16章 花束と誰か ①
空港の到着ロビー。
家族連れや、幸せそうに寄り添うカップル、出張帰りのビジネスマンなど、大勢の人が行き交う中、私は一人、到着口の近くでソワソワと落ち着きなく立ち尽くしていた。
「よしっ……!」
私は両手でハンドバッグをギュッと握りしめ、バクバクと五月蝿い心臓を落ち着かせるように、小さく声に出して自分に言い聞かせた。
あと少しで、キノに会える!
そう、今日は……つい数日前、この同じ空港で『仮の恋人』を卒業し、本当の『彼氏』になったキノが、アメリカから帰国する日なのだ。
あの日から、キノはアメリカに戻って、とんでもない量の仕事をこなしていたはずだ。それなのに、昼夜の時差があるにも関わらず、毎日必ずLINEや電話で連絡をくれていた。
文字のやり取り自体は、今までと特別変わったわけじゃない。
でも、やっぱり相手が「彼氏」だと思うと、メッセージが一通届くたびに顔がカッと熱くなって、スマホをベッドに放り投げたくなるくらい恥ずかしくなってしまうのだ。
しかも、本来なら一週間の予定だったアメリカ滞在を、キノはなぜか異例の早さで切り上げ、三日も早く帰ってくることになった。
そして、その帰国日は『たまたま』私がお休みの、日曜日。
なので、珍しく仕事の予定が入ってないキノと一緒に、一度彼のマンションに戻り、その後、外食をする予定になっている。
ニヤケすぎて変な顔にならないように、しっかり表情筋を引き締めなきゃ!
私がそんな一人芝居を頭の中で繰り広げていると、ハンドバッグの中に入れていたスマホが、ブブッと短く震えた。
「あっ……!」
慌ててスマホを取り出すと、画面にはキノからの短いメッセージ。
『空港着いたよ。今出るところ』
顔を上げると、到着案内の電光掲示板が切り替わっていた。
私は人混みの中から、必死に背伸びをして彼の姿を探した。
そして、しばらくすると。
自動ドアが開き、大勢の旅行客に紛れて……遠くからでも一際目を引く、片手でキャリーケースを引きながら歩いてくる洗練された姿が現れた。
……キノだ……っ!
「キノっ!!」
私はたまらず、パタパタと小走りで彼に駆け寄った。
私の声に気づいたキノはふっと足を止め、その綺麗な切れ長の目を、これ以上ないほど甘く細めた。
「……お待たせ」
私は、彼の顔を見上げた瞬間、思わずピタリと固まってしまった。
――眩しい。
目の前に立っているキノの全身から、キラキラとしたエフェクトが放たれているように見える。
いや、元からずば抜けて綺麗でカッコいい人だったけど! でも、今までとは明らかに違う……っ!!
『彼氏フィルター』がかかっているせいで、破壊力が何十倍にも跳ね上がっているのだ。
そう自覚しただけで全身の血がドッと顔に集まり、私はみるみるうちに茹でダコのように真っ赤になってしまった。
「うんっ…」
「……ただいま」
キノは鼓膜がとろけそうな甘い声でそう言うと、空いている方の手を伸ばし、ポン、と優しく私の頭を撫でた。
(やばい、ヤバいヤバい……っ。しっかり気を持て、私!)
「お、おかえりっ……」
あまりの恥ずかしさに、私は彼の真っ直ぐな瞳を見つめ返すことすらできず、思わず視線を泳がせてしまう。これ以上、至近距離で彼に見つめられたら、ショートしてこのままロビーの床に倒れてしまいそうだ。
すると、そんな私に、キノがふいに問いかけてきた。
「……それだけ?」
「えっ!」
私はビクッと肩を揺らした。
(もしかして私、緊張しすぎて、何か気を利かせたお迎えの言葉を言い忘れちゃった!?)と、ハワワと慌てふためく。
キノは、私の反応を楽しむように少しだけ意地悪く微笑んだ。
「一応、付き合ってから初めての再会なんだけど」
「付き合ってからの……っ!!」
サラッと、なんて恥ずかしいことを言うの!!!
私は限界を迎えて、恥ずかしさのあまりギュッと目をつむり、思い切り下を向いて俯いてしまった。
すると、キノが少しだけ屈み込み、下から私の顔を覗き込んできた。
「……顔、見せて?」
「っ!!!!」
キノの顔が、めっちゃ近い!!!
透き通るような綺麗な肌に、長いまつ毛。顔が綺麗すぎて、これ以上見つめられたら本当に心臓がもたない。
私は、この爆発しそうな緊張と照れがバレたくなくて、必死にさらに深く俯き、両手で自分の顔を隠した。
「無理っ!」
「……なんで?」
キノは、本当に理由がわからないというように不思議そうな声を出した。
「だって、だって……っ! キノが、カッコいいから!!」
私が思い切って本音を叫んだ、次の瞬間。
「…………っ」
再会してからずっと余裕そうだったキノが、ピタリと動きを止め、初めて言葉を詰まらせて黙り込んだ。
私は不思議に思い、両手の隙間から恐る恐る顔を上げてみる。
「……あれ、キノ……?」
すると彼は、私からふいっと顔を横に向け、片手で自分の口元を覆い隠していた。
「……なんでもないっ……行くよ」
そして彼は、少し乱暴な手つきでパシッと私の手を握ると、自分の照れをごまかすように、私を引っ張るようにして前を歩き出した。
(……もしかして、キノも?)
少し前を歩く彼の横顔を盗み見ると、口元を隠している手から覗く彼の頬や耳までが、ほんのりと赤く染まっている気がした。
いつもポーカーフェイスで、昔から「カッコいい」なんて言われ慣れているはずのキノ。
私みたいに全然照れたりしないのかなって思っていたけれど……一緒なんだ。
その事実に気づいた瞬間、私の中で張り詰めていた緊張が、ふわりと解けていくのを感じた。
ぎゅっと握られた彼の手の温もりにはまだ全然慣れていなくて、触れているだけで心臓はドキドキしっぱなしだけど。
(少しずつでも、こうやって二人で進んでいけたらいいな)
私は、繋いだ彼の手のひらから伝わる熱に胸を弾ませながら、二人でキノの住むタワーマンションへと向かうため、タクシー乗り場へと歩き出した。




