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バーンズ警部補は、書斎の隣にある小さな応接間を提供してくれた。深紅のビロードのカーテンが優雅に揺れ、アンティークの家具が並ぶ空間に、次第に夕暮れの影が忍び寄っていく。壁には歴代当主の肖像画が並び、その視線は今も変わらず部屋を見下ろしているようだった。


「では、まずはウィリアムからお願いします」バーンズは面倒くさそうに言った。


執事のウィリアムは70代の物腰の柔らかな紳士で、館の運営について詳しく語ってくれた。続いて年配のメイドのメアリー、キッチンメイドのサラ、そして庭師のジェームズと、屋敷で働く人々の話に耳を傾けていく…が実際のところそれが主目的ではない。犯人を探すだけならば彼らの私物に少し触れるだけで構わないのだから。


夕暮れが深まり、応接間の窓から差し込む光が赤く染まり始める頃。最後の証言者が部屋を後にした後、エミリオが耳打ちするように尋ねてきた。その声は、誰にも聞かれないよう慎重に抑えられている。


「いかがでしたか、お嬢様」


「犯人は分かった」俺はひらひらと手を掲げながら、同じように小声で答える。夕陽に照らされた庭園では、噴水の水しぶきが夕空に輝いていた。「ティアラの隠し場所もな。…だが、まだ捕まえるには早い」


「そ…れは何故でしょう?」エミリオの声には、僅かな動揺が混じっていた。俺の発言の意図が掴めない戸惑いが覗く。


「言っただろう。この犯人、妙なことに逃げていないんだって」俺は夕陽に染まる庭園を見つめながら続ける。バラの花々が夕暮れに深い紅色を帯び、木々の影が次第に長く伸びていく。「まだ屋敷に滞在している理由が知りたい。きっとそれは今回の犯行の動機にも関わってくるんじゃないかと思ってる」


「では…この後はどのようにいたしましょう?」エミリオの声には、探偵としての主の判断を尊重するつもりながらも、令嬢の身を案じる執事としての懸念が滲んでいた。


俺はしばらく考え込むような素振りを見せた後、突然思いついたように切り出した。


「エミリオ、君は高い所は平気か?」


その問いかけに、エミリオの整った眉が僅かに寄る。何か面倒な計画が始まろうとしているのを、彼は直感的に悟ったようだった。



(探偵のお嬢さんの事情聴取とは想定外だったな…)


廊下の影に身を潜めながら、私は緊張した面持ちで様子を窺っていた。夕暮れの光が窓から差し込み、古い館特有の長い影を床に落としている。木の床が軋む音と、遠くで鳴る時計の音だけが静寂を破っていた。


その時、令嬢探偵の澄んだ声が響き渡る。


「警部補、ティアラの隠し場所がわかりましたわ」


その一言に、私は思わず息を呑んだ。背筋が凍りつくような感覚が全身を駆け巡る。まさか…。あの場所を、どうやって特定したというのか?


少女は警部補の耳元で何かを囁いている。その仕草には、事件の真相を完全に掴んでいる者特有の優雅な余裕が滲んでいた。「この場所では…」という言葉を残し、彼女は執事を従えて別室へと姿を消していく。


足は自然と動き出し、館の奥深くへと向かっていく。壁に掛けられた肖像画の視線が、まるで私の焦燥を見透かすように感じられる。


ようやく目的の場所に辿り着く。震える手を伸ばしてみると…ある。まだそこにある。そこには、月明かりに照らされて深い緑色のエメラルドが輝いていた。白金の細工が月光を反射し、幽かな光を放っている。私は深いため息をつき、一瞬の安堵に身を委ねた。


「やはり貴女だったわね」


突如として背後から響く声に、全身が石になったように固まる。ゆっくりと振り返ると、そこには令嬢探偵が立っていた。その後ろには警部補と数人の警官たち。廊下の灯りが、彼らの緊張した表情を浮かび上がらせている。


対照的に少女は、勝利を確信した微笑みを浮かべていた。


「まさか…」バーンズ警部補が息を呑む。警部補の視線の先には、老メイドのメアリーが手に持ったティアラを震わせながら立ちすくんでいた。



「わ…私はティアラが落ちているのを見て…」「それは違います」老婆が声を震わせながら発言するのを一蹴する「つい先ほど、私の執事がシャンデリアの陰に隠されていたのを確認しています」


