寄り道
太陽が頭の真上を過ぎた頃、シャムランとメラニアは休憩がてらに、シャムランのお婆さんが作り置きしていた魚の肉団子を食べていた。もちろんシャムランが出かける前にこっそりくすねてきたものだ。早朝から出発してからしばらく経ち、メラニアの体力があり過ぎたせいで休憩も挟まず歩き通しだったので、シャムランが生まれたばかりの子鹿のような足取りで休憩を提案して、野原で一休みすることになった。肉団子を頬張るメラニアの横でシャムランは野原に倒れ込み、肉団子を口に運ぶ気力もないまま昇天間近の体たらくだった。
「やっぱりエマおばさんのお団子は美味しいですね! キンブルグじゃ魚がいないし、修行が終わったら食べられないのが残念です。レシピとかあるのかなぁ」
「ソウ・・・ヨロシクイットクネ・・・」
そもそもシャムランは魔術師なので、今まで運動とは縁遠い生活を送っていた。だから徒歩だけの長旅でこうなってしまうのも至極当然の事。なのになぜ彼女が馬車なりロバなり、なんらかの移動手段を用意しなかったのかというと、単純にその事がすっかり頭から抜け落ちていただけだったから。干からびたミミズのようにへばっているシャムランの上に広がる爽やかな青空を彼女は眺めながら、己の無計画さに物申したい気分になっていた。まだ彼女の息も整わぬうちに、メラニアはすでに完食していた。
「さ、シャムラン。動けます?」
「ムリィ・・・ハァア・・・シヌゥ・・・フゥ・・・」
「そんなんでへばってたら、着いた頃には骨だけになっちゃいますよ。まだキンブルグまで半分も進んでないのに」
「ナンデェ・・・?」
「ゲルニア大陸の広大さを甘く見てましたね。私がキンブルグからオイストゥイーに徒歩で来た時はせいぜい一日半ぐらいで着いたんで、このペースなら2日以上はかかりますよ」
「アカァン・・・オブッテェ・・・チュースルカラ・・・」
「おんぶしないしチューしないでください。ほら、立って」
メラニアが起こそうとしても、シャムランは水袋のようにすぐぼたりと倒れてしまうのであの手この手を駆使して起き上がらせようとするが、担いでも転がしてもこねてもぺたりと倒れてしまうので、結局メラニアも座り込んでしまった。
「・・・よくこの体力でお使いに行こうと思いましたね。まさかここまでとは」
「ハァ・・・ハァ・・・ふぅ、メラニアが体力お化けなだけなの」
「そりゃ騎士たるもの、幾日夜歩いても息切れ一つ起こさなくて当然ですから」
「ひゃー、考えるだけでまた疲れてきた・・・」
「歩けば余計な考えも失せますよ、ほらほら」
「くぅ〜・・・さすがにそろそろ歩くかぁ・・・」
移動を再開してからしばらく経ち、二人はたわいない会話をしながらただひたすら北へ進んでいた。最初は新鮮な風景に心躍ったシャムランだが、点々と生える木々と広野には流石に飽きていた。オイストゥイーからキンブルグに続く道に何もないことを知らずに村から飛び出した彼女は、思い描いていた外の景色の方が彩りがあって残念に思っていた。しかし地平線はいつ見ても見飽きなかった。林と川に囲まれた土地で育った彼女にとって、空と地の境目が見えるというのはとても不思議な体験だった。歩いている最中も、つい地平線に目を囚われて石につまずいたり、メラニアの話を聞きそびれてしまうこともあった。
「瞬間移動できる魔術とかあったら便利そうですけど、そういうのないんですか?」とメラニアが聞いてきた。
「あったら使ってるよ〜、こんな面倒な事せずに。アタシが使えるのは水ぐらいだし」
「じゃあ船を乗せた水の塊を移動させるってのはどうです?水だけ動くから船に乗っておけば歩かずに済むって感じで」
「あんまり魔術を舐めんじゃないよ?意外と融通が効かないもんなんだから」
「不便ですね」
「そもそも魔術は道具じゃないもん・・・待って、何あれ?」
シャムランが西側の方を見ると、広野にポツンと立つ家屋から煙が上がっているのが見えた。まだ煙が登りきっていないため、今何かが燃えているらしい。
「あれ、燃えてるのって家?」
「・・・肉の焼ける匂いがします。おそらく人の」
「まずいじゃん! 行くよ!」
「待ってください! 野盗が燃やしたのかも知れませんし、肉の焼ける匂いってことは・・・」
「その時は頼んだ! 消化はアタシがやる!」
「ちょっとシャムランっ・・・! あぁもう!」
駆けつけた頃には、家は火に包まれていた。周りにあるのは広めの牧場と納屋だけで、家から離れた場所にあるおかげで火の手はそちらまでまわっていなかった。メラニアは念の為あたりを見回したが、人影がなかった為、ただの事故だとまず判断した。火の粉が飛び散っているが、風が弱いおかげで火勢は弱い。中の様子を見ようとしたが、家全体に火が回っているせいで近づくこともままならなかった。
