番外編④ 第13回TKMCカップ4 MFGタイヤ開発部門居室にて
「0号車のタイヤマネジメントはさすがね」
主任研究員は、思わず、というように呟いた。0号車は、高橋社長車のことである。
「はい、今日はいつもよりペースを上げていますが、それでも最後までペースを落とさずに保ちそうです」
部下が答える。
リアルタイムでドローンが収集し、レース場に置かれたサーバー経由で届く情報は、タイヤに埋め込まれたセンサのものだけではなく、車載ECUからの情報も含まれる。統合された情報は、タイヤの開発速度を大幅に促進するほか、AICEとも共有され、被災地における路面情報のビッグデータの一部となっている。
「1号車はどう?」 1号車が、サーマン・ジャーマン車。
「こちらも、さすが、の一言ですね。回転数を高く維持し、ドリフト主体の運転なんですが、うまく滑らせているのでタイヤの負荷が軽い。片桐カナタの運転データとも通じるものがあります」
「それは最大級の誉め言葉ね。MFGに出場したら、かなりいいとこ行くかもね。車次第だけど」
「当社がスポンサーについたら、出てくれませんかね?」
「一度、上が接触したそうよ。ノータイムで断られたそうだけど。軽トラレースに出るために日本に来たのであって、MFGは考えていないって。いいんじゃない?こっちのデータのほうが有用かもしれないし」
主任研究員はデータを忙しくチェックする傍ら、レースの状況にも目を配ることを忘れない。
逃げる高橋社長、追うサーマンのレースは、双方牽制しあいながら一歩も譲らず、4週目に突入していた。そろそろ動きがあるかもしれない。
ふと、彼女は思い出して聞いてみた。
「"V"のデータはどう、ずっと後ろを走っているけど」
"V"は言うまでもなくマッハ号。
「こちらは・・・ずっと、あまり変わりませんね。
回転数2,480回転あたりで安定、軽くアクセル。
ちょっと驚きなんですが、ブレーキは一度も踏んでいません。
回転数を落とさないように、できるだけ高いギアを使うようにして、むっちゃくちゃ繊細な運転です。
加減速はほぼゼロ、スリップストリーム最大活用、ドリフトしまくりで横にはGがかかっていますが、ある意味MFGタイヤを使う時のお手本みたいな運転です。消耗度も、軽トラ2台の半分以下です」
「そう・・・かといって、抜くのは無理でしょうね。スリップストリームのトンネルの中にいるから、辛うじてついて行けているだけで」
「というか、ついて行けているのがすごいです。
高橋社長もサーマンも、12,000回転くらい出てるんですよ? それが"V"ときたら、2,500回転縛り。同じレースを走っている車両とは思えないくらいです」
「あの覆面レーサー・・・一体何者なのかしら?
高橋社長と同等以上のドラテクをもっていることになるけど・・・そんな人間、そうはいないはず」
「覆面取った下にベッケンバウアーの顔があっても驚きませんね」
研究員たちの会話を尻目に、レースは最終ラップに入っていた。
緊迫したレースであるが、サーマン・ジャーマンは必ず何か仕掛けるはずである。"V"は様子見に徹し勝負に参加していない、と研究員たちは考えていた。
「たぶん、最終コーナーのちょっと前じゃないかしら?そこで仕掛け、抜いて、そのままゴールが1号車のベストシナリオ」
「ですね。高橋社長も当然それは警戒するでしょうから、簡単ではないでしょうが・・・
あっ、1号車、動きました!」
最終コーナーは右に曲がる。サーマン・ジャーマンはその一つ前、彼に有利な左コーナーで勝負を仕掛けた。
ギアダウン、レブリミットまでエンジンを回し、そして彼だけの必殺技、ドライバー荷重移動!
体重100㎏を超えるとみられている彼の巨体を大きく左に傾けることにより、コーナリングが有利になるのだ。
インサイドを締める1号車にアウトから被せ、優位を生かして並びかかる。その瞬間、1号車の速度は0号車に対して有意差があった。
コーナー出口で並ぶ、2台の直列6気筒軽トラ。
音だけ聞いていると名場面だが、目で見ると緊迫感が無い!
しかし、本人たちは真剣だ。
タイヤの限界を超え、2台が並走してドリフトをする。
激しいスキール音と、レブリミット一杯の直6サウンドが響き渡る。
わずか数㎝の間隙、ボディ同士が軽くかすめる。
勝つのは1号車か、それとも0号車か!
・・・と誰もがおもったその時。
最後尾からするっと出てきた"V"が、1号車のさらにインをつき、異様な脱出速度で、しかし静かに抜き去っていった。
回転数は2,499回転。
直後にゴールラインを通過。勝者は"V"であった。
研究室に静寂が落ちる。
正確には、0号車と1号車のエンジン音や、実況中継者の悲鳴にも似た声が聞こえてくるのであるが、研究者たちの耳を素通りしていた。彼らは一様に言葉を失っていた。
「・・・ちょっと!何、今の!インには車一台通せる隙間なんてなかったはず!
あの脱出速度も、スリップストリームがあったにしても、ありえない!」
数瞬の自失の後、主任研究員はひび割れた声で呟いた。
「インを通せた理由はわかりました。縁石を使っていますね。最後のおかしな脱出速度も、そのせいです」
「藤原拓海がゴッドハンド戦でやったあれってこと?無理よ、AE86ならまだしも、"V"には絶対無理」
「同じじゃないです。縁石をまたいだわけじゃありません。
ドローン3台の映像から大急ぎで立体モデルを作りました。精度は低いですが、何をやったかはわかります」
雑なワイヤフレームのCGがスクリーンに映写された。
短時間で処理したため、最近では見なくなった、黒い背景に緑色のワイヤフレームだけのCGだ。妙に新鮮に見える。
0号車・1号車を示す、背が高い直方体の箱ふたつがデッドヒートする後ろから、"V"を示す低い直方体が道路のほぼ中央で妙に高い脱出速度を得、ステアを右に切って加速、スリップストリームから解き放たれた矢のごとく、1号車のさらにインに突っ込む。
「ここです・・・
ほら、立方体が左にかしいでいるのがわかりますか?
縁石に乗りあげたんですよ、跨いだのではなく。
しかも、たぶん、縁石の角にタイヤをひっかけていますね。
そうでないと、最後の脱出速度が説明できません。
その前の道の真ん中あたりの加速は、たぶん、道路の荒れにタイヤを引っ掛けたのだと思います」
誰かが、そんな馬鹿な・・・と小さく呟き、その声は小さくなって消えた。
目の前で、実際に起こったことである。
おそらく、それ以外の説明はありえない。そうわかっていても、そんな馬鹿な、と言いたくなる気持ちが彼女にはわかる。人間技とは思えない高度な運転技術、しかも、ぶっつけ本番である。
「時速100kmで縁石に乗り上げて、その角にタイヤをひっかけるなんて、・・・
神業じゃない。
いったい誰なの、覆面レーサーって・・・」
主任研究員のつぶやきにこたえる研究員は、いなかった。
キーワードに、『ギャグ』を追加しました。
『シリアス』は・・・まだ残しています。看板に偽りありと非難されないよう、努力します。
・・・といいつつ、シューティングスター http://noboland.web.fc2.com/racerx.htm も登場させたいなあ、とか虎視眈々。社長さんが乗るなら、こっちだと思うんすよ、色的に。




