〜第二章〜 舞台の幕開け、地獄からの使者
リリアンがアレクシスの養女に迎えられてから、早十年の月日が流れた。
出逢った当時、二十一歳だったアレクシスは三十を超え、リリアンはというと――。
「リリアンお嬢さまも、今日で御年十七歳になられますのね。初めて旦那さまがお連れした夜が、まるで昨日のことのように思えますわ」
ハンカチーフで目元を抑えるアニーに、リリアンは貴婦人がうっとりするような微笑みを返した。
「私もだよ、アニー。今も君と色褪せない日々を送れていることを、神に感謝しなければね」
「そして、こんなにも美しく凛々しくご成長なされて……! このアニー、感激の極みにございます! げほつ、ごほつ、……く、尊い……っ」
「大丈夫、アニー? あと、最後の方ちょっと聞き取れなかったんだけど……」
メイドの背をさすっていると、ポン、と頭に優しく手を置かれた。
「こーら、朝からうちのメイドを口説かない。今夜は君の誕生会があるんだ。主役の君が今のうちにしっかりからだを休めて、夜に備えなきゃ駄目だよ?」
アレク、とリリアンはその手を掴んで顔を上げる。
「私に誕生日をくれて、ありがとう」
「それ、毎年言うね」
大袈裟だなぁと肩をすくめるアレクには、きっと解らないだろう。
生まれた日も解らず、歳もはっきりしない己に、「じゃあ出逢った日にしよう」と言ってくれた。そして歳も、「せっかくだから幸運な数字がいいね!」と七歳に決めたのだ。前者はともかく、後者はまだ子どもだからよかったものの、行き当たりばったりが過ぎる。
だけど――娘としての立場、誕生日、年齢と、たくさんの肩書きを貰うにつれて、自分も人間でいいのだと、ようやく地に足が着いたのだ。おかげで、元は孤児だと社交界で陰口を叩かれても、胸を張っていられる。
私は、リリアン・ホーマン。男爵、アレクシス・ホーマンの娘だと。
さて、実際のところ、リリアンをよく思わないのは同世代の男たちばかりなのだが、彼女自身はその事実を知らない。自分の婚約者候補たちが、軒並みリリアンに傾倒しているのだから。
成長してますます磨きがかかった美貌に、背で揺れるのは頭上でひとつにまとめられた漆黒の髪。そして何と言っても、彼女を彼女たらしめるのはその装いだ。
リリアンはコルセットやドレスといった、とにかく動きづらい服装を苦手とした。「いざという時に身動きが取れなくなるから」とシンプルを好んだ結果、行き着いたのは白のシャツに白のジャケット、そして白の長ズボンを黒いふくらはぎまであるブーツの中に収めるスタイルだった。唯一の装飾といえば銀色のカフスとボタン、そして上着の襟元に施された刺繍くらいである。
昨今の男性貴族の装いとしても地味な方なのだが、生まれつきの艶やかな黒髪、そして何よりその瞳の深い青――星空の色が、より鮮明に彼女の魅力を浮かび上がらせていた。
飾らない性格に凛々しい顔つき、洗練された佇まい。
成長するにつれ、そんな彼女に魅了されていく令嬢が後を絶たず、去年行われたデビュタントでは、異例の「男装令嬢」として参加して多くの令嬢の心を撃ち落とした。
ちなみにパートナーはアレクシスであったが、本来ならば未来の花婿を探すパーティーでありながら、「リリアンに悪い虫がつくくらいならば!」と、彼は簡単に男装を許容していた。凄まじい親ばかである。もともとアレクシスも端正な顔つきと上品な雰囲気で女性から人気があり、その夜は二人そろって令嬢や貴婦人たちにもみくちゃにされたのは、想像に難くないだろう。
もちろん、この現状を快く思わない貴族――主には独身の男性貴族たちもいる。
だが、男爵という低い地位にありながら、血統だけは王族に並ぶホーマン家に今更喧嘩を売るわけにもいかず、彼らは遠くから歯噛みすることしかできなかった。
リリアンが男装をするようになったのは、かつて彼に立てた「騎士の誓い」に起因していた。
誓いを立ててからの彼女の行動は早かった。スラムで育った自分にはまず知識と教養が必要だと、家庭教師をつけてほしいとアレクシスに頭を下げたのだ。
しかし本来、優秀な家庭教師とは上級貴族にしか仕えない存在である。それでもアレクシスはあらゆる伝手を頼り、信頼の置ける貴婦人をすぐに手配してくれた。
あとからその大変さを知ったリリアンは、我が儘を言ったことを深く謝罪した。なぜなら、アレクシスは他家との交流を極端に嫌い、誰に対しても「借り」を作らない性格だと知っていたからだ。
それなのに、彼は笑っていた。
「娘の最初のおねだりなんだから、必ず叶えようと思ったんだ。だから、まったく苦じゃなかったよ」
そう言って軽やかに笑う彼を前に、リリアンが咄嗟に俯き、少しだけ涙ぐんでしまったのは今でも秘密である。
