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数日後、警察の事情聴取室で全ての真相が明らかになった。重厚な机を挟んで座るグレイソンは、まるで魂の抜けた人形のように虚ろな表情を浮かべている。かつての傲慢な態度は影も形もなく、30年の重みが一気に彼の肩にのしかかっているようだった。


「…エリザベスのことが好きだった」


その告白は、まるで乾いた砂を噛むような掠れた声で語られた。彼は机の上で組んだ指を強く握りしめながら、30年前の記憶を辿っていく。


「最初は、単なる尊敬だった」グレイソンは目を伏せたまま続ける。「彼女の研究への情熱、その知性の輝き…若手の実験助手だった私は、完全に魅了されていた」


しかし、その純粋な憧れは次第に歪んでいった。日々の実験補助を通じて芽生えた淡い恋心は、彼女との距離が縮まることはないと悟るたびに、執着へと形を変えていった。やがてそれは、偏執的な想いとなり、彼の理性を蝕んでいった。


「私なら彼女の研究を理解できる…私だけが彼女の才能を正しく評価できるんだ」グレイソンの声が震え始める。「そう信じていた。だから、気持ちを伝えた」


だが、エリザベスの返答は明確な拒絶だった。彼女は研究者としての線引きを厳格に保ち、グレイソンの感情的な接近を完全に遮断した。その態度は、彼の歪んだ愛情を激しい憎悪へと変貌させることとなった。


「あの日、私は…」グレイソンの声が掠れる。事件当日の記憶が、今も生々しく蘇ってくるかのように。「実験室で作業をしていた彼女を見ていた。いつものように研究に没頭する姿。私のことなど、まるで眼中にないかのような…」


その瞬間、長年抑えてきた感情が爆発した。彼は背後から彼女に襲いかかり、取っ組み合いの末、エリザベスは実験台の角で頭を強く打った。そして、その場の混乱と焦りの中で、彼は最悪の選択をする。

「工事中の壁の向こう…」グレイソンの声は、もはや囁きのようだった。「改装工事で一時的に空いていた空間に…私は…」


ハドソン警部のペンが紙を走る音だけが、重苦しい取調室に響いていた。30年の時を経て、ようやく語られる真実。それは、エリザベスの命と引き換えに封印された、おぞましい告白だった。



ヘレナも事情聴取を受けることになった。彼女と俺たちの希望から事情聴取の場に同席させてもらう事を許可してもらった。


「私は最初から、姉の失踪を単なる失踪とは考えていませんでした」ヘレナは真珠のブローチを無意識に触りながら語り始めた。「あの手紙を受け取っていた以上、グレイソンの存在を疑わずにはいられなかった」


彼女は深く息を吐き、続ける。「ですが、証拠がない。そこで私は…学院に赴任する機会を得た時、これが最後のチャンスだと思ったのです」


「夜な夜な目撃された白衣の幽霊…」警部が静かに言葉を投げかける。


「ええ」彼女は小さく頷いた。「西棟の周辺を中心に、私は夜な夜な証拠を探し続けました。特に工事の痕跡が残る場所を重点的に」


その告白に、アレックスが思わず身を乗り出した。濃紺の瞳には科学者らしい探究心が宿っている。


「じゃあ、僕が見た白衣の幽霊も、ヘレナ先生だったんですね?」彼の声には安堵と好奇心が混ざり合っていた。「やっぱり科学的に説明のつく現象だったんだ」


しかし、ヘレナの表情が微かに曇る。「…いいえ」彼女はゆっくりと首を振った。「アレックス君が目撃したという日、私は確か自宅で過ごしていて学院には来ていませんが…」


一瞬、室内に重い沈黙が降りる。アレックスの表情から安堵の色が消え、代わりに困惑の色が浮かび上がった。警部もまた、手帳に何かをメモしながら、その眉間に深い皺を寄せている。


「最後のお話だけは、聞かなかったことにしましょう…」



数日後、私室の柔らかな午後の陽だまりの中で、俺は深い思考に沈んでいた。窓から差し込む陽光がレースのカーテンを透かして、部屋全体を優しく包み込んでいる。エミリオが淹れた紅茶の香りが、静かな空間に心地よく漂っていた。