「シャ…シャンデリア!?」「えぇ、煌びやかなシャンデリアに紛れてティアラが固定されていましたわ」


バーンズ警部補が周囲を見回す。「し…しかし高さ3メートルはある場所にティアラを隠すなんて、この老婆が?いくら脚立があっても無理だろう!」


「ええ、その通りです」俺は微笑む。「もし、本当に老婆なら、ね」


その言葉に、メアリーの表情が変わる。年老いた顔に浮かんだ緊張が、諦めの色に変わっていく。


「まったく…見事なものだね」彼女は今までの震える声とは打って変わり、艶のある若々しい声で言った。その手が顔に伸び、巧妙に作られた特殊メイクを剥がし始める。


「これは…!」バーンズ警部補が絶句する。


彼の声を無視して彼女はべりべりと顔を剥ぎ取る。まるで古い壁紙を剥がすように、老婆の顔が剥がれていく。


やがてその下から現れたのは、20代半ばの整った美貌。曲がっていたはずの背筋は真っ直ぐに伸び、まるで舞台の上のスターのような佇まいに変わる。


「一体どこでバレてしまったのかな、可愛いお嬢さん?」甘く響く声音で問いかける。


「企業秘密ですわ」俺は淑女らしく微笑んだ。「なにせ私は探偵なのですから。商売のタネはあまり明かしたくはないのです。貴女もそうでなくって?」


「ふふ、その通りだね」彼女は颯爽と肩をすくめる。その仕草には、舞台さながらの優雅さが漂っていた。「でも、不思議だね。ティアラの居場所がわかっていたのに、なぜ私を泳がせていたんだい?」艶のある声に、かすかな笑みを浮かべる。


俺はそれに怯むことなく返答する。「それは貴女に聞きたいことがあったから。なぜ貴女は盗んでおきながら、まだ屋敷に残っているのかしら?」


周囲を見回しつつ、俺は話を続ける。「まぁそれは警察署で聞かせれ貰えれば十分なのですけれど」


俺の言葉に彼女はじりじりと近寄る警察官たちを一瞥し、しかし余裕綽々の表情で答える。


「私が屋敷に滞在していた理由…それは、知りたいことがあったから。だが今となってはもう不可能のようだ。そうだ、君ならこの謎解き明かしてくれるかな?可愛い探偵さん」


そう言いながら、彼女は手に持っていたティアラを優雅に投げ渡してきた。無数のエメラルドが空中で煌めく。俺は反射的にそれを受け止めた。


その瞬間、指先から過去の映像が鮮明に浮かび上がる。


「!」俺は思わず息を呑んだ。「今のは…」


「逮捕だ!」バーンズ警部補の声が響き渡る。「囲め!逃がすな!」


だが彼女は、すでに何かを取り出していた。「ごめんなさいね、捕まるつもりは無いのよ」


彼女の手から床に投げられた小さな球体が、白い煙を放ち始める。瞬く間に広間は霧に包まれた。


「お嬢様!」エミリオが俺の前に立ち、庇うように腕を広げる。煙が晴れていくと、そこには泥棒の姿はなく、ただ開け放たれた窓から夜風が吹き込んでいるだけだった。カーテンが風に揺れ、まるで彼女の最後の挨拶のように踊っている。


「まだ遠くには行っていないはずだ!」バーンズが怒鳴る。「総員で屋敷を包囲しろ!出口は全て封鎖だ!」


警官たちが慌ただしく動き出す中、俺は受け取ったティアラを月明かりに翳してじっくりと見つめていた。クリスタルのように輝くエメラルドの数々が、過去の記憶を映し出す鏡のように光を放っている。過去視で見た映像が次々と脳裏を駆け巡る。


このティアラに秘められた意味。そして彼女があえて最後にこれを手渡した理由。全てが一つの答えに結びついていく。


「なるほどなぁ…これを知りたかったのか」


俺の呟きに、エミリオが一歩近づいてきた。「お嬢様…いかがされましたか…?まさかあの泥棒が何か…」


「大丈夫だ。彼女は最初から俺たちを傷つけるつもりはなかったんだろう」


白い煙が完全に晴れた広間には、もはや何の危険の気配も残っていない。開け放たれた窓から吹き込む夜風が、カーテンを静かに揺らしている。


「お嬢様、ティアラは早速卿にお返ししましょう」エミリオが促す。その声には執事としての責務を全うしようとする堅さがあった。



毎日12時更新予定です。

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