こうして優秀な家庭教師の元でありとあらゆる知識を貪り、教養を身につけ、さらにアレクシスから剣を習った。そうして彼女は、自ら誓った通りの「騎士」へと立派に成長を遂げたのだった。
「じゃあ、僕は宮廷に行ってくるね。誕生会が始まる前には必ず帰ってくるから」
「確か、司祭長に呼ばれているんだったな。きっと大事な用事に違いない。もし遅れることがあっても、私よりそっちを優先してくれ」
「リリーより大事な用事なんて、世界中どこを探してもないよ」
「アレク!」
名前だけで咎めても、へらりと笑うばかりのアレクシスにリリアンは呆れる。
彼がこれから相まみえるのはフランス王室司祭長、つまり宮廷内における最高位の聖職者だ。だというのに、今の彼からは欠片の緊張感も見当たらない。
(まぁ、仕方もないか。アレクは無神論者だから……)
もちろん、表面上は熱心なカトリック信者を装っているようだが。
彼から直接そう聞いたわけではない。ただ、十年の付き合いの中で見つけた違和感が、その結論へと結びついたのだ。彼は好きな人間の名前はよく口にするが、嫌いな人間には関心すら抱こうとしない。それは人間以外にも当てはまり、ここ十年、リリアンは彼の口から「神」や「主」といった言葉を一度も聞いたことがなかった。
けれど、それも致し方ないことだと思う。
以前、こっそり彼の過去を調べたことがある。両親も兄弟もいない我が家が、不思議でならなかったからだ。
結果として、自分たち母娘をスラムへと追いやった、あの凄惨な内紛が関係していたのだと知った。
まさか、自分以外の家族全員を殺されていたなんて。――それでは、神を信じられなくなったとしても無理はない。
真実を知ったとき、リリアンは誰にもそのことを告げず、ただ、改めて昔の誓いを胸の内で確かめた。
誰からであろうと、絶対に護る。
それが人であれ、聖職者であれ――神であっても。
よくアレクシスに「自分を優先しろ」と咎めるリリアンだが、彼女自身もまた、何よりもアレクシスを最優先していることに自覚がない。
血の繋がりなどなくとも、結局のところ、二人は実によく似た親子なのであった。
「くれぐれも、気をつけてくれよ?」
「ふふ、宮廷で気をつけることがあったら逆に大変だ」
「ごめん、今の発言は迂闊だった。アレクが不敬を働くみたいなこと――」
「いや違うよ。単に武装していけないから、敵に回したら厄介だなって話」
「回すなよ!? 絶対に!」
「努力はするよ」
「神に誓え……!」
言って、ハッとする。
彼が無神論者だと知っているというのに、つい口から出てしまった。
「いや……努力してくれるのなら、それで」
「じゃあ、リリーに誓おうかな」
――ああ、この人は知っている。
私が、アレクが神を信じていないことに気づいているのを、すべて知っているのだ。そういう目で、私を見つめていた。
「リリーに誓って、必ず帰ってくるよ」
だから安心してね、と。
そうしてアレクシスは城へと向かった。
この時はまだ、彼の帰還を信じて疑わなかったのだ。
――まだ。
(何も、今日でなくてもいいだろうに)
宮廷に向かう馬車の中、アレクシスの胸の中は不満でいっぱいだった。愛する娘の誕生日だというのに。
しかも、自分を呼びつけたのは司祭長である。神や聖職者の類を一切信じていないアレクシスは、王室最高位の司祭長とはいえ、会うこと自体が億劫だった。それでも命令通りに城へ赴いているのは、ひとえに我らが王と、この国のためである。
(それに最近、教会がきな臭いんだよな……)
昔と違い、大きな内紛が起こっていないにせよ、いまだ復興の最中であるパリの街は貧しさが目立つ。だというのに未だに上級貴族たちの贅沢は止まず、教会の神父たちの身なりも綺麗なものだった。貴族はともかく、彼ら聖職者こそ、飢える市民のために質素倹約する場面なのではないか。
(そもそも、どこからあんな資金を確保しているんだ?)
基本、彼らの収入は現物支給だ。売ったところで大した金にはならないだろう。民からの布施も、そこまでの額であるはずがない。
となると、残る答えは――。
(……国庫、か)
アレクシスが宮廷礼拝堂に着くと、備え付けられている控室へと案内された。
案内人の足音が遠ざかり、狭い室内で司祭長と二人きりになると、挨拶もそこそこにさっそく本題へと入る。
「よく来てくれたね、アレクシス。貴殿に大事な相談があるんだ」
「王室司祭長直々の命とあらば、来ないわけにはいかないでしょう」
(――努力しろ!)
頭の中のリリアンが、怒ったように吠えた気がした。
「どのみち私もお尋ねしたいことがありましたし、お気になさらずに。お互い、堅苦しい挨拶はなしにいきましょう。それと、早めに帰していただけますか? 今夜は愛娘の大事な誕生会が控えているもので」
(だから、努力!!)
