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14章 あなたの幸せのために ④

————————————



都内の某タワーマンションの高層階。


 

照明を落とした薄暗い部屋の中で、大理石のテーブルに置かれたスマホの画面を見つめながら、私はゆっくりと口角を上げた。



 

「ふふ……っ。あはははっ!」



 

すべて、完璧に私の思い描いたシナリオ通り。

狙い違わず、あの愚かな光は、自ら秀介くんの手を振り払って離れていった。




 

「フハハハッ!! あーあ、本当にいい気味!!!」





 

私は歓喜のあまり、誰もいない部屋中に響き渡るような高い声で笑った。


 

テーブルの上のスマホを手に取り、先ほどまで繋がっていた録画データをもう一度再生する。


 

実は、私が雇ったあの探偵には、週刊誌の記者に突撃させた後も、ずっと光の跡を尾行させていたのだ。


 

そして今日、待ち合わせ場所のビル前で、光が秀介くんに決定的な別れを告げる最高の場面を、リアルタイムのビデオ通話で私に中継させていた。



 

画面の中で、絶望に顔を歪めて去っていく光と、呆然と立ち尽くす秀介くんの姿が映し出されている。



 

(ふふっ、このどん底に突き落とされた光の顔、ウケる!)



 

あんたみたいな、何の取り柄もない身の程知らずのモブ女が、秀介くんに近づくからいけないのよ。

本当にいい気味。



 

私はテーブルの上に放り出されていた、一枚の名刺を真っ赤なネイルの指先でツーッとなぞった。



 

「あの『田辺』っていう三流記者も、なかなかいい仕事やってくれたじゃない♡」



そう、あの記者が光に突撃したのも、ぜーんぶ私が裏で仕組んだこと。


 

知り合いのツテを辿って、「秀介くんの幼馴染の『一途名光』っていう地味な女にインタビューしたら、彼の色恋沙汰について何か面白いネタが引き出せるかもしれませんよー」と、上手く誘導して告げ口をしたのだ。

 

(あの田辺という記者は、秀介くんが大物女優と一般人の間で二股をかけているかも、というドロドロのゴシップを期待していたみたいだけどね。まあ、秀介くんを神様みたいに信じ切っている光のことだから、きっぱり否定して、美味しい記事のネタにはならなかったんでしょうけど……)



 

 

でも、そんなことはどうでもいい。私の真の目的は、秀介くんのゴシップ記事を世に出すことではないのだから。



 

 

光は案の定、あの記者の口車に乗せられて根深いコンプレックスをえぐられ、あの脳内お花畑のお馬鹿さんは「彼にふさわしいのは私じゃない」「秀介くんの幸せのために、私は身を引くべきだ」と勝手に悲劇のヒロイン気取りで完結して、このザマよ。




 

 

(光? 本当に欲しいものは、這いつくばってでも、何があっても手放しちゃいけないのよ? ……まあ、あんたにはもう手遅れだけど!!!♡)




 

 

……しかし、まだだ。

 

私は、机に置いていた、卓上のカレンダーを見つめた。


 

最後に一つだけ、私のこの完璧な計画の総仕上げとなる『最後の工程』が残っている。



 

あの二人が、二度とコンタクトを取れないようにすること。



 

いずれ出回る秀介くんと南川優子の記事を見て、秀介くんが「光が距離を置いたのはこの記事のせいだったのか」と気づき、彼女に接触して誤解を解き、また二人がくっつく……なんていう最悪の事態を完全に防がなければならない。



 

 

でも、それは「今のタイミング」じゃない。



 

あの記者が書いたフェイク記事が実際に世に出るのは、二週間後だ。



 

もし今の段階で私が光に連絡を取り、「秀介くんのこと聞いたよ」なんて慰めの電話を入れたら、記事が出る前に情報を知っている私を、いくら鈍感な光でも怪しむかもしれない。

頭の切れる秀介くんが後から『犯人探し』をした時、私に疑いの目が向くような隙は、一ミリたりとも残してはいけないのだ。




だから、今はまだ動かない。

二週間後。実際にあの記事が世間の目に触れた直後のタイミングで、私は「傷ついた親友」という仮面を被って光にコンタクトを取る。


    

 

そして、すっかり弱り切っている彼女の心に付け込み、秀介くんには二度と連絡を取らないように徹底的に洗脳してやるのだ。


 

「あと……もし記事がすぐガセネタだって報道されても、『芸能界ではイメージを守るためにわざと否定することなんてよくあることなんだよ』って、優しく教えてあげるわ♡」




 

最後に、光が泣いて気を抜いている隙に、彼女のスマホを操作して、秀介くんの連絡先をすべて着信拒否にし、SNSもブロックさせる。




 

そこまで徹底的に逃げ道を塞げば、あの誰よりも相手を尊重する「優しい」秀介くんだ。



突然連絡が一切取れなくなり、明確に拒絶の意思を示してきた女を、無理追うことなんて絶対にしない。



 

 

(それまでに……この二週間の間に、二人の間に何もなければいいのだけど……)



 

私は一瞬だけ思考を巡らせたが、すぐに鼻で笑った。



 

でも、大丈夫。今のところ、秀介くんも南川優子も、自分たちが週刊誌に嗅ぎ回られ、記事にされようとしていることになんて全く気づいていないのだから。



 

私はスマホを放り投げ、ピンク色のベッドに思い切りダイブした。


 

ああ、もう少しで完成する。



 

未来永劫交わることのない、完璧な秀介くんと、冴えないモブ女の光のシナリオ。


 

まあ、そもそも住む世界が全く違うのだから、それは当然の結末よね。


 

それを、この私が少しだけ背中を押して、最後にとどめを刺してあげることで、完全にそのシナリオを『正解』にしてあげるの。



 

(これで、光は完全にゲームアウトよ)


 

私はふかふかの枕に顔を埋め、誰にも邪魔されない至福の笑い声を上げ続けた。

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