第5話:路線図の終着点、あるいは新しい旅の始まり
第4話もお読みいただき、ブックマークや温かい評価を本当にありがとうございます! 実家の食卓がまさかの泥まみれになる展開、楽しんでいただけましたでしょうか(笑)。
さて、いよいよ物語はクライマックスの第5話(最終回)を迎えます。
自分の取材ノートが幽霊たちの「路線図」だと気づいた楓ちゃんが、大切な家族や友人たちを守るために下した決断とは……!?
驚かせたい幽霊と、体験したい人間が織りなすホラーコメディの結末を、ぜひ最後まで見届けてやってください!
それでは、最終話スタートです!
実家のリビングに漂っていた異様な冷気と、床に刻まれた無数の泥の足跡。
家族の怯えきった顔を目の当たりにしたその日、水野楓は初めて、自分の「趣味」がどれほど残酷な結果を招いていたのかを痛感した。
アパートに戻った楓は、電気をつけないままリビングの床にペタリと座り込み、これまでに書き溜めた膨大な「取材ノート」を広げた。
「……私の足跡が、この子たちの地図になっていたなんて」
ノートのページをめくるたびに、そこに記された心霊スポットの名前が浮かび上がる。
『赤沼トンネル』『廃ホテルK』『首なし地蔵の森』『黒滝ダム』……。
自分が「何も起きなかった」と肩を落として帰ってきたすべての場所が、実は幽霊たちにとっての「移動ルート」であり、次なる街へと繰り出すための乗り継ぎ駅だったのだ。
霊たちは楓を恐れているわけでも、守っているわけでもない。
ただ、恐怖も霊感もない彼女の「圧倒的な鈍感さと体温」が、自分たちを人間社会の真ん中まで運んでくれる最高の乗り物(器)だからだ。
だから彼女が通った先――友人・美沙の部屋の鏡が割れ、職場のコピー機から声が漏れ、そして家族の食卓が泥に汚された。
「私が、みんなを連れて歩いてたんだ……」
ショックで胸が締め付けられるような思いがした。
大好きな怪奇現象に近づきたくて、必死に足繁く通ったつもりが、自分が一番の「災厄の発生源」になっていたなんて。
――その時だった。
薄暗い部屋の隅から、ぞろぞろと気配がにじみ出してきた。
首の曲がった女が天井から這い降り、泥まみれの子供たちがソファの陰から顔を覗かせる。オフィスのコピー機にいた男も、いつの間にか窓辺に立ってこちらを見つめていた。
彼らは相変わらず不気味で、冷気を纏っていたが、その表情のどこかには「退屈しのぎ」を楽しむような、ねっとりとした余裕があった。
『ねえ、次はどこに行くの?』
『あそこの街は面白かったよ』
『もっと大きな悲鳴が聞きたいな』
声なき声が、脳内に直接響いてくるような気がした。
彼らは楓の罪悪感など気にも留めず、ただ次なる「おもちゃ」を探すように、彼女の周囲を取り囲んでいる。
普通の人間なら、ここで恐怖に震え上がり、二度と心霊スポットになんて近づかないだろう。
だが――。
ふと、楓は膝を抱えていた姿勢から、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳の奥にあったのは、絶望の色ではない。むしろ、どこか奇妙な納得と、新しい「決意」の光だった。
「……そうだよね。私がここで怯えて閉じこもったところで、この子たちは消えてくれない。それに……」
楓は自分の手帳のスケジュール欄に目をやった。
そこには、今週末に予定している、都内でも最凶と噂される「旧・廃病院」の取材予定が書き込まれていた。
「ここで私が怖がって逃げ出したら、この子たちは行き場を失って、また私の大切な人たちのところに散らばっていくだけだ。だったら――」
楓はガバッと立ち上がると、大きめのリュックサックを床に引き寄せ、その中に懐中電灯やノート、そしてお気に入りのカメラを次々と放り込んだ。
「私が囮になって、この子たちを全員、別の場所へ連れ出してやればいいんだ」
それは、恐怖からの逃走ではない。
「幽霊派遣」としての責任を(奇妙な方向性で)全うするという、あまりにも彼女らしい、ずれた、けれど温かい覚悟だった。
霊たちは、楓のその微かな決意の表情をじっと見つめていた。
そして、何を察したのか、ケラケラと冷たい笑い声を重ね合わせるように、一斉に彼女の背後へと吸い込まれていく。
――週末。深夜。
都内から遠く離れた、不気味にそびえ立つ「旧・廃病院」の錆びついた鉄門の前に、水野楓の姿があった。
「さあ、着いたよ。ここなら誰も邪魔されないし、思う存分暴れられるでしょ?」
満面の笑み(本人は真剣なつもり)でそう呟きながら、楓は躊躇なく病院の暗いエントランスへと足を踏み入れる。
その背後には、これまでに出会った無数の幽霊たちが、まるで遠足に向かう子供のように、ぞろぞろと大行列をなして楽しそうについてきていた。
一人の人間が持つ圧倒的な鈍感さと、怪異を愛する歪んだ(だが純粋な)好奇心。
霊たちにとって、彼女はこれからも唯一無二の「最高の乗り物」であり続けるだろう。
「さて、今夜は何が起きるかな……!」
暗闇の中に消えていく楓の後ろ姿を見送りながら、霊たちは満足げな笑みを浮かべ、夜の病院へと雪崩れ込んでいった。
驚かせたい幽霊と、体験したい人間。
その奇妙なすれ違いが生み出す静かな恐怖と笑いは、今日もどこかの街で、ひそやかに、そして盛大に続いている――。
『幽霊界隈で「派遣」と呼ばれています。~怖くない主人公の迷惑すぎる日常~』、最後までお読みいただき本当にありがとうございました!
霊感ゼロ&恐怖心ゼロの主人公・水野楓が、自らを「乗り物(囮)」にして幽霊たちをあちこちへ運んでいくという、ちょっと変わった迷惑ヒーロー(?)の物語でしたがいかがだったでしょうか。
恐ろしいはずの怪異たちが、楓のマイペースすぎる鈍感さに振り回され、逆にエンタメとして楽しんでいる姿をクスッと笑っていただけていれば幸いです。




