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第1章-4 違和感

エンジンが冷えていく、キン、キンという小さな金属音が快い。

啓介は一息ついて、緊張を体内から追い出した。

軽く流すつもりが、実際には結構な速度であった。踏んだ感触と実際の速度の食い違いが、精神をこわばらせていた。


ご感想はどうですか?拓海の問いに対し、啓介は自分の中の感覚を確かめるように、ゆっくり言葉を継いだ。

「うん・・・まず、速くて安定していて、いいクルマだ。

それは間違いない。

ただ・・・」


拓海はせかさず次の言葉を待つ。


「ただ、なんていうか、そうだな、気味が悪い、って感じだ。

怖い、って言ってもいいかもしれないな。

自分が乗れてない、コントロールで来てない、というか。

走っているというより、『走らせていただいております』って申し上げたくなる」


「うまい事いいますね。俺も最初そう思いました。

コントロール出来てはいるんですが、何か違う、みたいな」


「今はそうでは無い、と?」


「どうでしょうか・・・慣れては来た、とは言えます。

違和感は無くなっていないですが。

面白いのは、こいつが最近のクルマと比べて、特に介入が強い感じはしないことですね。なのに、変な違和感が残る。

俺は色々な車に乗ってきましたからまだ良かったですが、啓介さんの場合、かなり違和感あるでしょうね。

比較対象がFDだと、ある意味一番落差が大きい気がします」


「ああ・・・フロントのモーターをカットすると、随分違うとは思うが・・・」


「そうすると、確実に遅くなりますよね」


「そうなんだよな・・・速さには確実に効いている。

安定性にも、普通だったらすごく効果がある。

じゃ、俺は何を嫌がっているんだろう?」

啓介の言葉は、独り言になって消えていく。

彼自身が無意識に選んだ言葉の重みを忘れてはならないような気がした。

乗っているというより乗せられている、走っているというより、走らせられている、という、ブラックボックスを抱えているような気持ち悪さ。

それは、車と一体になり自分の体のように自在にFDを走らせてきた啓介だからこそ抱く違和感なのかもしれない。


拓海に頼み、啓介はフロントのモーターをカットして走らせてみた。

電子的な設定変更は容易だ。

試作車とはいえ、設定項目の多さが尋常ではない。涼介が絡んでいるのだから納得だが、その気になれば相当なセッティングが出来そうだった。

電動スーパーチャージャーは殺さずそのまま。エンジンが回って出力が上がる分には良しとする。


予想通り、速度は落ちる、ライン取りも、ある意味難しくなる。

しかし彼が馴染んできた操縦感覚とは、圧倒的にこちらが近い。


次に、フロントのモーターはオン、トルクベクタリングだけをカットしてみる。

前輪の駆動力はアクセルに比例して発生するが、左右の前輪で差は生じない。


「ふん、悪くない・・・悪くないが、あえて使える機能をオミットするというのも気に入らねえな。

なんか、負けてる感がする。

結局のところ、俺が慣れるのが、正しいのか・・・

おい、拓海、この車少しの間貸してくれないか?

もう少し走りこんでみたい」


「涼介さんに断ればできるかもしれませんが、いいんですか?会社」

閑話: 高橋啓介、最大の難敵

啓介の退社宣言を受けて、社員は一名を除いて動揺した。啓介の目が真剣であったこと、そういう冗談を言う啓介ではないことを皆理解していたからである。

唯一の例外、社長秘書のミユキさんは、にーっこりと笑った。

出た、魔女の微笑み!

啓介は内心ぎょっとする。

TKマッハコーポレーションの影の支配者、真の社長、全てを知る魔女、数々の異称を持つ年齢不詳の美女。

彼女が啓介より高校の一学年先輩だとは、社内でも知るものが少ない。

「社長、今日も冴えていらっしゃいますね。最高のジョークですわ。

さて、スケジュールの確認をさせていただきます。

9時、ドイツからの異文化相互理解実地研究生5人との懇談会、みな英語は上手なので通訳はつけておりません。10時から来客。MTエンヂニアリング坂井様。86-S6のアフターパーツについてご相談だそうです。その後、昼食は望月楼の個室をお取りしております。13時からは企画会議ですが、その後15時からは、横浜商工会議所の山田副理事がお越しになります。これは多分寄付金増額の話だと思いますので、しっかりガードしないとですね。時間を切りたかったので、15:45で他の予定を入れる方向で調整中です。16:30からは査定会議が・・・」

ギアの切り替えタイミング、緩急のつけ方、まったくもって隙がない。

啓介はたいていの人間を苦手としていないが、例外もあるのだった。

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