〜番外編〜 共犯者の内緒話
リリアンとジャンマルコが邂逅した日の夜。互いの事情を知り誤解も解けたことで、この時にはもう、張り詰めていた空気はどこにもなかった。
一通りの話し合いを終え、リリアンは一度食堂を出ると、さほど時間を置かずに戻ってきた。
「マルコ殿。アニーが湯を張ってるそうだ。先にゆっくり浸かってくれ。巡回はそれからにしよう」
「ジャンマルコだっつってんだろ。って、おい、母親の墓の場所は……」
「それも後からでいいじゃないか。まずは旅の疲れを取ってくれ。お客様も十分にもてなせないのかと、私が母に怒られてしまう」
「……解った」
「ありがとう。ここを出たらアニーが案内してくれる。父君は先に上がって部屋で休んでいるそうだが、君も少し休んでいくか?」
「いや、湯だけ借りるぜ。休んでいたらお前、おれを置いていきそうだしな」
「そんなことはある」
「あるのかよ!!!!」
いや、あるだろう。母の墓参りも巡回もいつでも出来るのだ。ジャンマルコが「祈りを捧げたい」と言ってくれたのは嬉しかったが、わざわざ疲れて眠っている客人を起こしてまで引っ張り回そうとは思わない。
「別に今夜じゃなくてもいいんだぞ」
「だったらてめぇ一人になるだろーが!」
「今までも一人だったが?」
「おい悪魔! 何してんだよてめぇは!」
突然怒りの矛先を向けられ、アスタロトはパチクリとまばたきをした。
「何をって、わたくしに何をしろと?」
「ついててやらねーか! 一応それでも女だぞ!」
「一応とは余計だな。あとマルコ殿、勘違いしないで欲しい。困ったことがあったらきちんと頼っている。常に横にいられると邪魔なんだ」
「あなたにその男をさとす権利は欠片もありませんよ。むしろあなたの物言いの方が失礼です」
「彼はこんな顔だろう? 下手に人前に出られると違う意味で騒ぎになってしまうんだ」
「人間にこんな顔と呼ばれる日が来るとは……。まぁでも、そういうことです。わたくしはわたくしで動いていますし。あなたに指図される謂れはありません」
ジャンマルコはリリアンの指摘に、まぁ確か一理あるなと思った。悪魔の性格はともかく、外見だけなら天使と見紛うほどだ。勘違いした人間が騒ぎを起こしても厄介だ。しかし、である。
「……使用人は止めないのかよ」
「止められてるな。今も」
「なら止まれよ!!」
「仕方ないだろう。私は男爵の娘だ。さっきも言ったように、街の治安を正すが仕事だ」
「それでも状況が——」
「マルコ殿」
ふっと目を細めて微笑むリリアン。
「湯が冷める」
「てめぇ! 先に行ったらタダじゃおかねーからな!」
そんな捨て台詞とともに、ジャンマルコは奥の湯殿へと消えていった。
残されたリリアンはアスタロトを仰ぎ見て、「彼は」とおもむろに切り出す。
「面白い男だな」
「それをあの人間に言ってはいけませんよ」
アスタロトははぁ~とため息をつく。この娘はどうも相手を無意識に煽る節がある。しかも無自覚だから尚更たちが悪い。
「聞いてくれ。ここに来る前のことだ」
「そして好きな時に好きなことを、脈絡も無視して話し出しますし」
「なんのことだ?」
「あなたは本当に自由な人間だなと言っているんです」
「ありがとう」
「そんなところですよ!」
ああいやだ。本来の自分は落ち着いていて、そう、もっとこう……そこでルシファーの顔が脳裏を過ぎる。あれ? 地獄といる時とあまり変わらなくないか?
