第4章-1 リース
「代表社員、ハートリースからの条件書が届きました。悪くないと思います」
企画部長の報告に、紳士は眉をわずかにひそめた。
「ハートリースより前に依頼した方は、まだかな?」
「はい、申し訳ありません。プッシュはしているのですが・・・」
困惑する企画部長に対し、紳士は表情を緩めた。
「君のせいではない、謝罪は無用だ。しかし、比較対象は必要だし、そもそも古巣系の会社に引き合いも出さない、ではお互い格好がつかない。いつ回答が得られるのか、回答を求めてください。競合先はもう提出されているからと言っていい」
「彼らとしては、競合の提案内容を把握してから回答したいのだとは思いますが・・・」
「その点は気にしなくていい。ビジネスライクにやるさ。あそこのトップの田中さんは、私に隔意を持っているはずだし・・・その顔だと、私と彼の因縁を知っているね?」
紳士のにこやかな言葉に、企画部長は体を強張らせた。表情に出していない自信はあったのだが、この人はサトリか? それは紳士が自動車会社の社長時代のこと、彼は役員数削減を断行した。企業の経営判断速度を速くするために、それは必要な施策であったが、役員に手が届くと思っていたところで梯子を外された者たちの気持ちは容易に想像できる。リース会社の社長は、それなかりせば、役員になってもおかしくない位置にはいたし、彼自身役員になると公言していた。彼の野望を打ち砕いた形となった紳士を恨んでいるとの評判は、複数のルートから聞いていた。企画部長の見るところ、それが無かったとしても、彼が役員になれたか、かなり微妙であったが。
「ああ、君の表情に出たわけでは無いよ。安心してくれていい。私が君だったら、情報収集していただろうなあと思っただけだ。後、一つアドバイスをすると、ハッタリも交渉術の一つだよ。外れたら一瞬違和感を持つかもしれないが流せば終わり、当たれば相手は勝手にいろいろ考えてくれる。どちらにしても大したネガは無く、当たった時には効果は大きい・・・ま、そんなことはどうでもいい。古巣の思惑について、君の推測を教えてほしい」
「はい。難しい案件であることは間違いありません。リースの対象になる車両の価値、肝心かなめのこれの設定がとても難しい。なんの前例もない、今となっては時代遅れと言われても仕方ない内燃機関車ですし・・・」
「ところが、その一方で、顧客の引き合いは強い。そうだね」
「はい。あのSNSの大盛り上がりぶり、熱量がすさまじいです。
その反面、彼らとしては、良い条件だと世間から利益相反を疑われ、かといって他社に持っていかれると立場がない、ということで非常にやりにくい筈です」
紳士は苦笑した。「その結果が、競合先のスリップストリームに潜り込む、と・・・常道だが、安直過ぎてちょっと褒められないな。覆面レーサーとまでは言わないが、サーマン・ジャーマンくらいの腕前は見せてほしいところだ」
企画部長は苦笑いした。紳士が、物柔らかな外見とは裏腹に、とんでもなくビジネスに厳しいことはよくわかっているが、あの二人と比べられても!覆面レーサーは神業級、サーマンにしてもあの高橋啓介を追い詰める腕前なのだ。TKエンヂニアリングのマスタードライバーとして招聘したいくらいのものだった。
「その点はともかく・・・当初の予想より、リース希望者の比率がかなり高いです。リースを選んでくれる顧客は、これからも、アップデートを受け続ける、転売の可能性が低い優良顧客になる集団です。比率が高いこと自体は、私たちの提案が顧客に受け入れられていることの証明で嬉しい限りなんですが、その分リース会社のリスクは大きくなります」
「リスクだけじゃなくてチャンスも大きいんだがね」と紳士は呟いた。
その判断が甘いから、彼はあの地位どまりなのだ。
「それにしても、リース希望がこうも多いと、自社でハンドルできる部分が多いほうが楽ではあるので、いっそのことうちで金融子会社を持つ手もあることはあるんですが・・・」
「そうだね。金融子会社を持つのは、当社の規模と信用力じゃ、ちょっと厳しいだろうな」
紳士はぼやくように言った。そういうことをやりたくなくてMTエンヂニアリングを設立したのに、金はどこまでも追いかけてくる。
結局のところ、彼が生きているのは資本主義社会なのだった。
「要するに、残価設定をどう見るかだけなんだよな。
ちょっと発想を変えてみる手もあるな。君が前言ってた、愛知県の自動BEV運転コンソーシアム、コンタクトしてみるか。BEVのリスクを薄める商品ということで、興味を持ってくれるかもしれない。それに、Yライセンスを想定し、うちが所有権を持ち、アップデートで顧客の資産価値を高めていく方法は、考えようによっては、彼らがやっていることと同じ、と言えなくもない。競合が増えたと聞いたら、田中さんも見積もり出してくれるかもしれないしな」
「拙案を採用いただき、ありがとうございます。提案書の下書きはできていますので、これからブラッシュアップし、明朝にはお目をお通しいただき、送付できるようにします」
「無理は駄目だよ。残業規制にひっかかるからね。できたら今期のうちに片をつけておきたかったが、このタイミングでは絶対に間に合わない。ゴールデンウイーク前狙いでリスケするさ」




