10章 嫉妬 ①
タクシーの窓の外を、高層ビル群の無機質な景色が次々と流れていく。
流れる景色を反射する窓ガラスには、今日も完璧なメイクと上質な服で着飾った、美しい私の姿が映っていた。
これから私は、この大都会の中心で働く、私の「最愛の人」に会いに行く。
彼にふさわしいのは、どう考えてもこの私しかいない。
――事の発端は、数日前に遡る。
その日の夜、私は自宅のベッドに寝転びながら、スマホの画面に穴が開くほどの執念で検索を繰り返していた。
ターゲットは、秀介くんの会社のロビーにいた、あのヤケに態度のデカかったサラとかいう派手な女だ。
秀介くんとヤケに親しげに話し、この私を小馬鹿にしたような目で見てきたあの女。ただで済ますわけがない。私はあの日、彼女の首からかかっていた社員証に書かれていたフルネームを、一言一句狂わずに記憶していた。
そして、あらゆるSNSの検索窓にその名前と断片的な情報を打ち込み続けること数時間。
とうとう、鍵のついていない公開アカウントで、あの女の写真と名前が完全に一致するものを見つけ出したのだ。
「……やりー♡ 私ってば、やっぱり天才」
暗い部屋の中、スマホのブルーライトに照らされた私の唇が、三日月のような弧を描く。
何か、彼女を秀介くんから引き離す弱みや手がかりはないか。私は獲物を解体するような気分で、そのアカウントの投稿を一つ残らず遡り始めた。
投稿はどれも英語ばかり。どうやらニューヨークで育ったらしい。
(まあ、あの日もカタコトの日本語だったし、いかにもって感じだけど)
そして、彼女がニューヨークにいた頃の投稿の中に、私の目を引く一枚の写真があった。
ホームパーティーのような場所で、数人の男女が身を寄せ合って笑っている写真。
『My Dear Family (親愛なる私の家族)』
そのキャプションが添えられた写真の端に、紛れもなく、私がいま世界で一番手に入れたい男――秀介くんが写っていたのだ。
「なるほど……あの女と秀介くんは、恋人とかそういうのじゃなくて、家族ってこと」
少しだけ、胸の奥のつっかえが取れる。
ていうか、ムカつくけど、写真に写ってる人たち全員、腹立たしいくらいに美形ばかりだ。
(まあ、私には劣るけどね……。でも、秀介くんがあんなにイケメンなのも、納得の血筋ってわけだ)
さらに投稿を遡っていくと、空港らしき場所での写真に行き当たった。
キャリーケースを引いて歩く高身長の男性――秀介くんの後ろ姿がわざと見切れるようにして、あの女が自撮りしている写真だ。
『I’ll work hard to become a lawyer like my cousin, whom I deeply respect! Starting my journey in Japan.
(尊敬する従兄弟みたいな弁護士になるために頑張る!日本で新たなスタート!)』
「……従兄弟?」
なるほど。あの女は秀介くんの従姉妹で、弁護士になるために日本へやってきたということか。
確か以前、秀介くんの母親がニューヨーク出身の日系アメリカ人だと聞いたことがある。辻褄は完全に合っていた。
ただの従姉妹。女として張り合う価値もない。
現に、秀介くんがプライベートで写り込んでいるのも、膨大な投稿の中でこの二枚だけだ。それ以上でも以下でもない関係なのだろう。
「なんだ、ハズレか。バカみたい」
私がつまらなくなって、そのSNSアプリを閉じようとした、その瞬間だった。
ポコッ。
画面の上部に、ポップアップ通知が表示された。あの女の、新しい投稿だ。
私は何気なく、その通知をタップした。
「――はぁっ!!?」
開いた画面を見た瞬間、私の喉から、醜いカエルのような声が漏れた。
自分でも信じられないほどの衝動に駆られ、持っていたスマホを力任せに壁に向かって投げつける。
ガンッ! と鈍い音を立てて、スマホが床に転がり落ちた。
「嘘……嘘でしょ、嘘でしょ……ッ!」
拾い上げたスマホの画面には、ヒビが入っていた。
だが、そこに表示された画像は、私の脳を沸騰させるには十分すぎた。
夜のテーマパーク。色とりどりのイルミネーションを背景に、キャラクターのカチューシャをしてふざけているあの女の自撮り写真。
その奥。ピントは少し甘いけれど、絶対に見間違えるはずがない二人の姿が写り込んでいた。
柔らかい笑顔で、愛おしそうな顔をした秀介くん。
そして、その隣には――間抜けなウサギの被り物をして、彼を見上げて幸せそうに微笑む、あの冴えない地味女。
『光』が、写っていたのだ。
ただの幼馴染?
ふざけないで。あんな甘く蕩けるような空気、ただの幼馴染の間に流れるわけがない。
「私が、あの野球バカを利用して適当に付き合ってやってる間に……っ!」
秀介くんが日本に帰ってきたと知ってからは、野球バカからの鬱陶しい連絡なんてすべてスルーしてあげているというのに。
それなのに、あの地味女は、私の欲しいものをコソコソと横取りしようとしていたというの?
「許さない……」
気がつけば、私の声は地を這うように低く、震えていた。
ギリギリ、と奥歯を噛み締めるような生易しい怒りではない。
私の手は怒りで小刻みに震え、綺麗に整えられたネイルが、自分の手のひらに深く食い込んでいた。皮膚が破れ、じわっと赤い血が滲むのを感じても、痛みなど全く感じない。
「絶対に許さない。あの女だけは、絶対に、私の足元に這いつくばらせてやる……!」
割れたスマホの画面の向こうで幸せそうに笑う光の顔を、私は血の滲む指で、何度も、何度も強く擦り潰した。
ドロドロとした黒い泥のような嫉妬と憎悪が、私の全身を支配していく。
待っていなさい、光。
あなたが今登りつめているそのちっぽけな幸福の絶頂から、一番残酷な方法で、奈落の底に突き落としてあげるから。
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薄暗い部屋で一人、血の滲む手で狂ったように笑う自分の姿を思い出しながら、私はタクシーのシートに深く背中を預けた。
もうすぐ、秀介くんのオフィスに着く。
アンタなんかに秀介くんを渡さない...