脳内のリリアンが再び吠える。ごめんごめん、不敬罪にならない程度にはがんばるから許して、と想像上の娘に謝る。
幸いにも、司祭長は懐が深かった。アレクシスの慇懃無礼な態度も、ただ笑って済ませた。
「噂通りの溺愛っぷりだな」
しかし、と司祭長は言葉を続ける。
「早めに帰れるかどうかは、貴殿の返答次第によるがね」
アレクシスの柳眉が不快げに寄った。
「……それで、ご相談とは?」
「貴殿は、天使をどう考える?」
「神に忠実なる部下です」
「では、悪魔は?」
「神に逆らいし、絶対の悪です」
完璧な答えのはずだった。
カトリックにおいて、神・御子・聖霊以外を崇拝するのは異端とされる。天使は神に最も近い存在だが、それゆえに信仰の対象にすることは禁止されていた。神を頂点とする教会にとって、その部下である天使を崇拝されては教会の威厳が損なわれるからだ。
それが解らない司祭長ではないはずなのに、なぜそんなことを訊く。
(……何かあるな)
こうなれば、ボロをひとつも出すわけにはいかない。愛する家族の顔が浮かぶ。何が起こっても、必ず護り、乗り越えてみせる。
決意を新たにするアレクシスに、司祭長は顔色ひとつ変えずに言った。
「その若さで、実に賢い男だ」
「もう三十を超えた男ですよ」
「それでも若いさ。――見た目もね」
司祭長はからかうように言うと、濁った瞳をすっと細めた。
「神は、信じているな?」
「それはもちろん。聖なる御前で誓いましょう。私は、天におられる主と、その御言葉を伝える教会、そして我が祖国に対してのみ――この忠誠を捧げております」
「ほぉら、賢い」
は? アレクシスは一瞬固まったが、すぐに取り繕って不快そうな表情を浮かべた。
「私が神を信じていないかのような物言いは、さすがに失礼ではございませんか?」
「実際に信じておらんだろう」
「何を根拠に」
司祭長が、すっと一枚の紙を寄越してきた。製紙工場の誕生によって大量生産され、羊皮紙より安価に出回るようになったその紙を手に取り、目を通したアレクシスは大きく目を見開いた。
「貴殿がこれまでに重ねてきた、改宗の回数の記録だ。ここまであちこちに尻尾を振っておいて、よく『神を信じている』と言えたものだな」
「……私を異端審問に掛けるために呼び出したのですか?」
さて、どうするか。開き直ったアレクシスは、ここからどう切り抜けるか瞬時に計算を始める。
この男を力で組み伏せるのは簡単だ。そこから急いで屋敷に戻り、家族たちを連れて亡命するのもいい。だが、それでは彼らに苦労をかけないために重ねてきた度重なる改宗が、すべて無駄になってしまう。
(となれば、残る手は――)
こちらも、相手の弱みを握るまで。
「その前に、私もお尋ねしたいことがあります」
「待ちなさい。それに安心なさい。今すぐ貴殿を異端審問に掛けるわけじゃあないさ。だが、まずは話を聞こうか」
「……そのお心の理由も気になるところですが。では、不躾で申し訳ありませんが――いま、この国はどれほどの借金を抱えておられるのです?」
「そうだな、確かに宮廷仕えのわしならその事情には明るい。この国の借金か。……一言で言うなら、『た~くさん』だ。それが何か?」
司祭長は、面白がるように、そしてアレクシスを試すように、歪んだ笑みを浮かべて答えた。
「その割には、街の教会が異様に潤っているように思えまして」
「ふむ。もしや国庫から横領している、とでも思ったか?」
「違うのですか」
「ふはっ! 肝っ玉の据わった小僧め。不敬罪に当たるぞ」
「すでに命は懸けておりますゆえ」
アレクシスの清々しいほどまでの開き直りっぷりに、司祭長は声を上げて笑った。
「はっはっは! やはり貴殿を呼んで間違いなかった」
司祭長は、次に高級紙とされる羊皮紙をアレクシスに投げ寄せてきた。
「それをどう思う?」
紐に巻かれている羊皮紙を手にしたアレクシスは、その紐を怪訝そうに解き、そこに書かれていた文字に目を通した。
――そこに記されていたのは、生贄を用いた不気味な「天使召喚」の手順であった。
「……気分が悪いですね。贄にするのは十三体の死体でしょう? 数字がまず不吉ですし、天使を召喚? 悪魔の間違いでは? そもそも、天使崇拝は禁じられているはずでしょう」
「人は、禁じられているものほど魅力を覚えるものだ」
「……これは何なのです? 貴方の落書き、とは言わせませんよ」
嫌な予感が、背筋を駆け上がっていた。
「ふはっ、確かに落書きだな。だがわしではない。――貴殿のだ」
アレクシスは大きく息を吸って、長く、細く吐いた。
ここで取り乱しても相手の思う壺だ。
