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昔々あるところに黒ギャルがいました。

 このゲルニア大陸において、最も重要な場所はクルフ川だ。


 多くの富がここから生まれ、多くの血がここで洗われた。


 大陸を北から西にかけて流れるこの大河は、人の子には数知れぬ年月を()て彼らの盛衰(せいすい)を見守っていてた。


 特にオイストゥイーという川沿いにある小さな村は彼女のお気に入りで、自然も豊かで、多くの魔鉱石に恵まれ、森に囲まれているためかよそ者はあまり来ず、そこに住む者たちは平和に暮らしていた。


 しかし平和すぎるのも好奇心豊かな子どもには(こく)というもの。特に、カナヅチで、川で遊ぶ友達を遠巻きに眺めて過ごし、地味な神事の手伝いをしているような子には、好ましくも耐え(がた)いほど退屈な環境でもあった。


 今述べた特徴にピッタリ当てはまるシャムランという女の子が、海に行きたいと思うのは不思議な事ではない。


 そして(よわい)16歳になった頃、彼女は蓄えた好奇心を帆にはらませ、まだ見ぬ景色に出会うために旅立とうとしていた。




 月が沈み日が昇る前、彼女は忍足(しのびあし)で階段を降りていた。足音をなるべく出さないように、念の為靴を脱ぎ裸足でつま先を立てながら慎重に玄関に近づいていた。背負ったリュックと服の衣擦れを起こさないよう、ゆっくりゆっくり足を運び、とうとうドアの前まで辿り着いた。


 軋みやすいドアを、猫のお腹を触るようにそっと開け、開ける時よりも慎重にドアを閉じる。


 小脇に抱えていた靴を履き、彼女は駆け出した。別に止むに止まれぬ事情があるわけでも、やましい事情があるわけでもないが、そうせずにはいられなかった。未知の世界に己の足で初めて踏み出す時に沸き起こる興奮が、彼女の背を押すように早足で進ませた。


 今まで見慣れていた村の風景が、今の彼女の目には見慣れぬ光景のように思えた。月光すら届かない林の影が星空の端を縁取る空白に見え、遠くから聞こえる聞き馴染んだ川の流れが次第に遠のいていく。いつも通っていた道から()れて、夜目でもかろうじて見える北へ向かう道を進み、やがて村を囲う林を抜けた時には、日の出が東から見え始めていた。朝日に照らされた平原を見て彼女は一言呟く。


「ひっろ・・・」


 深呼吸してまた平原をぐるりと見渡す。


「ひっっろ・・・・・・・!」


 その一言を発するだけで彼女の心は小躍りしたくなるような嬉しさで満ちてくる。興奮に身を任せて子供のように平原に駆け出そうとした時、背後の茂みから音がした。


 熊か狼か、はたまた野盗か、そんなことを考えるより先に、彼女は自分の幼稚な独り言を誰かに聞かれたことが恥ずかしくなり、思わず茂みにいる誰かに弁明し始めた。


「いやあの、今のは・・・」

「何してるんですか、シャムラン。こんな朝早くに」


 そこにいたのは彼女にとって馴染み深い、腰に剣を携えた友人の姿だった。


「メラニア!? どーしてこんな朝早くに?」

「私が聞いてるんですよ、まったく! 朝の素振りに出かける時、たまたま見つけたんです。 てっきり逢引(あいび)きかと思って隠れてましたけど、思い過ごしのようですね」


 シャムランはひとまず命の危機ではないことに安心したが、それとは別に新たな問題が起きてしまった。彼女は夜明け前に村を出てしまえば誰にも気づかれずにすむと思っていたのに、よりによって唯一の例外と出会(でくわ)してしまった。メラニアがいつも早朝から訓練しているのは知っていたが、日が昇る前から起きていることは彼女にとって想定外だった。


 一体どうやってこの場を乗り切ろうかと、シャムランはとぼけたふりをして瞼を2回パチクリしている間に言い訳を捻り出そうとしていた。


「で、なんで日も昇り切らないうちからわざわざ村の外にいるんです?」


 結局上手い言い訳は見つからなかった。正直に話せばメラニアが止めようとするのは彼女にも分かる。観念して話そうかと諦めかけたが、そこでふと妙案が浮かんだ。うまくはいかないだろうけど、少なくともなし崩しになんとかなるだろうと踏んで口を開いた。


「いや〜あのね? その〜、遠出しようかなって・・・」

「ほぉ、どこに?」

「あ〜、キンブルグ! ちょっとお使いに行かなきゃなんなくてさ、ほら、うちのおじいちゃんとおばあちゃん、あそこに行くにはお年寄りすぎるからさ〜、ね?」

「キンブルグですか、いいところですよ。もしかしたら私の父と出会うかも知れませんね。」

「そこでさ、ちょっと一緒に来てくれない?」

「私がですか?」

「そう! アタシ村の外は初めてだし、そんなに遠くはないけど道中で何があるか分かんないしさ、騎士様に護衛になってくれないかなって! ねーどう、メラニア?」


 メラニアは悩んでいる様子だが、彼女の本当の目的にはまだ気づいていないようだ。シャムランにとって、本来一人旅の予定ではあったものの、この先どんな危険があるのか分からないから、武術を学んでいる友が同伴してくれると考えると、この展開は結果的に嬉しい誤算だった。


「で、どう?」


「・・・まだ騎士ではありませんが、これも修行のうちですね。成果をあげぬ内に故郷に顔をみせるのはおもばゆいですが、同行しましょう」


「やった!ありがと!あーもう偉いねぇ!お利口さん!もうチュッチュしちゃう!」

「やめて」


 かくして、キンブルグに着いた時にどう言いくるめて海に向かおうか考えている黒ギャル魔術師シャムランと、何も知らない騎士見習いメラニアの旅が始まった。


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