「お嬢様」エミリオが給仕台の前で静かに告げる。「研究室に入れなくなってしまったことは残念でしたが…」


確かに、学院での失神事件と、過去視での極度の消耗を考慮して、父からの許可は白紙に戻されてしまった。執事としてのエミリオも、それには強く賛同していたようだ。


「…今回も、決して成果がなかったわけではありませんから」エミリオは慰めるように続ける。その声には、主を気遣う執事としての優しさが滲んでいた。


「あぁ、そうだな」


俺は紅茶に口をつけながら、ゆっくりと頷く。しかし、その思考は既に新たな謎へと向かっていた。事件は一見解決したように見えるが、いくつかの重要な疑問が依然として残されている。


「エリザベスの研究結果…」俺は紅茶のカップをゆっくりと受け皿に置きながら呟く。「グレイソンは、それに関して自分は一切触れていないと証言しているんだよな」


エミリオが黙って頷く。窓辺に立った彼の影が、午後の陽光に長く伸びていた。


「エリザベスの研究ノートは今も行方不明のまま…」俺は考え込むように続ける。「過去視の能力に関する彼女の研究成果は、まるで誰かによって意図的に消されたかのように姿を消している」


そして、もう一つの大きな違和感が俺の心を離れなかった。私室の窓際に立ちながら、俺は午後の陽光を浴びて静かに切り出した。


「ヘレナ先生から興味深い話を聞いたんだが…」紅茶の香りが漂う静かな空間で、俺の声が響く。「骨が見つかった場所、あの壁の前には、普段は大きな実験器具の棚が設置されていたそうだ。重たい棚で、簡単には動かせないような代物らしい」


エミリオは給仕台の前で立ち止まり、俺の言葉に耳を傾ける。


「その壁は普段から見えない状態だったはずなのに」俺は窓の外の学院の建物を見つめながら続ける。「なぜ、あの女子学生は遺体を発見できた?まるで、そこに何かがあると知っていたかのように」

その問いかけに、エミリオの整った眉が僅かに寄った。彼の黒燕尾服が、午後の陽光に照らされて艶やかな影を作っている。


「…つまり、どういうことでしょうか?」エミリオの声には、明らかな緊張が滲んでいた。


「わからん」俺は慎重に言葉を選ぶ。レースのカーテンが風に揺れ、その影が床に踊るような模様を描く。「だが、一つの可能性として考えられるのは…エリザベスの殺害と、彼女の研究データの消失。この二つは、別々の人物の仕業だった可能性がある」


窓から差し込む午後の陽光が徐々に傾き始め、その推理に不気味な影を落としているかのようだった。部屋の空気が、まるで新たな謎の予感に震えているように感じられる。エミリオの表情からは、冷静さが僅かに崩れ、代わりに深い思索の色が浮かんでいた。


この事件は、まだ終わっていない。むしろ、より深い闇の入り口に立っているのかもしれない――そんな予感が、静かな私室の空気を満たしていた。


*


学院の正門から一人の女子学生が姿を見せた。白色の制服が夕陽に照らされて淡い橙色に染まり、石畳の上に長い影を引きずっている。骨を最初に発見したという彼女は、優雅な立ち居振る舞いで歩を進めていた。


だが、その表情には、遺体を発見した時の取り乱した様子は微塵も窺えない。発見時の悲鳴と涙は、まるでよく練習された演技のように思えてくる。整った横顔には、むしろ何かを成し遂げた者特有の満足感すら漂っているようだった。


銀色の髪飾りが夕陽に煌めき、その光は彼女の目元に不気味な影を落としている。時折、誰もいない方向に視線を向けては、密やかな微笑みを浮かべる仕草には、何か底知れない闇が潜んでいるかのようだった。


彼女は学院の正門を潜り抜け、夕暮れの街へと消えていく。白色の制服の裾が、まるで影法師のように揺れながら。その後ろ姿には、まだ誰も知らない真実の重みが、確かに感じられた。


人気のない石畳の通りに、少女の足音だけが静かに響いていく。長く伸びた影は、これから始まる新たな謎の予兆のように、どこまでも伸び続けていた。


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