↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊界隈で「派遣」と呼ばれています。~怖くない主人公の迷惑すぎる日常~  作者: 凪塩 未来


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/28

第2話:親友の部屋と、最初の亀裂

第1話をお読みいただき、さらにブックマークや温かい評価を本当にありがとうございます! 皆様からの応援が執筆の大きな励みになっております。


さて、霊感ゼロで能天気な主人公・楓ちゃんですが、本人は「何も起きなかった」と呑気に帰宅したものの、その背後でちゃっかり「お土産」を親友の部屋に置いてきてしまったようで……?


巻き込まれる親友・美沙の受難と、まったく自覚のない楓のコントラストを今回も楽しんでいただければ幸いです!


それでは、第2話スタートです!

翌日の夕方。

水野楓(みずの かえで)は、黒縁眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、見なれたお洒落なマンションのインターホンを鳴らした。


「はーい、どうぞー」


オートロックの向こう側から聞こえたのは、親友である三上美沙(みかみ みさ)の少し気の抜けた声だった。

美沙は、この街でアロマテラピーとリラクゼーションの小さなサロンを営んでいる。インテリアの趣味が良く、彼女の部屋はいつも温かみのある間接照明と心地よいアロマの香りに満ちていた。学生時代からの付き合いである二人は、週に一度こうしてどちらかの家で近況を報告し合うのが定番のルーティンになっていた。特に楓にとっては、自分が書き上げたばかりの怪談小説を最初に読ませ、感想をもらうための貴重な理解者でもある。


「お邪魔しまーす。いやぁ、今日も寒暖差が激しくて参るよね」

「いらっしゃい。……って、またそんな大きな荷物持って。どこ行ってきたのよ」


リビングのソファにドサッとリュックを降ろした楓を見て、美沙は呆れたような、しかしどこか面白がるような笑みを浮かべながらキッチンから戻ってきた。彼女の手には、湯気が立つ淹れ立てのハーブティーが二つ乗ったトレイが握られている。


「昨日ね、ネットで噂の『赤沼トンネル』に行ってきたんだよ。ほら、例の、子供の泣き声が聞こえるっていう」

「またそんな危ないとこ……! あんたねえ、女の子一人で夜中のトンネルなんて行くもんじゃないって、何度言ったらわかるわけ?」


美沙は眉をハの字に曲げ、ジトッとした目で楓を睨みつけた。だが、トレイをローテーブルに置くと、手慣れた様子でハーブティーのカップを楓の前に差し出す。


「で、どうだったわけ? また『何も出なかった』のパターン?」

「うう……くやしいことに、その通りなんだよ……!」


ソファに深く体を沈め、楓は不満そうに唇を尖らせた。


「空気はひんやりしていて夏場には最高なんだけどさ、幽霊の気配は微塵もなかった。私の取材ノート、最近すっかり『ただの夜の健康ハイキングの記録』になりつつあるよ。ねえ、美沙、私のどこがいけないのかな? やっぱ霊感ゼロって致命的すぎない?」


「そりゃあ、幽霊なんてそう簡単に見つかるわけないでしょ。安全でいいじゃないの。変なものに憑りつかれるより百歩マイルドで健全よ」

美沙はふうふうとハーブティーを吹きながら、小さく笑った。


その穏やかな日常の空気を切り裂くように、乾いた音がリビングに響いた。


――ピシッ。


「……え?」


美沙の手がピタリと止まる。

ハーブティーのカップをソーサーに戻そうとしたその動作のまま、彼女は動きを失っていた。


音のした方を、二人は同時に振り返った。

リビングのソファの斜め向こう、壁の中央に掛けられていた大きめのアンティーク調の姿見。その綺麗な鏡の表面に、中心から放射状へ向けて、一本の深い亀裂がスルスルと走っていた。


「いま……鏡、割れなかった?」

美沙の顔から、スッと血の気が引いていくのがわかった。

「え、あ、本当だ……。なんで? 地震? いや、揺れてないよね……? もしかして、室内の温度差でガラスが収縮したとか、経年劣化かな……」


慌てて立ち上がった楓は、鏡に近づいてまじまじと観察した。しかし、割れ方はどう見ても自然のものではない。まるで、内側から硬いもので鋭く、そして強い力でガツンと叩かれたような、そんなひび割れ方だった。


