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〜小 話〜 とある男の行方

 別にそこまで気になっていた訳ではない。ただ目の前に疑問を解消してくれる人物がいた。それだけだ。アスタロトはおもむろに口を開いた。


「人間」

「なぁに? それは僕のことかな? リリーと仲良しのアスタロト君」

「おい、下手に絡むな」


 成り行き上、近くにいたジャンマルコがすかさず口を挟む。挟んでからしまったと思う。放っておけばよかった。しかし自室にいる以上、嫌でも会話が耳に入るのだ。母親の部屋割りは最悪であった。父親の寝室にクレマン、そして己の寝室にアレクシス、アスタロト、ラファエルと分けられた。なんでも若い者同士の方が会話も弾むだろうとか。いや、聖職者と悪魔を同じ部屋にするな。その前にこの悪魔は若くはない。というかそういう次元にいない。それは天使にも言えたことたが。


 アスタロトがアレクシスに珍しく話しかけたのは、夜の帳も下り、各々が寝室へと向かった時であった。


「なんですかその呼び方は」

「あ、やっぱり気づいちゃった? リリーと大の仲良しのアスタロト君。さすがに聖職に就いたからには殿と敬称付けて呼ぶのも憚(はばか)れてね。ごめんね」

「あなた、わざとでしょう」

「それで? 人間の僕に何か用?」


 笑顔で首を傾げるアレクシス。引っ掛かる物言いにアスタロトの鼻にシワが寄る。そんな中、唯一原因に心当たりがあったジャンマルコだけが、ダラダラと冷や汗を流していた。

 そう、あれは裁判の日、リリアンが口にした「仲良し」宣言だ。まさかまだ根に持っていたとは……。


「ラ、ラファエル様」


 このままでは喧嘩が勃発してしまう。ここはラファエルに仲裁に入って貰おうと彼の姿を探すと、


(おやすみでしたかー……)


 近所に住む八十のおじいちゃん顔負けの寝付きの良さである。しかしこれで望みは潰えた。あとは血が降らないことを祈るしかない。


「埒が明きませんので単刀直入に訊きますが、あなた、リリアンの父親のことを知ってましたか?」

「目の前にいるよ」

「………」

「落ち着け悪魔! 気持ちは解る! アレクシス殿……!」

「あははっ、面白い顔した。ちょっとはすっきりしたし、いいよ、答えてあげる」


 よほど形容しがたい顔をしていたのだろう。機嫌が直ったアレクシスが、再びコテンと反対方向に首を倒す。


「だけど、君たちもあの男の存在を知ってるのは意外だったなぁ。リリーから聞いたのかな?」

「会話の延長線でな! 他意はまったくない!」

「何をそんなに焦ってるの」

「いちいち娘が絡むと面倒クセェんだよあんたは! てか、やっぱあんたも実の父親のこと知ってたんだな」

「当たり前でしょ。調べるに決まってるじゃない」


 それは別に決まってはいないと思う。思ったが口にはしなかった。しかし、


「ということはもう生きてねーか」

「ちょっと僕に失礼じゃない?」


 アスタロトも同じことを思っていたらしく、意外そうにジャンマルコのあとに続いた。


「まさか生かしたのですか? その人間がした仕打ちを知って?」 

「そこまで聞いたの? 妬けちゃうな」

「いいからどうなんだよ。骨を何本折ったんだ?」

「いや、ほんと揃いも揃って失礼」


 そんなに僕って信用ならないかな。そしてアレクシスはなんてことないように言った。


「無期限の海外旅行をプレゼントしてあげただけだよ」

「実質国外追放じゃねぇか!!」


 絶対何かはしているとは思ったらやっぱりか。

 それからアスタロトを見ると、ちょうど寝具に横たわるところだった。いやお前が訊いたんだろ!

 何だか急にバカらしくなり、ジャンマルコもフッと息を吹きかけランプの火を消した。途端、部屋の中が暗闇に包まれる。

 ただ一人アレクシスが「まだ話の途中でしょ」と文句を言っていたが、それに答えるのはラファエルの健やかな寝息だけであった。

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