「ここで激高しないとはな。やはり貴殿は賢い男よ」
「意味がありませんので」
それよりも、とアレクシスは鋭い視線を司祭長に投げる。もはや無礼などという問題ではない。相手は「敵」だ。そう、完全に判断した。
「なるほど。ここに記されている儀式の参加費用……もし貴族たちが嵌まっているのなら、そこから膨大な金が生まれるでしょうね。――故意に広めたな? そしてお前たち教会側は、これを知っていて見逃している」
「そう憤るな。ただ私腹を肥やす貴族と一緒にするでない。それにわしらは、肥えた貴族からのお布施を受け取っているだけで、儀式に関与してはおらん。そしてその金銭は、すべて国の為に使っておる」
「見逃している時点で、関与しているのも同然だろ! 何が国の為だ、実際に犠牲者が出ているんだぞ!」
「これは手厳しいな。だが、どんなに汚れた金でも金だ。貴殿もこの国の借金を憂いていただろう?」
「だからといって、やり方が汚すぎる! 信者が広がれば争いの火種になる。またあの内紛が起きるぞ!」
「そこは心配いらんよ。主催者は教会の手の内の者。参加した者は、その場で捕らえておる。貴殿すら知らなかったくらいだ。この儀式はこの通り広まってはおらぬし、これからも広まらせるような真似はさせぬよ。――この国では、な」
「金だけ取って、用済みとなったら切り捨てる……最悪だな。吐き気がする。……『この国では』だって?」
アレクシスは手元の羊皮紙をバッと見つめる。
額に浮かんだ汗が、頬を伝って冷たく落ちるのが分かった。
これ以上の最悪はもうない、そう思っていたのに。
「……まさか、この国に留まらず……」
「本当に賢い。わしの右腕にならんか? いや、貴殿は舞台に立たせるには惜しい男だ、残念だよ。そう、その方が考えた通り――国外にも流しておる。もちろん、文字は各国のものを使ってな」
アレクシスは、わなわなと全身を震わせた。
解ってしまった。
「内紛を誘発するつもりか!」
「その通り!」
「近隣諸国を、昔のパリのように衰えさせるために……!」
「そう!」
満点の優等生に拍手を送るように、司祭長は楽しげに手を打ち鳴らした。
「知っての通り、この国はまだまだ復興の最中にある。その隙に、いつ他国に攻め入られるともしれん。そこで、国に忠実な我々にできることを何かと考えたのだよ」
主語が『我々』ということは、どうやら司祭長一人の独断ではないらしい。
「……王は、このことをご存じなのか?」
「まさかまさか。これから起きる惨状は、あくまで『国を護ろうとした忠実な貴族』が独断でしでかした不祥事。我々は同じく国の未来を憂う者として、心を痛めながらその大罪人を捕らえる役回りにすぎん」
ここまで聞けば、馬鹿でも理解できる。
自分は――その「大罪人の貴族役」に抜擢されたのだ。
「これから何百人もの犠牲者を出す大役が、自分に務まるとも思えませんがね」
皮肉を交えて言いながら、脳裏に愛しい家族の姿を思い浮かべる。
――リリー、クレマン、アニー……。
「そう謙遜するな。貴殿は王の信頼も厚く、忠実であることでも有名だ。何よりも、その優秀な血統。貴殿ならば、その悲惨な過去さえも市民の同情を誘い、すべての計画を納得させる生贄となるだろう。どうだ? 貴殿ほど、この配役に似合う男もおらん」
(ごめん)
「はは……とてもありがた迷惑、甚だしいですね。お礼を考えるのも大変です」
(――約束、守れそうにないかもしれない)
心の中でもう一度、大切な娘に向かってごめんと謝る。
「なに。礼など貴殿の身ひとつで構わんさ」
司祭長が手元の鐘をチリンと鳴らした。
それが合図だったのだろう。いつの間にか扉の外に控えていた複数の衛兵たちが、同時になだれ込んできた。
――ここで司祭長を力ずくで組み伏せるという最後の案は、完全に潰えた。
狭い控室から、礼拝堂の広大な空間へと引きずり出される。
その最中、アレクシスは礼拝堂の正面に掲げられたイエス・キリスト像――その頭上を見据えて、喉がちぎれんばかりに叫んだ。
「主よ――!!」
司祭長は、この期に及んでようやく神に縋る気になったのかと笑いそうになった。
「そして、貴様ぁっ!!」
次いで、自分を射殺さんばかりの凄まじい眼光で睨みつけてくるアレクシスに、司祭長の笑顔が引きつる。
「もし僕の家族に何かしてみろ! 万が一のことがあってみろ!! 貴様も、神も、まとめてこの手で斬り捨ててやる!! たとえ死んでも、腕一本だけになってでも、その頭上に剣を振りかぶってやる!!!!」
もう、司祭長は笑えなかった。
正面から浴びせられた本気の殺意に、全身の背筋が凍りつく。
