中駆け回ってもない代物だよ」

「そんな珍しい物だったんですか?」

「珍しいどころじゃないよ。あんた、一体どこでこれを手に入れたんだい?」


 ふと、彼女がいつそれを持っていたのか自分でも知らない事に気づいた。物心ついた時から彼女はそのお守りを大事にしていた。てっきり家にたまたまあった綺麗な宝石を、幼心から気に入っていたのだろうとも思ったが、今思い返すとなぜ魔石商店を営んでいる老婆すら驚くほどの物が、偉い身分の家柄でもないうちにあったのだろうかと疑問が湧いた。


「そういえばどこのものかは覚えてないな・・・赤ちゃんの頃から持ってたから」


 そう返すと老婆は思考に集中する為に黙りこくってしまった。


「あの〜おばさん?」

「ちょっと待っておくれ・・・あんた、ダングランって男を知ってるかい?」

「いや全然」

「じゃあ・・・いやあいつは・・・」また思索に没頭したお婆さんにシャムランは困惑するしかない。

「あの、そのダングランって人が同じものをもってたんですか?」

「ん?あぁ、そうだね・・・でも、あいつはもういない。いやまさか・・・あんた、孤児みなしごかい?」

「・・・なんなの、いきなり」

「不躾なのは分かってるが、これだけは聞かせておくれ。あんた、生みの親の顔は分かるかい?」

「・・・あの、そのお守りはなんなんですか?」


「シャムラン、もう行きましょう」見かねたメラニアが近づいて声をかけたが、シャムランは身振りでメラニアを制止させた。


「おばさんは知ってるんですか、そのダングランって人がなんなのか」

「昔何回かあっただけだがね、そいつがこれを持っていた。傷は増えとるが、昔見た傷も残ってる。全く同じだね。あいつは船乗りで、辺境の地でこれを手にしたと言っとった。その後あいつは波に飲まれて死んだと聞いていたが」

「だから聞いたんだ。親はいるかって」

「そう、どうなんだい?」

「・・・育ててくれた親はいるよ。でも、確かに生みの親にはあったことない」

「親や師匠には聞かなかったのかい、これがなんなのか」

「2人とも魔術に縁のない普通の人だし、師匠もたまたま面倒見てくれただけで、ダングランなんて人全然知らないよ」

「・・・これはまた、奇妙な縁もあるんだね。あんた、こいつがなんなのか知りたくないのかい?」

「知ってるんですか?」

「いや、あたしゃ知らん。だがダングランは探ろうとした。それで北の海へ行き、そこで死んだ。そして、今頃海の底に揺蕩っているはずのこの魔石が今、なぜかあんたの手にある。もしかしたら、あいつは"答え"を得たのかもしれん」

「なんで"答え"?」メラニアはつい口を挟んだ。

「あいつはこれをいたく気に入っとった、そんなものをそこらの港でひっかけた愛人に贈るような真似はしない。そしてあいつはあたしや他の魔術師も知らないような未知なる魔石の正体を、あいつは追い求めた」

「さっきその人は北の海で死んだって言いましたけど、そこには何が?」

「北には何もないが、その先には誰も踏み入ったことのない島がある。あいつはそこを目指しとったわ。もしやするとそこに・・・」


「悪いババァ!少し遅れた!」


 大きな音を立てて開け放たれた扉の前にいたのは、額に靴底の後を残したままの"猿"だった。

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