12章 さよなら、私の初恋 ②
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ちゅん、ちゅん。
窓の外から、長閑な鳥のさえずりが聞こえてくる。
朝の十時。見上げれば雲一つない、見事な快晴だった。
私は実家で、休日の家事のお手伝いをしていた。
お母さん、お父さん、そして私の三人分の洗濯物を二階のベランダに運び、シワをピンと伸ばしながら物干し竿に干していく。
お日様の匂いと少し冷たい春の風が心地よくて、自然と心が穏やかになっていくのを感じていた。
すると、エプロンのポケットに入れていたスマホが、ブブッと短く震えた。
「あっ」
手を拭いてスマホを取り出すと、画面には『青田 啓司』の名前が映し出されていた。電話の着信だ。
昨日、彼から思いがけないメッセージが届いていた。
あのクリスマスの日、約束をドタキャンされて、もう二度と連絡を取ることも、私から連絡することも絶対にないと思っていた相手。
以前までの私なら、きっとここでひどく弱腰になっていたはずだ。
『また何か辛いことを言われるんじゃないか』『都合よく使われるんじゃないか』と、マイナス思考の渦に飲み込まれて、電話に出ることすらできなかったかもしれない。
でも、今の私は違う。
この数ヶ月間、幼馴染で一番大切な人——キノが、不器用なほどの優しさで、すり減っていた私の心に少しずつ「自信」を与え続けてくれたから。
(次はちゃんと、連絡をしてくれるんだ……)
逃げずに彼と向き合おう。そう思えた自分の変化を少しだけ誇らしく思いながら、私は通話ボタンを押して、スマホを耳に当てた。
「もしもし」
『おう、久しぶりっ!』
電話の向こうから、あの懐かしい元気な声が聞こえた。
この声を聞くのは、一体いつぶりだろう。
「久しぶり……。青田、元気にしてた?」
かつて私の世界の全てだった初恋の人の声を、どこか客観的に、懐かしく思いながら聞いてみる。
『おう、元気にしてるよ。一途名も元気そうでよかった』
彼の声を聞いて、ふと違和感を覚えた。
あの頃の、ただ自信に満ち溢れて自分勝手だっただけの声じゃない。どこか相手を気遣うような、不器用な優しさと誠実さが混ざったような響きがあったのだ。
「うん……ありがと。おかげさまで」
そう答えた私の脳裏に、自然とキノの顔が浮かんだ。
もし、あのクリスマスの夜に青田にドタキャンされていなかったら。寒空の下で泣いていた私を、キノが見つけて抱きしめてくれていなかったら。
きっと私は、キノとただの幼馴染のままで、自分の本当の気持ちにも気づけないままだった。
『うん。あのさ……いきなりで悪いんだけど。今日、俺デイゲームの試合があって。それが終わったら、一途名の最寄り駅まで行ってもいいか? どうしても、直接伝えたいことがあって』
青田の声は、いつになく真剣なトーンだった。
「えっ……」
私は思わず口を開けた。
あの青田が、わざわざ私の地元の駅まで来る?
付き合っていた頃でさえ、そんなことは一度もなかった。彼がスター選手になってからはもちろん、関係がまだ良かった頃でさえ、会うのは決まって彼に都合のいい場所と時間ばかりだったのに。
『……行っても、いいか?』
彼から発せられる、重みのある言葉。
過去の私なら、彼のこの変化に戸惑い、また淡い期待を抱いてしまっていたかもしれない。
でも、今の私の心は、驚くほど凪いでいた。
私の脳裏に浮かぶのは、青田と過ごした過去の思い出ではない。
私をいつも真っ直ぐに見つめ、あの綺麗な目を細めて優しく微笑んでくれる、キノの顔だけだった。
うん……大丈夫。
私には、キノがいる。私を本当に大切にしてくれる人がいる。
だから、もう過去の幻影に振り回されたりしない。
「……いいよ」
私は、しっかりと前を向いて答えた。
『ありがとう! じゃあ、試合が終わったらまた連絡する』
電話が切れ、ツーツーという無機質な音が耳に響く。
私はスマホを耳から離し、ベランダから広がる、どこまでも青く澄み渡った空を見上げた。
(うん。私の初恋を……ちゃんと、終わらせよう)
自分の心の中にある『過去』にきっちりと区切りをつけて、『未来』へ進むために。
私は、キノがくれた温かい自信を確かめるように、両手でスマホをギュッと握りしめた。