「は、早く牢へ連れていけ! 神をも恐れぬ大罪人として……!」
「アレク……?」
読書に耽っていたリリアンが、ふと顔を上げた。今、確かにアレクシスの声が聞こえた気がしたのだ。
窓の外を見やる。いつの間にか空を覆い尽くしていた暗雲に、胸の逸りが止まらない。
(必ず帰ってくると言った。彼は、そう約束してくれた)
だのに、心臓を直接掴まれているような胸騒ぎに耐えかね、リリアンは本を閉じると、両手を合わせて祈りの形を作った。
(神よ。……どうか無事に、彼が帰ってきますように)
――そんな少女の切実な祈りも虚しく、すでにアレクシスは暗い地下牢に、囚われの身となっていた。
その残酷な事実を、後日、彼女は思いもよらない最悪な形で知ることとなる――。
一方、この地上の悲劇を、面白おかしく盗み見している者がいた。
場所は――地獄の最下層。
「面白い人間もいたものだな」
地獄の王、ルシファーは、退屈しのぎに覗いた地上で、たまたまアレクシスの一件を目撃していた。
地獄で果てしない暇を持て余している彼は、たまにこうして人間界を覗いては、矮小な人間たちが堕落していく様子を眺めたり、時には部下を使って破滅へ導くのを趣味としていた。そんな気まぐれな時間に、偶然目に留まったのがアレクシスだったのだ。
家族のためになら、神にすら弓を引くという人間が存在すること。
それはルシファーにとって、予想外であり、新鮮であり、何よりも痛快であった。なぜなら己もかつて、神に逆らって天界から追放された身であったからだ。
彼は何かをふと思いついたように口元を歪めると、天使の調停者であった頃の名残――十二枚の巨大な黒き翼を、バサリと大きく広げた。
「アスタロト」
執務机に向かって黙々と書類仕事をこなしていた悪魔アスタロトは、突然背後に現れた友人の気配に、深くげんなりとした。
この地獄の王が、かつて『明けの明星』と呼ばれていた頃のままの、光り輝くような美貌を惜しげもなく晒して極上の笑みを浮かべるときは、たいてい碌なことがない。やれ暇つぶしに付き合えだの、人間界へ遊びに行こうだの、さんざん周囲を振り回してくるのだ。正確には人ではなく悪魔であるが。
そんな彼の我が儘に付き合って、過去最大に大変だったのが、あの『天界での大戦』である。
あの時、ルシファーは決して笑ってなどいなかった。ただ真摯に、ともに戦ってくれと乞われ、仕方なく「是」と答えてしまったくらいには、自分もこの王を甘やかしている自覚がある。
おかげで負け戦となり、ともに天界を追放され、ここ地獄が終の住処となってから、もう数えるのも億劫なほどの長い年月が流れた。
世間からは、堕天使、あるいは悪魔などという肩書きで呼ばれるようになって久しい。
「ルシファー……なんの用です? 人間界には遊びに行きませんよ。あなたと違ってわたくしは忙しいんです」
「まぁ話だけでも聞け。さっき見た人間界で面白いことがあったんだ。と言っても語るのが面倒だな。直接私の記憶を読め」
ずい、と頭を前に差し出される。
この面倒くさがり屋め、と心の中で悪態をつきながら、アスタロトはルシファーの額にそっと手を当てた。脳内に流れ込んでくる彼の記憶を読み取り、やがて感嘆の溜息をつく。
「また、豪気な人間がいたものですね」
「だろう? 私も感激してな。この人間の手助けをしてやりたくなったんだ」
「堕落させるのではなく?」
「それも考えたが、この手の人間はなかなか堕落しないものだ。けれど、せっかく一緒にいた司祭長が召喚の案を考えてくれていたのでな。まぁ、相手が天使なのが気に食わないが」
「ま、まさか……」
「お望み通り、大量の悪魔を放ってやった」
「やめてください! やった!? 過去形! まさかもう、やりやがりましたか!?」
「ああ。ここに来る前にな」
「なんてことをしてくれたんですか、あなたは! まだ処理しきれていない人間たちで、地獄は溢れかえっているんですよ!」
ここ最近――悪魔にとっては人間の数十年間など「最近」に等しい――人間界が繰り返し起こした内紛のせいで、地獄に堕ちた亡者は計り知れない。今も、責め苦を受けている人間に反省を促しては、順に天界へ送るといった日々を過ごしている。つまり、大忙しなのだ。
「また仕事が増えるじゃないですかああああ!」
「落ち着け。私もそこまで悪魔じゃない。送ったのは『パリ』という地域にだけだ」
「堂々たる悪魔ですよ! なんならうちの王ですよ!」
「褒めるな、照れる」
「やっぱりあの時、ミカエル殿につけばよかったです!」
あの天界戦争の時、総大将をルシファーとした反乱軍に立ちはだかったのは、同じ大天使であるミカエルだった。