シャムランはまず井戸を探した。納屋と牧場の間に見つけたのですぐそばに駆けつけ、中を確認する。井戸のそばに転がっていた小石を投げ入れると、小石が落ちてすぐに水が跳ねる音が聞こえた。水が十分にあることを確認すると、彼女は懐から"触媒"を二つ取り出した。ナイフを取り出し、三角形の磨いた宝石のようにまっさらな触媒の片方にΔと刻み、もう片方にYと印をつけた。彼女はΔを刻んだ方の触媒をメラニアに投げ渡した。
「合図したらそれを家に投げ込んで!」
メラニアが不安定な軌道を描いて落ちる触媒を軽々と掴んだ様子を見て、シャムランがYを刻んだ触媒を投げ入れようとしたその時、納屋の中にいる人影とたまたま目があってしまった。
真っ黒で深めのローブを纏ったその人影の手には、火に反射して赤く光る刃物があった。
彼が一歩踏み出した瞬間、咄嗟にシャムランは握っていた触媒を井戸の中へ手放し、叫ぶ。
「メラニア! 納屋に投げて!!」
メラニアは迷うことなく踵を返し、言われた方へ触媒を投げ飛ばした。触媒が宙を舞う束の間、何か地面から湧き上がるような地響きが鳴り始めた。投げ飛ばした触媒が井戸の真上を超えた時、井戸の中から水の柱が吹き出した。
藪から飛び出した蛇の如く湧き上がり、弧を描いて落ちていく触媒を追いかけるように身をくねらせて、納屋の方へ飛び込んでいく。触媒が頭をかすめたことにも気づかず、事態をうまく飲み込めず判断が遅れた野盗は、脚が竦む暇すら与えられずに水の奔流に飲み込まれた。迫り来る壁に押しつぶされるように納屋の壁に叩きつけられ、そのまま壁が崩れてしまい、ずぶ濡れの板材や農具と一緒に野盗がボロ雑巾のように転がっていた。シャムランとメラニアはしばらく隣り合って呆然としていたが、先にメラニアの方から口を開いた。
「な・・・なんてものを消化に使おうとしてたんですか・・・」
「ごめん・・・こんなに水が溜まってるなんて予想外だった・・・まぁ結果オーライかな」
納屋から水が引いてから野盗の様子を確認すると、なんとシャムランが見つけた男の他にも3人彼の仲間がいたことが判明した。屋内に隠れていたが、納屋全体を丸ごと洗浄するような水量のせいで、隠れたまま水に押しつぶされて気絶してしまったようだった。納屋の入り口に突っ立っていた男はあの波を直に受け止めたせいで頭を強打していたが、命に別状はなかった。メラニアはとりあえず野盗が持っていたロープで彼らをキツく縛り付け、目覚めても身動きひとつ取れないようにした。
その後シャムランは家の火が弱まったので家の様子を見にいった。瓦礫が多く、煙がまだ燻っているためまともに歩くことも難しかった。元々居間だったであろう場所まで進み、原型をかろうじて留めた暖炉のそばにある崩れた支柱の影に、下敷きになっている死体を見つけた。全身黒ずんでおり、男か女かすら彼女には分からなかった。肉料理とはまた違う独特な焦げ臭い匂いにむせ返りながら、彼女は家を後にした。しばらく彼女は、助けられなかった罪悪感と、初めて見た死体に動揺を隠せず、しゃがみ込んだままじっとしていた。
3回目のため息をついた時、頭を撫でられたような感触を感じた。ふと彼女が顔を上げると、馬が突然現れたようにそこにいた。鞍の脇に小袋があったので確認してみると、高価そうな指輪や宝石が無造作に詰め込まれていた。盗賊の馬だろうと察した彼女はとりあえず馬を撫で返してやった。すると馬はすっかり彼女の手に病みつきになってしまった。辺りを見回すと、もう一匹鞍をつけた馬が遠くから見守っていた。盗賊は4人いたからもう2匹いるのではないかと探してみたが、メラニア以外は見当たらなかった。そちらの方に近づくと同じく懐いてしまった。すると不意に、一つの案が浮かんだ。早速彼女はメラニアの方へ向かった。
メラニアは縛り上げた盗賊四人から取り上げた武器や隠しナイフを小脇に抱えたまま、何もせずにただ彼らを見下ろしていた。
「こいつらどーしよっか、メラニア」
「家の方はどうでした?」
野盗を睨みつけたままメラニアは答えた。
「・・・いたよ、人。焦げすぎて人なのかも分かんなかった」
「なら縛首が妥当ですね。ここにこいつらを置いて行って、キンブルグで通報しましょう」
「ここまで来させるってのも手間じゃない? それよりかここに置きっぱにして天に任せた方がいいと思うけど」
「こういう事をする奴らは生き汚いんですよ。もしかしたら縄を解いて逃げ出すかも知れません。彼らを大人しく連行させるのは難しいですし、いっそのこと腱を切っておきましょうか」
「やめてよ、そんなグロいこと。それよりさ、」
メラニアが後ろを向くと、シャムランの隣に馬が二匹いた。流石に彼女も唖然としてしまった。
「そいつらの馬がまだ近くにいたんだよね。しかもこいつらいい子でさ、すぐ懐いちゃったの」
「・・・どうせその子たちも誰かから盗んだ馬でしょうね」
「それでさ、納屋の中に荷車とか残ってたりしない?そいつらを乗せて馬に走らせたら日没には着くかもよ」
「こいつらの見張は誰がするんです?」
「・・・・・・」
「じゃんけんで」
「ダメか」