「気味が悪い……。私、昨日この部屋に来たときは、こんな傷一つなかったのに……」

美沙は両腕を自分の体にぎゅっと抱え込み、ブルリと小さく身震いした。外の気温は暖房で快適なはずなのに、部屋の空気が妙に、それも芯まで冷え込むような感覚に襲われていた。


「ねえ、楓……」

美沙の声音が、わずかに震えていた。

「……あんた、もしかして、また変なもの背負ってきてないでしょうね?」


「え? 私が?」

心外だと言わばかりに、楓はパチパチと目を瞬かせた。

「私なんて、さっきも言った通り生粋の霊感ゼロだよ。昨日だって、ただ暗いトンネルを往復して、おまけに何も起きなくてションボリ帰ってきただけだもん。そんな私が、何かを持ち帰られるわけないじゃん」


「そういう自覚がないのが、一番タチが悪いってホラー映画の定番でしょ……!」

美沙は怯えた目で、楓の背中あたりをじっと見つめた。

だが、もちろん美沙の目には何も見えない。見えるのは、どこか呑気な顔をして首を傾げている、いつもの親友の姿だけだ。


——だが、そのすぐ背後では。

鏡の割れ目から、どろりと這い出るようにして、昨日トンネルで楓に張り付いた「首の曲がった女」が姿を現していた。

女は、目の前にいる楓を見つめても、彼女がまったく怖がらず、霊気すら感じ取らないことに気づくと、とっくに関心を失っていた。しかし、その隣で青い顔をして怯え、美しく整った部屋で怯えている美沙の姿を見て、ねっとりとした不気味な口角を歪めていた。


「気のせいだよ、美沙。ほら、温かいお茶飲んで落ち着いて。あとで私が管理会社に連絡して、ガラスの修理代とか相談に乗るからさ」

楓はまったく気づいていない。自分が「霊の運び屋」として、友人の平穏な部屋に厄介な居候を置き去りにしてしまったことなど、微塵も疑っていなかった。


「……そういう問題じゃない気がするんだけど……」

美沙はぐったりとソファに倒れ込み、ぐっと紅茶を飲み干した。


その日の夜遅く。

美沙は一人、薄暗いリビングで眠れぬ夜を過ごしていた。

アロマの香りはいつも通り焚かれているはずなのに、なぜか今日は、すえた土のような臭いがほのかに混じっている気がしてならない。


パキッ。パキッ。


リビングの端から、時折小さな音がする。

消灯した部屋の中で、闇夜にぼんやりと浮かび上がる割れた鏡。その向こう側から、誰かがこちらをじっと覗き込んでいるような、そんな底冷えする視線を感じて仕方がなかった。


美沙は布団を頭まですっぽり被り、声を殺して震えることしかできなかった。

「……ねえ、楓。あんた、いったい何を私の部屋に置いていったのよ……」


一方その頃。

自宅のベッドで、ぐすかあと平和な寝息を立てて熟睡している楓の夢には、相変わらず一匹の幽霊も、不気味な影も一切現れなかった。

「あーあ、今度こそ怖い夢でも見られたら、小説のネタになるのになぁ……」

寝言をつぶやきながら、楓はすっきりと心地よい眠りに落ちていく。


彼女の無自覚な「派遣行脚」によって、親友の日常に開いた小さな亀裂。

それはまだ、これから巻き起こる大災難の、ほんの小さな序章にすぎなかった。

第2話最後までお読みいただき、ありがとうございました!


最初の犠牲者(?)となってしまった親友の美沙ちゃん、本当にお疲れ様です……。あんなにおしゃれで素敵なアロマサロンの部屋が、気づけば怪異の温床にされているという不憫さ。しかし、原因を作った張本人の楓ちゃんは、おうちのベッドですやすや平和に眠っているというこの理不尽さこそが、本作の醍醐味です(笑)。


次回は、この「迷惑すぎるお土産」がさらに別の場所へ、あるいは職場へと飛び火していくことになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。