当時、人間を贔屓にする神への抗議の意味を込めた反乱だったのだが、特別神に可愛がられていたわけでもなく、人間にもそこまで興味のなかった己は、ルシファーに声をかけられて彼の方についたのだ。どうせ仲間割れをするのならば、友に剣を向けたくないと思ったのだ。……あの時の健気な自分を殴り飛ばして、目を覚ませと言ってやりたい。
ルシファーはといえば、アスタロトの暴言も鼻で笑うだけだった。
「そのセリフ、もう何百万回って聞いたな」
「何百万回と言わせないでくださいよ……」
――まぁ結局のところ、自分はルシファーの隣の方が居心地がいいのだ。口には絶対にしないが。
「はぁ。このままでは地獄が人間たちで埋め尽くされてしまいます。とても面倒ですが、わたくしが直々に収拾をつけに行きましょう」
「お前が? わざわざ? お前の部下にやらせればいいだろう」
「下級とはいえ、王の命で放たれた悪魔たちです。わたくしの部下が正面から歯向かうわけにはいかないでしょう。直接わたくしが出向いて、さっさと地獄に帰らせます」
「また面倒な真似をするな」
「誰のせいですか! 憐れに思うならパイモン殿を貸してください!」
「馬鹿。パイモンは私の一番の部下だぞ。そう簡単に貸せるか」
ともに堕天したパイモンという優秀な悪魔は、ルシファーの右腕としても有名な存在であった。
「じゃあ、わたくしはなんなのです?」
「友だろう?」
「扱い方が逆なんですよ!」
アスタロトは頭を抱えた。やはり今回も、この困った友に振り回される運命なのだ。
「もう! あなたの後始末をつけるのも、今回限りですからね!」
「それも何百万回と聞いたな」
「だから、何百万回も言わせるような真似をするなと言っているんです!」
アスタロトはルシファーの頭をスパンと叩くと、地上に行く支度をするからさっさと帰れと追い出した。
「王の頭を叩くやつが、地獄で二番手じゃないとか嘘だろ……」
「厄介ごとは嫌いなんです」
ちなみに、地獄で正式に二番目の地位にいるベルゼブブは、どこかでくしゃみをひとつした。
――その夜、パリは各地で黒い翼の悪魔が空を覆いつくし、この世の地獄と化した。
それでも、朝はやってくる。
一睡もできなかったリリアンは身支度を整えると、最後に腰へと剣を差した。
「お嬢さま!?」
「アニー、大きな声を出してはならん。外のあれらに気づかれる」
すかさず、クレマンが小声でリリアンを引き留める。
「リリアン様、どこへ行かれるおつもりですか。外をご覧になってください。もはや安全な場所など、教会の中か、こうして家の中で息を潜めるのみです」
「アレクを迎えに行く。お願い、クレマン。それとアニーもついてきてくれ。君たちをここに置いてはいけない」
「リリアン様……坊ちゃんはきっと無事ですよ。外があれほど危険な状態なのです、城に待機しているに違いありません」
リリアンは、ふるふると静かに首を振った。
「アレクは、簡単に約束を破る人じゃない。それに、なんの伝言もないのは明らかにおかしい」
「伝言がないのも、外が危険だからで……」
「アレクが城に向かってから、夜に奴らが現れるまでには『空白の時間』があった。伝言なり報せなりを送るなら、十分に間に合ったはずだ」
「そ、それは……」
口ごもるクレマンをよそに、リリアンは玄関の扉に手を掛け――そして、ハッと気づく。
しまった。馬車が使えない。
正確には馬車はそこにあるのだが、それを引く馬がいないのだ。昨日、アレクシスが馬を駆って登城したせいだった。
リリアンは扉をほんの少しだけ開け、外の様子を窺ってから再び静かに閉じた。
「なぁ、アニー。翼を持つ馬で、ペガサスっていたよな?」
「え? ええ、はい……そうですね」
リリアンは顎に拳を当てて、真剣に思案する。
「翼を持つアレも、見方を変えれば馬と言えるんじゃないか?」
「何を考えておいでですか、お嬢さま! いえ、お願いですから口に出さないでください、想像すらしたくありませんので! もし私の予想が当たっていたら、外にいるアレは、神聖なペガサスとは真逆の位置にいるものですからね!?」
「ちっ」
「お嬢さま……!」
舌打ちを咎めるべきか、そのあまりにも危険すぎる思考回路を咎めるべきか、アニーは本気で迷った。たぶん、両方でよかった。
(足で行けないわけでもないが、外の奴らが襲ってこないとも限らない。クレマンとアニーを護りながら、どこまで行けるだろうか)
リリアンは、剣の柄頭をギュッと強く握りしめた。
誰も、取り残したりはしない。
あの日、私がみんなを護ると誓ったのだ。
(しかし……本当に、アレらは何なんだ?)
