シーズン2・第5話:編集者の涙と、新たな「路線図」
シーズン2・第5話をお読みいただき、さらに温かいブックマークや評価を本当にありがとうございます! 吉川くんの全力のパニック逃走劇、楽しんでいただけましたでしょうか(笑)。
さて、霊たちの極上エンタメスポットと化した楓ちゃんの部屋ですが、当の本人は相変わらず「吉川くん、お腹の調子でも悪いのかな?」とマイペースそのもの。
次の週末に向け、彼女が意気込んで開いた「取材ノート」は、実は幽霊たちの間ではとんでもない意味を持っていて……!?
それでは、第5話スタートです!
「ほら、吉川くん、お茶。冷たいのしかないけど、これで少しは落ち着いた?」
リビングのちゃぶ台の前に置かれたグラスを指さしながら、水野楓は心配そうに首を傾げた。
床に座り込んだまま、新人編集者の吉川は青白い顔でガタガタと全身を震わせ、まるでこの世の終わりを見たかのような絶望的な目で楓を見上げていた。
「お、落ち着けるわけないだろ……! なんだよこの部屋は! 壁から変な黒いシミがにじみ出してるし、天井からジトッとした冷たい視線が何十個も降ってくるし、さっきから耳元で『こっちを見ろ、私を見てくれ』って無数の声が重なって聞こえるんだよっ!」
吉川が頭を抱えて叫ぶと、その恐怖を煽るかのように、天井に貼りついていた首の曲がった女の霊が、スルスルと不気味な関節の音を立てて下に降りてきた。吉川の肩に冷たい氷のような手が触れようとした瞬間、吉川は「ひぃっ!」と情けない悲鳴を上げて床を這うように後ろへ逃げ出した。
「ええ? 声なんて聞こえないけどなあ……。やっぱり吉川くん、昨日徹夜でホラー映画でも観たせいで、すっかり幻覚が見えるようになっちゃったんじゃないの?」
「幻覚じゃねえよっ! 証拠に、お前のその後ろ……っ! お前の背中、今ものすごい数の化け物がへばりついてるぞ……っ!」
吉川が震える指で指し示したのは、まさに楓の背中だった。
楓の背後には、これまでに心霊スポットで彼女を乗り物代わりにし、電車やバスを乗り継いでついてきた無数の霊たちが、ひしめき合うように群がっている。
だが、当の楓は「ん?」と自分の背中をペタペタと叩くだけで、「何もないけど?」とケロッとした顔だ。
『やれやれ、この女は相変わらず鈍感だねぇ』
『でも、この男の怯え方は相変わらず最高だ。いやあ、ここに来て大正解だったねぇ』
『もっと泣かせろ、もっと叫ばせろ! 生きた人間の恐怖の表情って、なんでこんなに面白いんだろうね!』
霊界の波長に乗って、室内にざわめくような嘲笑と歓声が響き渡る。もちろん楓の耳には一切聞こえていないが、霊感がわずかにある吉川にはその不気味な笑い声が頭に直接響き渡り、気絶寸前の状態に追い込まれていた。
「い、いやだ……俺、こんなとこにもう一秒だっていられない……! 原稿の確認なんてどうでもいい、帰る……っ!」
吉川は這いつくばるように玄関まで逃げ出すと、鍵を開けて外へ飛び出すように逃げ去っていった。ガチャリと乱暴に閉められたドアの音だけが、静まり返った部屋に取り残された。
「……なんか、すごい慌てて帰っちゃったな。私の淹れたお茶、一口も飲まなかったし、そんなにお腹の調子でも悪かったのかなあ」
楓はため息をつきながら、ちゃぶ台の上に置かれた原稿の束に視線を落とした。
そこには、彼女が今週末に取材へ行く予定の、とある山奥の廃病院の資料が置かれていた。
「ふう……。吉川くんはあんな調子だけど、私は負けないぞ。今度こそ、あそこの廃病院で本物の心霊現象に遭遇してやるんだから!」
意気込んでペンを取り、ノートを開く楓。
だが、彼女はまだ気づいていない。
自分が「これだ」と選んでノートに書き記している取材予定地そのものが、いまや幽霊たちの間であたかも「次の目的地を結ぶ路線図」として共有されているということに。
一人では何日かけても移動できない霊たちにとって、楓という人間は、全国津々浦々へタダで連れて行ってくれる極上の「フリーパス」であり、最高級の「乗り物」なのだ。
そして、彼女が自ら進んで怪奇スポットを巡れば巡るほど、霊たちのネットワークを通じてその数は雪だるま式に増えていく。
「さてと、週末の準備をしなきゃね。今度こそ何か、こう……背筋がゾッとするような体験をしてみたいものだわ」
まったく危機感のない笑顔で立ち上がる楓。
その足元には、彼女の影に寄り添うように、無数の冷たい影たちが嬉しそうにゆらめいていた。
彼女が自らの体を囮にして、霊たちをさらに遠くへ運び去る運命の旅は、もうすぐそこまで迫っていた――。
シーズン2・第5話、最後までお読みいただきありがとうございました!
編集者としての尊厳と体力をゴリゴリに削られながら敗走した吉川くん、本当にお疲れ様でした……! そして、そんな彼の苦悩をよそに「今度こそ本物の心霊現象に遭遇してやる!」と燃える楓ちゃんの圧倒的鈍感さが、この作品のスパイスになっております(笑)。
自らの取材ノートが幽霊たちの「路線図」になっているとも知らず、次の廃病院へ向かおうとする彼女。この「幽霊派遣」の旅は、いよいよ更なる大騒動へと発展していきます!




