シーズン2・第3話:帰ってきた「幽霊派遣」の休日
シーズン2・第3話をお読みいただき、さらに温かいブックマークや評価を本当にありがとうございます! 前回の遠征編も楽しんでいただけましたでしょうか(笑)。
さて、今回の第3話は、地方から大量の「乗客(霊)」を引き連れて帰ってきた主人公・水野楓ちゃんの**「平和(?)すぎる休日」**をお届けします!
六畳一間のワンルームアパートが、すっかり霊界のターミナル駅と化しているというのに、当の本人はパスタを茹でてルンルンで小説執筆。相変わらずの鈍感無敵っぷりを発揮する楓ちゃんですが、彼女の周りではなにやら不穏な「次の来客者」たちの気配も忍び寄ってきて……?
果たして、カオスを極めるアパートの一室で何が起こるのか。
それでは、第3話スタートです!
「ただいまーっ!」
地方遠征から戻った翌日の日曜日、水野楓は自宅アパートのドアを元気よく開けた。
旅行用のキャリーケースを玄関にドンと置き、肩のリュックサックを下ろすと、彼女はそのままバタリと柔らかいベッドにダイブした。
「ふあー、疲れたけど楽しかったなぁ! あの霧のトンネル、スマホの画面が赤くなる演出とかマジで最高だったし。やっぱり現場の空気感は一味違うよね」
ベッドに顔をうずめたまま、満足げにニコニコと呟く楓。
だが、彼女が「一人暮らしの静かな部屋」でくつろいでいるつもりのその空間には、実際にはまったく別の光景が広がっていた。
――ギシッ、ギシッ……。
誰もいないはずの部屋の隅で、床板が重い足音を立てて軋む。
キッチンの方からは、水道の蛇口が勝手にひねられ、ポチャン、ポチャンと冷たい水滴が落ちる音が響く。さらに、リビングの壁に掛けられた姿見の鏡には、びっしりと白い手形が幾重にも浮かび上がっていた。
それもそのはずである。
昨日の今日で、地方の最恐トンネルから引きずり込んできた数十体の地縛霊や怨霊たちが、アパートの部屋の隙間という隙間にすし詰め状態で入り込んでいるのだ。
六畳一間のワンルームは、もはや人間の部屋というよりも「霊界のターミナル駅の待合室」のような異様な冷気と澱みに包まれていた。
『……おい、狭いぞ』
『ここが、あの人間の住処か……? 意外と狭苦しいな』
『でも、外の風よりはよっぽどマシさねぇ』
声なき低音が室内にざわめく。
しかし、中心のベッドでスマホをいじりながら「あー、お腹減ったな。お昼は何食べようかなぁ」と呑気に天井を見上げている楓には、その重苦しい気配は「なんだか部屋の冷房がよく効いていて涼しいな」程度にしか感じられていない。
「よし、お昼は奮発してパスタでも茹でるか!」
よいしょ、とベッドから起き上がった楓は、鼻歌交じりにキッチンへと向かった。
冷蔵庫からトマトソースとベーコンを取り出し、コンロに火をかける。パチパチと油が跳ねる音を聞きながら、湯を沸かした鍋にパスタの麺を放り込む。
その背後では、先ほどの地方トンネルからついてきた、昭和の制服を着た少女の霊が、ふうわりと宙に浮きながら鍋の中を覗き込んでいた。
(ねえねえ、それ美味しそうね……。私、生前はパスタなんて食べたことなかったなぁ……)
少女の霊が物欲しそうに手を伸ばす。もちろん、物理的な干渉はできないため、彼女の指はすり抜けるだけなのだが、その冷気がふわりと楓の背筋を撫でた。
「うわ、なんか急に背中がゾクッとした! これぞまさに、心霊スポットの余韻ってやつか……! 最高だな、私の免疫力も上がってる気がする!」
なぜかそれを「自分のホラー耐性がついた証拠」だとポジティブに解釈し、さらにテンションを上げる楓。
隣で見守っていた他の霊たちは、「こいつ、脳みそまで鋼鉄でできてやがるのか……?」と、呆れを通り越して感嘆の混じった冷や汗(のような霊気)を流していた。
――午後。リビングのローテーブル。
茹で上がったトマトパスタを美味しそうに平らげた楓は、ノートパソコンをパカッと開き、昨日撮ってきた写真と取材メモの整理を始めていた。
「タイトルは、『霧のトンネルの彼方へ・連れて行かれたのは誰か』、これだな……」
トントンとキーボードをリズミカルに叩く。
彼女の書く怪談小説は、フィクションとノンフィクションが絶妙なバランスで混ざり合い、WEB上で「描写が生々しすぎてガチで怖い」「読んでいると背筋が凍る」とじわじわ人気を集めていた。
もちろん、その「生々しさ」の理由は、背後に本物の霊たちが数ダースも群がりながら、自分の書く文字を覗き込んでいるからに他ならない。
『ほう……。この描写、なかなか的を射ているじゃないか』
『私の最期を、よくぞここまで……って、ちょっと待て、私こんなカッコ悪い顔で這いずり回ってなかったよ!?』
パソコン画面の後ろを覗き込みながら、霊たちがワイワイと(霊界的な思念で)ガヤを飛ばす。
小説の執筆が進むにつれて、彼らの過去の記憶や未練が文字に乗っかり、画面の周囲がうっすらと青白い光を帯びていく。
その時だった。
ピーンポーン——。
静かな休日の午後に、玄関のインターホンが突然鳴り響いた。
「ん、誰だろ?」
楓は手を止め、モニターから顔を上げる。このアパートで宅配便以外の来客など滅多にない。
不思議に思いながら玄関のドアスコープを覗こうとした、その瞬間。
ガチャリ、と。
誰も触れていないはずの玄関のチェーンロックが、カチャリと嫌な音を立てて勝手に外れた。
「……え?」
さすがの楓も、これには動きを止めた。
地震でも起きたのかと足元を確認するが、揺れはない。
恐る恐る玄関のドアノブに手をかけ、ゆっくりと引いてみる。
外の廊下には、誰もいない。
ただ、夕暮れに差し掛かる薄暗いコンクリートの廊下に沿って、ありえないほど冷たい風が、スルスルと部屋の中へ流れ込んできていた。
そして、その廊下の奥の暗がりに、ぼんやりと「別の何か」の影がいくつも揺らめいているのが見えた。
地方のトンネルから帰ってきた楓の後を追って、あるいは噂を聞きつけて、このアパートの周辺一帯にまで「別の霊たち」が引き寄せられ始めていたのだ。
「……あれ? なんか最近、うちの周り、すごく賑やかになってないか?」
首をかしげる楓。
彼女はまだ知らない。この小さなアパートが、やがて日本中の幽霊たちが集まる「一大ターミナル」になってしまうという、さらなる大迷惑の未来が待っていることを。
夕闇の迫る部屋の中で、無数の冷たい視線に囲まれながら、楓はニコニコとノートパソコンを閉じ、今日の執筆作業の終了を告げたのだった――。
シーズン2・第3話、最後までお読みいただきありがとうございました!
霊たちがぎっしり詰まった部屋で、何も知らずにトマトパスタを美味しそうに食べ、マイペースに怪談を書く楓ちゃん……。見守る幽霊たちの「こいつ、脳みそまで鋼鉄でできているのか……?」という絶妙な呆れ具合が伝われば幸いです(笑)。
そして、ラストにはついにインターホンが鳴り響き、さらなる「別の霊たち」まで集まってきてしまいました。この小さなアパート、この先どうなってしまうのでしょうか……!