先ほどは翼と言ったが、実際はコウモリのような黒い羽根を背に生やした、黒い人の形をしたもの。さらに尖った耳に、裂けた口。体躯は子供くらいの大きさだが、その体つきは痩せ細った大人のそれだった。あれが、物語に聞く「悪魔」というものならばしっくりくる。
(仮に悪魔だとして――アレクシスが帰ってこなかったことと、絶対に何か関係があるはずだ)
昨日感じた胸騒ぎといい、一刻も早く城へ向かいたいところだが、いかんせん移動手段の問題がある。
この時代にはまだ辻馬車(乗合馬車)がなく、リリアンはどこからか馬を拝借できないものかと頭を悩ませていた。時間が惜しい。
――そんな時だった。外から、張り詰めた声が響いたのは。
「ホーマン男爵家の御息女、リリアン嬢はおられるか! 王室司祭長がお呼びである!」
リリアンは考えるよりも先に動いていた。返事をする前に、勢いよく扉を開け放つ。
「ようこそ! 足!!」
――人を足扱いしてはいけません! クレマンから雷を落とされたリリアンは、しょんぼりと肩を落としていた。
訪れたのは二人組の若い司祭。司祭長の助祭たちだった。
彼らは初めこそ面食らった様子だったが、家の者から説教されている目的の人物を前にして、徐々に落ち着きを取り戻してきた。それでも、「あれ? 御息女……だよな?」とこそこそと内緒話を交わしている。リリアンの男装を初見した者は、たいてい同じ反応をするのだ。
気を取り直して、二人組の一人が口を開いた。
「先ほどは無礼な物言いをして申し訳ありません。男爵アレクシス殿の御息女、リリアン殿で間違いありませんか?」
「はい。こんな身なりをしてますが、一応女です。そして、アレクシスは私の養父です」
あ、合ってた、よかった、と助祭は胸を撫で下ろす。
「改めて用件を伝えます。貴女を司祭長がお呼びしております。我々と同行していただけませんか?」
「それは願ってもありません。しかし、私一人ではなく、彼らの同行も許していただきたく存じます。今の私に、彼らと離れる選択肢はございません」
「リリアン様! わたくしどものことは……!」
「クレマン、ごめん。これだけは私も折れるわけにはいかないんだ」
二人の助祭は、再び顔を突き合わせて何やら小声で言い合い始めた。
「司祭長が呼んでいるのはリリアン嬢だけだったが、どうする?」
「どうするって……御者が一人に、我々を含めて五人も乗れるか? 馬は一頭だけだぞ。道中で潰れでもしたらどうする」
「うーむ……」
その時、「あの」と、リリアンが何かを思い出したように尋ねた。
「そういえば……うちに来るまでに、あなた方は外の化け物に襲われなかったのですか?」
「もちろんです。我々は聖職者ですからね」
「神の祝福を受けておりますゆえ、あのような下等な悪魔など、寄せ付けもいたしません」
そう言って二人は誇らしげに、胸元の十字架を掲げて見せてきた。
「さすが司祭さま方……」
「やはり外の奴らは悪魔だったのか。恐ろしい」
素直に感心するアニーやクレマンを尻目に、リリアンは掲げられた十字架をじっと見つめて呟いた。
「つまり、シャプレがあればいいのか」
簡単に言ってのけるリリアンが気に障ったのだろう。助祭の一人が不快げに噛みついた。
「あくまで、神にお仕えしている『我々』だからこそ無事だったのです。勘違いをなさらないように」
その言葉に、リリアンは冷ややかに目を細める。
なるほど。遠回しに、聖職に就かないお前たち一般人には神の加護などない、と言いたいのだろう。
自分はともかく、こいつらは今、クレマンとアニーのことも侮辱した。――いい度胸である。
ならば、こちらも一切の遠慮はしない。
「要は、私が城へ向かえば良いのでしょう? ならば、その馬車だけお貸しください。家人二人を乗せて向かいます。登城したら、司祭長には必ず会いに行くこともお約束しますので」
「はぁ!? それじゃあ我々はどうなるのです!」
「この屋敷でお待ちいただけますか。まぁ、偉大なる神の加護をお持ちのあなた方ならば、外の地獄で待っていても構わないのでしょうが」
「ふざけるな! これは我々の馬車だぞ!」
温厚そうに見えた彼らも、さすがに顔を真っ赤にして憤ったようだ。
だが、先に喧嘩を売ってきたのはそちらだ。
「では、致し方ありませんね。少し手荒な手段を取らせていただきます」
――簡単に言えば、彼らを昏倒させて馬車を丸ごと拝借する。
初めから、そうしておけば良かったのだ。
リリアンはポキポキと右手の指の骨を鳴らした。武装もしていない聖職者程度、素手で十分だ。
司祭に手を下したなどと知れ渡れば、これからの社交界の立場に響くかもしれない。だが、それが一体どうしたというのだ。アレクシスの一大事以上に、この世に恐れるものなど何一つない。
