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第1章-3  伊達じゃない!

「こいつ・・・動くぞ?」

動くだけではない。

モードセレクターは、当然のようにSUPERに入った。

個人情報保護法案的にどうなのよ、と、彼の中の会社社長の部分が小さく不平を鳴らすが、無視。

本人が気にしないと言っているんだから、いいんだよ!


背後で、わずかなモーター音とともに、エアロパーツが持ち上がった。

車高がわずかに下がる。

全面液晶の回転計が書き換わり、5桁までの表示になる。レッドゾーンは9,500RPM以上。

ドライバーが変わっているので、イルミネーションモードもデフォルトになっている。外装の継ぎ目部分が冷たい白色に輝いた。

拓海が言っていたのはこれか・・・啓介はにやりと笑う。俺なら、ありだな!


啓介はX86-S6をSMARTモードに戻し、進路を西に取った。

拓海がFDで先導する。

後部視界は、ウインドシールド最上部、端から端に亘って表示される。

これだったらバトルもやりやすいだろう。

目の焦点を動かさなくて良いこともあり、非常に使いやすい。


向かった先、秋名山の南西麓には、富士山噴火時に風の気まぐれで流されてきた高熱灰に複数個所焼かれ、現在でも荒れるにまかされている旧道がある。

台風一過後の強い南風が、遠い秋名山にも災害を届けたのである。それは、富士山から最も遠い被災地であった。

週末の深夜には走り屋が遊んでいることもあるが、荒れた道は滑りやすく、タイヤにも悪く、通行量は非常に少ない。

こんな平日の早朝には、尻を振って走っている峠族も、そうそういるまいと思われた。

被災地認定が解除されていないその道路は、MFGプレートの試作車で突っ込んだ走りをするのには、法的に最適であった。


国道を制限速度で流して、目的地の入り口にさしかかる。

拓海がFDを停める。

黄色のプラチェーンを一度ずらし、X86-S6を通した後、チェーンを元の位置に移動してから啓介の助手席に座った。


シートベルトを締め、視線だけで啓介に発車を促す。

モードセレクトSPORT、アクセルを柔らかく踏みしめる。

改めて、視野の低さがえげつない。地べたを這うようだ。

FDより、さらに車高が低い。


最初は、パドルシフトを使わずギアは機械にお任せ。

ギアアップの速度が速くないが、アクセルも踏み込んでいないので自然。

その状態でも、エンジン音はロータリーサウンドほどでは無いが、官能的な、直6独特の美声で囁きかける。


中腹まで流した後、お待ちかねのSUPERモード、アクティベート!

背後でエアロパーツが持ち上がり、車高が下がる。

エンジンフードを取り囲むように白い光が走る。これが拓海が言っていた厨二病仕様か。啓介はむしろ嬉しい。

エンジン音が甲高く高まる。

これだよこれ、これがなくっちゃ!EVなんてのは、動けばいいと思っている人間が乗るもので、俺が乗るのはこういうクルマなんだよ!


アクセルに軽めに力をかける。

回転計が跳ね上がり、加速が背中を押す。

前輪モーターが力強く車を引っ張る。

ハーフアクセルでこれかよ、啓介は予想をさらに超える力に目をむく。この開度でも、ケンタのシルビアのフル加速と遜色ない。

啓介は、やや慎重になった。

SUPERモードは伊達じゃない!

俺ですら、初見では完全には扱えないと思っておいた方が良さそうだ!


確かに速い。

後ろから車を押すFRと、トルクフルに引っ張る前輪モーター、500馬力ほどと言う数字以上に、力強く感じる。

回頭性も上々。

だがハンドルに違和感を感じる。

ブレーキを残したつもりが、もうノーズが思った方向を向いている。

立ち上がりでリヤが思ったより出てしまう。ハンドリングが軽すぎて、車を制御しきれる、という当然のように持っていた自信が、数十年ぶりにゆらいだ。


油断したらヤバい!

啓介が車を運転してそう思ったのは、何十年ぶりだったか、記憶にない。

この車は、それだけの敬意を示すべき対象だった。


・・・と思ったところで、キンコン、キンコン、と澄んだチャイムが鳴りだす。

啓介は思わず失笑した。


なんだよ、これ?

子供のころ以来だぞ、これ聞いたの。

誰の悪戯だ?兄貴、こいつにノスタルジーを感じるほどトシじゃねえだろう・・・


この車を世に出そうとしている人間の中に、かなりの高齢者がいるかもしれない・・・そんな一瞬の思惟が頭の隅をよぎり、流れていく。


そんなことはどうでもいい、キンコンがちょっと煩いが、この車はおもしろい!


失笑が、程よく肩の力を抜いてくれた。集中力が戻ってくる。


前輪モーターのトルク配分もあいまって、回頭性はちょっと気持ち悪いほどスムースだ。

一流のコーナリングマシンであるFDより、客観的にはさらに滑らか、と言って良いだろう。

もっとも、今はまだ乗りこなせていないが。


FDのシンプルなハンドリング、純FRの余分な雑音が全くないハンドリングの方が彼自身は好きだ。

このハンドリングは、何と言うのか、軽すぎ、鋭すぎ、違和感を感じる。

超電導モーターを使っているという、その引っ張りの強さは、強い違和感と警戒心を掻き立てるが、同時に裏腹な期待感をも齎している。


確かに、今はまだ、俺は乗りこなせていない。

しかし、これはこれで悪くない。悪くないというか、内燃機関のネガを打ち消す、最上のスパイスだろう。

FDに馴染んだ啓介は気持ち悪さを感じるが、100人のうち97人は、ハンドリングの良さを激賞する出来だった。FDとの比較でなければ、啓介もそう思ったかもしれない。試作車とは言え、熟成はかなり進んでいると言えた。


この機械は速い。FDより、確実に速い。

だが、俺はこの機械に対して、FDほどの愛着を抱けるだろうか。FDほど信じて踏んで行けるだろうか・・・


アクセルを踏み込む。回転数を上げていくが、レッドゾーンには至らない。

後半、タイトなヘアピンが続くエリアに入っていた。アクセルを絞り、ブレーキを当て、忙しくパドルを操作して、コンパクトにヘアピンをクリアしていく。

初めてのコースなので速度はほどほどであるが、笑い出したくなるほどに良く曲がってくれる。

一連のヘアピンカーブを抜けると、比較的長い直線のむこうにプラチェーンが見えた。さらにその先、木立の間にホテルの屋上部が垣間見える。

アクセルから足を離し、自然減速して路肩に車を停める。

約20㎞のヒルクライムを、10数分の旅、であった。

イルミネーションが消え、エアロが翼を畳む。

ベンチレーターが静かに冷却を続けていた。


軽く流したつもりだったが、巡航速度はほぼ常に3桁、脇の下に汗が滲んでいた。

「MFGプレート」装着車は、指定された被災地以外での当該者使用は許されますが、事故が発生した場合には、適切な運転をしていたことについて、重い立証義務が課せられます。最低2基以上の車載カメラ+強制的・解除不能なログの組み合わせです。また、このプレートの申請自体、相当な信頼がある法人でない限り、相当に厳しいです。従い、このプレートで峠道を改造車で爆走、という輩は、現在ではまず発生しません。(当初の数例を、えげつないほどしっかり罰したため)

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