16章 花束と誰か ②
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照れくささで爆発しそうだった空港での再会を果たしたあと、私とキノはタクシーに乗り込み、彼の住む都内のタワーマンションへと移動した。
「ごめん。上に荷物を置いて着替えてくるから、そこのソファにかけて待ってて」
「うんっ、わかった」
エントランスに到着すると、キノはそう言って、キャリーケースを引いて奥のエレベーターホールへと繋がる自動ドアの向こうへ消えていった。
私は彼を見送った後、広々としたロビーの隅にある、ふかふかの高級そうなソファにストンと腰を下ろした。
(相変わらず、すごいところだなあ……)
このマンションに来るのは、あの大雨の夜に泊めてもらった時以来、これで二度目だ。
大理石の床に、ホテルのような高い天井。ただこうして座っているだけでも、「私なんかがこんな所にいて場違いじゃないかな」と勝手に緊張してしまい、自然と背筋がピンと伸びてしまう。
私はキノが戻ってくるまでの間、少しでもそわそわした気持ちを落ち着かせるために、スマホを取り出して画面をスクロールしながら時間を潰した。
――十数分ほど経った頃だろうか。
ウィーン、と、奥のエレベーターホールの自動ドアが開く微かな音がした。
それと同時に、ふわりと……甘く瑞々しい、柔らかな香りがロビーの空気を伝って漂ってきた。
「ん……?」
その素敵な匂いに釣られ、私はスマホからパッと目線を上げた。
そして、視界に飛び込んできた光景に……頭の中が、一瞬で真っ白になった。
「えっ……」
「光」
私を呼ぶ、低くて優しい声。
声の主はもちろんキノだったのだけれど……
私の目は、彼の顔よりも先に、その両腕に抱えられているものに釘付けになった。
淡いピンク色のバラやチューリップがぎっしりと束ねられた、両手で抱えきれないほど大きな、美しい花束だった。
キノは私のもとへ歩み寄ると、ソファに座っている私の目の前で、スッと片膝をついてしゃがみ込んだ。
「……遅くなったけど。これ、付き合った記念のプレゼント」
そして、私と真っ直ぐに目線を合わせると、抱えていたその大きな花束を、私の膝の上にそっと優しく乗せたのだ。
「っ……!!」
膝に伝わる、ずっしりとした花束の重み。
そして、下から私を見上げる、甘く蕩けそうなキノの綺麗な瞳。
あまりにもロマンチックで、映画やドラマの中でしか見たことがないようなシチュエーションに、私は全身の血が沸騰したように赤面し、完全に息が止まりそうになった。
(私……こんなに、幸せでいいのかな……っ)
こんなにカッコよくて完璧な人が、私のために、こんなに綺麗な花束を用意してくれていたなんて。
彼がどれだけ私のことを大切に想ってくれているかが痛いほど伝わってきて、胸の奥がギュッと締め付けられる。
一気に視界が熱い涙で歪み、ピンク色の花びらが滲んで見えなくなった。
「……こんなの……初めてすぎて……っ。すごく、嬉しい……っ」
私は、震える声でやっとの思いでそれだけを口にした。
「……そう言ってもらえて、よかった」
キノはふわりと愛おしそうに目を細めて、柔らかく微笑んだ。
その優しすぎる笑顔を見たら、堪えていた涙がポロポロと溢れ出して止まらなくなってしまった。
「うんっ……ひぐっ……。本当に、ありがとう……っ」
「……喜ばせてあげたかったはずなのに、泣かせちゃったな……」
キノは少しだけ困ったように眉を下げると、大きな手で私の頬を伝う涙をそっと拭い、そのまま私の手を取って、ソファから優しく立ち上がらせてくれた。
「……ううん……っ。嬉しくて……幸せで、泣いてるの……っ」
私は、涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、彼に向かってとびきりの笑顔を向けた。
すると。
彼は、どこかホッとしたような、それでいて過去の痛みを思い出すような……酷く切なくて、甘い顔をして、小さく呟いた。
「……よかった。……やっと、渡せて」
「……え?」
私は、感動で涙ぐみながらも、キノのその唐突な言葉にポカンと首を傾げた。
『やっと』? 今日、出張から帰ってきたばかりなのに?
私が不思議そうに彼を見つめ返した、その時だった。
「っと、ごめん」
キノは、自分が感傷的な空気を出してしまったことに気づいたのか、ハッとして一瞬だけ照れくさそうに目を逸らした。
そして、空気を切り替えるように、私の腕の中にあった大きな花束をスッと軽やかに奪い取った。
「これは重いから、俺が持つよ。……さあ、駐車場急ごう。このままだと予約の時間に間に合わなくなる」
「えっ!? ちょっと、時間タイトすぎない!?」
余韻も何もないキノの急な切り替えに、私は思わずツッコミを入れてしまった。
「いいから、行くよ」
キノは空いた方の手で私の手をギュッと強く握りしめた。
「あっ……もうっ」
文句を言いながらも、彼に引かれる手はすごく温かくて。
ピンクの大きな花束を片手で抱えながら、私をエスコートして歩く彼の大好きな後ろ姿を見つめながら……私は、自分の顔がまたしてもだらしなく緩んでいくのを、どうしても止めることができなかった。