そんなリリアンのあまりにも物騒な真意に気づいたクレマンとアニーが、慌てて彼女を止めようとした――まさに、その矢先のことだった。
「なんて野蛮な、人間のメスでしょう」
突然、空から朗々とした声が降ってきた。
全員が一斉に見上げると――なんと、空中に「人」が優雅に浮かんでいるではないか。
しかも、ただの人間ではない。中性的だが、上背があるところを見ると男だろう。漆黒の長髪に、宝石のような紅い瞳。白磁のような肌を覆うのは、見たこともない煌びやかな衣装だった。
人間離れした圧倒的な美貌。そして何より、宙に浮くことのできるその奇跡を前に、助祭たちがこう叫ぶのも無理はなかった。
「天使様……!?」
「なんて神々しい……!」
その場で平伏までする彼らに、天使と呼ばれた男は愉快そうに、くすくすと笑う。
「ああ、懐かしい呼び名ですね。まぁ、あながち間違いでもありませんが」
――元、天使ですから。
そう言葉を続けると、男は音もなく地面に降り立った。
途端、邸の周りを取り囲んでいた悪魔たちが、一斉に彼に向かって叩頭したではないか。
さすがにおかしいと気づいたのだろう。助祭たちの表情が、みるみるうちに恐怖で曇り始める。
「悪魔たちが……ひれ伏している……?」
「どうして……あなた様は、いったい……」
一方でリリアンは、謎の男が現れた瞬間、すでに鞘から剣を抜いていた。
背後に家人二人を庇うようにして、一歩も引かずに警戒を崩さない。
(そう。それが、正しい反応です!)
謎の男――アスタロトは、リリアンの見事な初動の構えを、心の中で大いに褒めちぎった。
「わたくしの名は、アスタロト。まぁ、そこそこ有名な自信はありますが――ご存じでしょうか?」
「アスタロト……?」
と首を傾げるリリアンとは反対に、悪魔の伝承にも詳しい助祭たちは、今度こそ完全に腰を抜かして悲鳴を上げた。
「アスタロトっ!?」
アスタロトと言えば、地獄が誕生した時にはすでに存在していたという、古の大悪魔である。
「な、なんでそんな大物が、こんなところに!」
「逃げろ! くそ、腰が抜けて、立てないっ!」
「早く立て! 早く、早くしろ!!」
二人は不格好に支え合いながら立ち上がると、必死の形相で馬車へとなだれ込み、御者台の御者に向かって「出せ!」と喉を引き裂かんばかりに叫んだ。
あまりの恐怖に、リリアンたちの存在も、司祭長からの命令も、すべてが彼らの頭から消し飛んでいた。
猛スピードで走り出す馬車。
砂煙を上げて遠ざかっていくその背後に向かって、リリアンは、全力で喉を鳴らした。
「待てぇ! 足いいいいいいいい!!!!」
わたくしは地獄の大公。泣く子も黙る大悪魔、アスタロトである。
――しかし、この状況はいったいどういうことだ。
現段階でリリアンに思いきり胸倉を掴まれているアスタロトは、冷や汗を流しながら軽い現実逃避をしていた。
「どれだけ偉い悪魔かは知らないが、お前のせいでせっかくの『足(馬車)』を逃したじゃないか。どうしてくれるんだ」
「わ、わたくしの責任では……!」
おかしい。昔から名前を口にするだけで、人間たちは例外なく恐れおののいていたはずなのに。この人間のメスは、根本的に頭がおかしい!
「お嬢さま! お願いですからお離れになってください!」
「リリアン様、危のうございますっ!」
顔を真っ青にして身を案じるアニーとクレマンの声に、リリアンはようやくその手を離した。
しかし、次には容赦なく剣先をアスタロトの喉元へと向ける。
「もし二人に少しでも危害を加えようものなら、即、斬り捨てる。なぜ私たちの前に現れた? お前の目的は何だ」
「……あなた、あまりにもお父上に似すぎではありませんか?」
すぐに腕力や暴力に訴えるのはどうかと思う。もっとこう、悪魔を前にしたら「恨む」とか「呪う」とか、他に段階があるものではないか。
事前に部下に探らせた情報では、確かに二人の血は繋がっていないはずなのだが。
「! ……アレクシスを知っているのか!?」
リリアンの瞳がカッと見開かれる。
「まぁ、はい。此度はうちの阿呆が多大なご迷惑をお掛けしたので、一言お詫びしたく本人に会いに向かったのですがね。彼の囚われている場所には、このわたくしすら通さないほどの強力な結界が施されておりまして……。仕方がありませんので、とりあえず彼の娘であるあなたに会いに来たのです」
「待て、待て、待て。情報量が多すぎる。アレクが囚われている……? は? なぜ?」
「おや。まだご存じではなかったのですね」
アスタロトは乱れた襟元を優雅に正しながら、こともなげにその現実を告げた。
「アレクシス・ホーマンは今――異端の罪で、教会に捕縛されていますよ」
カラン、と。
リリアンの手から、虚しい音を立てて剣が落ちた。




