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第2章-2 新車記者発表

閑話、余談または蛇足:


この世界では、イニシャルDは、フィクションということで漫画化、映画化されていることにしています。事実を基にした、とは一言も言っていませんが、暗黙の了解で誰もが知っていて、文太の店は聖地巡礼の対象になっているとか。


(でもって、豆腐の味でまた客がつく。文太本人は豆腐店はそろそろ引退したいが、客がいるとやめられない性格)


時には黄色い悲鳴をあげる若い女の子もいて、顔をしかめながら、実はくずれそうな顔を必死で抑えているのに違いない、というのが文太の旧友の観察だったりする。

新しい内燃機関車を世に問う、という紳士の声に、会場がざわついた。


「なぜ、今さら内燃機関?」思わず、といった声が会場から上がる。

驚き、呆れ、と言った感情が滲む。


「その疑問はごもっともです」

「私も、最近はもっぱらロボEVタクシーばかりです。

それが一番便利で、合理的で、社会全体で低コストなのは間違いない。

それらのEVが蓄える電力が、ある閾値を超えたときに発電網全体のクッションとして機能することとなったことは皆さんご存じの通りで、このエコシステムは非常に有効なものです」

「しかしながら、復興作業においては、内燃機関車がほぼ絶滅したことは、大きな痛手でした。

BEVが高度なインフラに支えられた存在であることは、多くの識者が指摘していましたが、残念なことに、…よくあることでもありますが、人間の想像力は目先の豊かな生活だけを見ていて、それを支えるインフラが消失したときのインパクトにまで及ばなかった。

当時、自動車会社の責任者だった一人として、それは私が深く後悔するところです。

電気自動車だけでは、この世界は回らない。少なくとも現在の技術水準では」


 紳士は、彼自身の思惟を追うように、丁寧に言葉を継いだ。 


「しかしながら、をもう一度申し上げます。

しかしながら、あれほどまでにBEVが便利になった状況、支配的になった状況で内燃機関に投資を・・・・というのも、無理がありました。

経済性として、そのエリアに手を出せない。

私企業は、そうなりがちです。上場企業は、株主の意向を無視しては存在できませんし、無視すべきでもありません」


「他方で、ネットワークに組み込まれた自動運転のBEVに無いものを欲しがる、そんな気持ちもあります。

私自身にもあるのです。自分で運転して、自分の行きたいところに、自由に道を選べるクルマ。

軽くて小さくて油臭くて、エンジンの振動を背中に感じて・・・」

「私は、個人としての私は、一人のカーエンスーです。

企業経営者だった私は、上場企業が内燃機関を扱うことが難しくなっていることを、先に申し上げた通り、知っています。

今日、私が提案するのは、クルマの楽しさと、内燃機関技術とを、どちらも維持するための提案です」


 紳士は言葉をとめ、会場をゆっくりと見渡し、次いで背後のスクリーンを軽く振り返った。

 スクリーンに映るのは、ダウンヒルを駆け下りる、スポーツカー。

 定置カメラ、ドローン、及び車載カメラによる、力感とスピード感あふれるものだ。


「1300cc、直6、990㎏、4人定員のオープンカーを開発しました。

売価は、買いたいと言ってくれるお客さんの数で決まります。

ざっくり、2000台で650万円、といったところでしょうか。

今さらか、との声が会場から聞こえました。勝算はあるつもりです」


紳士は丁寧に言葉をつなぐ。


「私は、既に志を同じくする方々と、新しく会社を設立しました。

名称はMTエンヂニアリング、株式会社ですが公開はしません。

個人的な財産で、私たちが所属していた自動車会社の、遊休している生産工場を買い取りました。

私たちの財布はすっからかんですが、老い先長くない身ですから、最後に、現役時代には出来なかった蛮行に身を投げ出すつもりなのですよ・・・乗って楽しいクルマだけ作る、という」


「幸いにして、私たちのかつて同僚だった人たち、現場で何十年と内燃機関車を作ってきた頑固爺たちからも賛同の声をもらっています。一緒に、もっといい車を作ろうよ、って。唯一の悩みは、社員の平均年齢が異様に高いことでしょうか。」


「私も年ですから、私たち世代の体力でも生産できるように、生産ラインに最低限の自動化はしました。

車自体も、内燃機関だけに固執せず、内燃機関のネガを補い燃費もそこそこになるよう、工夫はしたつもりです」


「これは、便利なクルマを目指していません。

便利さを、EVに委ねたその余白・・・運転する楽しさ、人間が自分の手足で運転すること自体を楽しむための残したクルマです」


彼がポインターを操作すると、諸元が表示される。


エンジン形式: 直6 1300cc FR

電装スーパーチャージャー"ESPE(R)"及びマイルドハイブリッド

車重: 990 kg

出力: 280 馬力


「燃費は、おしとやかな町乗りであれば、実測で15~18km/と言ったところです。

軽量なのと、ハイブリッドがいい仕事してくれています。

・・・もっとも、アクセルを開けなければ、ですが」

照れたような笑みが浮かぶ。

「全開にすると6kmくらいになります」


紳士は体を開き、背後のスクリーンを腕全体で指し示した。


クルマは高速ステージに差し掛かっていた。

エンジンはかなりの高回転型のようだ。空ぶかし音が続く。急速なシフトダウン。

減速し、タイトなコースを駆け抜ける、スキール音。

昔懐かしい、気が抜ける速度警告音。時速110㎞を超えているようだ。

三重奏をBGMに、白と黒の車が迫り、通り過ぎる。

そのドアには、『藤原とうふ店(自家用)』の文字が。

閑話:夢がかなった男


彼は、インターネットの画面にくぎ付けだった。紳士に無謀な直訴をし、紳士が妙に喜んでくれて連絡先を交換したのが2年前。その後、連絡はずっとなかった。当然である、日本財界の大立者と一回のサラリーマン、一瞬袖触れ合っただけでも人生の誉れ、ずっとそう思っていた…昨日、ショートメールを受け取るまでは。「約束を果たしました。明日正午、こちら→url」、それだけの、ごく短いメッセージ。

 しかも、本当に、彼が望んだ仕様!

 1300ccのストレートシックス、そんな車、誰が本当に実現すると思うだろうか。

 仮に、何か出してくれるとしても、直4になるとか、何かしらナーフされると思っていたのに。

 「あーあ、定価で買うって約束しちゃったよ、日本の自動車産業で一番有名な人と。いくらすんのかな~。手持ちの株、全部売ったら何とかなるかね」、うれしい悲鳴という言葉の意味を生まれて初めて体験した思いだった。

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