まさかの悲しい事実に気づき、アスタロトは愕然とする。
「それでボニーベンナルト殿が吹き飛ばされてな」
「待ってください。聞き忘れてました。最初からお願いします」
「最初だぞ?」
「まさかの。ではもう少し主語をください」
「主語? あ! すまないアスタロト殿、説得を忘れていた」
「はあ?」
「悪魔に帰るよう説得する前に倒してしまった。申し訳ないことをした」
「なんだそんなこと……」
「アスタロト殿は日々同族の説得を頑張っているのに、本当にすまないことをした」
「……………人間の犯す過ちくらい目を瞑りますよ。わたくしは大悪魔なので」
「ありがとう!」
嘘である。説得? 自分も成功した試しがないので強制的に地獄送りにしている。リリアンと別々の行動を取ってる理由にはそのことも含まれていたが、彼女がそれを知る由はない。
(わたくしまで短気と思われたらたまりません!)
だが友の天使には筒抜けであった。そして地獄の王にも。
この時もアスタロトは知らないだけで、地獄から覗き見ていたルシファーは腹を抱えて笑っていた。
「それで? あの人間の父親がどうかしたのですか? 吹き飛ばされたとは悪魔にですか?」
「ああ、幸い怪我はなかったのだが、それでつい頭に血がのぼってしまってな、説得を飛ばして剣を振るってしまった」
「なるほど。それで父親を助けた事であの男と親しくなったのですか」
それならばあの人間の過保護な態度も納得がいく。さしずめ、父親を助けてくれた恩といったところか。
「違う。マルコ殿も同時に攻撃したんだ」
ん?
「しかも私が悪魔の翼を斬り落としてる内に、マルコ殿は四肢を飛ばしてあっという間に首を跳ねていた。くるくると回るように。まるで踊っているかのようで目を奪われたのも本当だ。踊り子の母を師に持つと聞いて納得した」
おっと、話の流れが変わってきたなとアスタロトは思った。リリアンは続ける。
「素直に私の腕では敵わないと思ったよ。でももしマルコ殿がアレクに刃を向けるのなら、刺し違える覚悟をしなければともな」
「ああ、それで」
そういえば、玄関で一悶着あったことを思い出す。
「事情を話しても納得して貰わなかったら、私もやむを得ないなと思っていたからな。信じて貰えて本当に良かったよ」
「あなた、呑気な顔してそんなこと考えていたのですか?」
きっとあの人間も、この娘の思惑なんて知らなかったに違いない。
「だから面白いなと」
「着地した! 今の流れでどうしてそう思うのです!」
「敵対するかもしれない女の心配をして、……優しくもして……。私のことを魔女だと言った癖にな。あんなちぐはぐな男は初めてだ。面白いだろう? だけどその反面、どう接するのが正解なのかも正直悩むが……」
「あなたをそこまで悩ませるなんて、あの人間も大物ですね」
「私だって、彼らがローマからの使者でなければここまで悩んだりしない。もともと考えるのは苦手だ」
「でしょうね」
即答するアスタロトを尻目に、リリアンは先日派遣した使者を思い浮かべた。
「今、捕まるのは困る」
各国に送った使者に持たせた、己を魔女と偽った自白書。そのことはアスタロト殿だけが知っている。いつかは囚われるだろうし、ローマに移行されるだろう。しかし、それが今であっては困るのだ。少なくともあとひと月の猶予があると見ていた。それまでに残りの悪魔を狩り、アレクを釈放する手筈だった。だから彼らがローマから来た聞いた時は内心警戒していた。
「あなた、わざと黙っていましたね」
「私は答えられることは答えると言ったぞ?」
言うとアスタロト殿が呆れた顔をした。仕方がないだろうと言いたくなる。不器用な優しさを持つ彼に、自分も本当は誠実でありたかった。しかし、計画を全て伝えると邪魔をしかねないと直感で思ったのだ。優しすぎるがゆえに。そこでふと思い出す。
「そういえば、私たちのことも相棒とか言っていたな」
「……あの人間、目がおかしいんじゃありません?」
「相棒でも私は構わないぞ?」
「だけど」とリリアンは続ける。少し自虐的な笑みを乗せて。
「私たちは共犯者だからな」




