騎士街キンブルグ
目を覚ました男が最初に見たものは、抜き身の剣を携えたメラニアだった。
地べたに這いつくばった姿勢で横たわり、彼女に見下ろされている。夕暮れのせいで表情がよく見えないが、彼女と自分が小刻みに揺れていることから、彼は荷車にいるのだろうと推測した。
「あっ見えたよ、もうすぐ着くー!」
メラニアの背後からシャムランの声が聞こえた。男にとっては見知らぬ誰かだったから、そこに座って俺を見下している少女の従者か何かだろうと考えた。
彼は起きあがるために手を伸ばそうとしたが、腕が背中に張り付くようにピタリとくっついているせいで身を揺することしかできなかった。足を曲げて立ち上がろうにも、足が開かないせいでうまく立ち上がれない。やっと男は、自分が縛られているのだと理解した。身を捩らせて後ろを向いてみると、彼の仲間3人が自分と同じ姿勢で倒れていた。
そこで男は思い出した。
自分がさっきまで何をしていたのか、どうして意識を失ってしまったのか。
咄嗟に彼は全身を使って起き上がり、荷車から飛び出そうとした。
案の定、彼が起き上がる前にメラニアが彼の顔に蹴りを入れて、また彼は這いつくばってしまった。
「また起きた?」
「さっきとは別の人です。こいつは少し賢いようですが」
メラニアがさりげなく見た視線の先に目を向けると、彼の部下の一人が血の混じった唾を垂らして突っ伏していた。顔は酷く腫れていて、彼のそばには真っ黄色な歯が転がっており、荷車の振動に合わせてころころと揺れていた。
「私はメラニア・フォイルと申します。今私たちはキンブルグに向かっています。あなた達を警吏に突き出すので、それまで大人しくしてください」
「大丈夫? 蹴り過ぎちゃったら逆にウチらが罪に問われない?」
「いずれ首を括られる放火魔に一度や二度蹴りを入れたところで変わりませんよ」
男は彼女達にバレないように、袖の下に隠してあった隠しナイフを手探りで取ろうとしたが、何度手を隠し場所に突っ込んでも何もなかった。彼女が取り上げてしまったらしい。
「もしあなたが指名手配されてるのでしたらこちらの手間が省けるので、名前だけでも教えてくれます?」
彼は口に溜まった血を吐き出してから答えた。
「俺に名前なんてねぇよ」
もう一度、今度は額を抉るように踵で蹴飛ばされてしまった。
「今蹴る必要あった?」
シャムランの場に合わない気楽そうな口調が余計に男を苛立たせた。
「真面目に答えなかったので。次は股間を蹴りますよ、名前はなんです?」
「いやもう十分。着いたよ」
砦のように広がる城壁の上から、警備兵の姿がメラニアの目に入った。彼が望遠鏡をのぞいているのが見えたので、彼の方に向いてはっきりと顔が分かるようにした。すると警備兵はすんなりと合図を出し、門が開いた。
「こんなすんなり通っちゃっていいの?」
「彼は私が修行に出る時にもあそこにいました。きっと覚えていてくれたのでしょう」
「こいつらを突き出せばメラニアも晴れて騎士の一員かな?」
「どうでしょう、事後の小悪党を捕まえて認められるほど甘くありませんよ」
「さっきから人をモノみてぇに・・・」と、男が悪態をついた瞬間、彼の髪が掴まれ、うなじを咥えられた猫のように軽々と持ち上げられてしまった。彼女達ではなく警備兵の一人が荷車の横から近づいていたことに彼は気づかなかった。
「三年も見ないうちに大きくなったなメラニア。ところでどうした、こんな手土産持ってきて」
「お久しぶりです、ロザンさん。実は色々ありまして、こいつらは民家を燃やした盗賊で、道中に見つけて彼女がしとめたんです」
「初めまして、お供のシャムランです!」
「ちょっとシャムラン!」
「おう、ありがとよお嬢さん。メラニア、死体はあったのか?」
「家の中で焼死体が見つかりました。家主でしょうね」
「なるほど。従者もついて、悪党をとっちめて、騎士らしくなってきたな。」
「従者じゃありません。シャムランがいなかったら彼らは今もどこかで悪事を働いてました。ほとんど彼女のおかげです」
「くるしゅうない」
「そうかそうか、まぁ入れ。一旦そいつらを留置所に連れてってやるから、お前は親父に顔見せに行きな。きっと驚くぞ、娘が手柄をあげて帰ってきたんだからな」
「あっそういえばおじさん、この馬とか荷車、多分この盗賊が盗んだやつだからそっちで処分してもらってもいいですか?」
「おういいぞ、見た感じちゃんと飼い慣らされた子達だな。こんな奴らにこき使われたのが可哀想だ」
「ありがとうございます、ロザンさん。ではまたいずれ」
警備兵達が盗賊を連行する時、男がシャムランが首から下げたお守りに目が止まっている事にメラニアは気づいた。威圧のつもりで彼女は男から目を離さず、建物の中に入った事を確認した後、メラニアが尋ねた。
「あの荷車、とったのはあなたなのに、なんで盗賊に罪をなすりつけたんですか?」
「まぁ故人のものだし、亡くなった人も盗賊逮捕の一助になれたと思って悔いなく逝けるんじゃない?」
「答えになってませんよ」
男はすぐ留置所に運ばれた。足の拘束だけ解き、ロザンに襟首を掴まれたまま進まされ、廊下の壁に転々と灯された細い蝋燭の灯りしか見えない道をひたすら歩いた。後ろには彼の部下達が続き、列をなしてジャラジャラと鎖を鳴らしている。やがて空き部屋が見つかり、男はゴミを投げ捨てるように部屋の中に投げ飛ばされた。
「ってぇな!」
「お前に焼かれた奴はこんな痛みより長く苦しんだろうさ。」
彼は牢の入り口でしゃがみ込み、メラニアのように彼を見下ろしていた。その背後で男の部下が奥の部屋に運び込まれているのが見えた。大抵こういう時はまとめて一緒の牢に入れるものだと男は思っていたので、そこが気に掛かった。
「とりあえず、後でメラニアに事情を聞いて、本当に火事が起きたかどうかを確認しに行って、罪状が確定するまでに大体3日ほどの余地がある。せいぜい楽しい暇つぶしでも考えてな」
「どうする? あの女の言うことが嘘だったら?」
「あの子はそんな真似しねぇ。適当なこと抜かすんだったら舌の根引っこ抜くぞ」
「流石はキンブルグの騎士、"妄執の徒"ってあだ名が付くわけだ」
「"妄信"の間違いじゃねぇのか?」
「悪いな、学がないもんで。謙遜するだけの度量はあるんだな」
「てめぇらみてぇなドグサレに何言われようと構わんからな、牢の中で吠える猿は特に」
「奇遇だな、俺ぁ地元では”猿”のあだ名で通ってたんだ」
「あぁ知ってるよ。だからおめぇの牢は一人だけの特等席にしてやったんだ。シオロでの悪名もこっちまで届いてたぜ」
「・・・光栄だな」
「安心しろ、おめぇはタダでは死なねぇ。ふさわしい晴れ舞台を用意してやる。そこで惨めにくたばれ、義賊気取りが」
そう言ってロザンは立ち上がり、牢の扉を閉じた。その間這いつくばる男には一瞥もくれず、淡々と他の警備兵に連絡してから彼の前から去った。足音があまりに反響するので、まるで既に去ったはずの彼がだんだん近づいてくるような気がした。




