8章 照れ隠し〜秀介目線①〜
ある日曜日の朝、俺は千葉に向かう高速道路で車を走らせていた。
数年振りの丸一日休みだ。
そんな特別な一日は、家族と、横に座っている1番大切な彼女の過ごす...
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母さんと光、そして途中から合流したサラを乗せて、車は無事にテーマパークへと到着した。
エントランスをくぐった瞬間、目の前に広がる非日常の光景に、サラが目をキラキラと輝かせた。
「ワオ! アメージング!!」
隣では、母さんもまるで少女に戻ったかのように楽しそうな笑顔を浮かべている。
ふと隣を歩く光を盗み見ると、彼女もまた、この華やかな雰囲気に当てられたように、目を輝かせて周囲を見渡していた。
いつもはカジュアルな服が多い彼女が、今日はフェミニンな服を着て、髪も綺麗に巻いている。
今朝、駅のロータリーで待ち合わせた時にその姿を見た瞬間から、俺の心臓は実はずっと警鐘を鳴らしっぱなしだ。
(……可愛すぎる)
そんな内心の動揺をひた隠しにしながら、俺は暴走気味にはしゃぐサラを見て、わざとらしく呆れたようなため息をついてみせた。
けれど、今日だけは仕事のプレッシャーから解放され、愛しい光が隣で楽しそうに笑っているという事実だけで、俺の表情は自分でもわかるくらいに緩んでいた。
「みてー! ミサ! このカチューシャ似合う?!」
「わお! サラ、とっても似合ってるわね! 私も買おうかしら」
ゲート近くの巨大なショップに入ると、サラと母さんがキャッキャと楽しそうにキャラクターのカチューシャや被り物を手に取って盛り上がり始めた。
28歳のサラはともかく、還暦を過ぎている母さんまで全力で楽しもうとしている姿は、息子から見ても微笑ましかった。本当に病気が完治して良かったと肩を撫で下ろす。
「……若いねー」
「だね」
彼女たちから少し離れた場所から、若々しく盛り上がる二人を遠目に眺めながら、俺と光はポツリと呟き合った。
俺はふと、隣に立つ光に視線を戻した。
その時だった。
棚の前に立っていた光が、吸い寄せられるように、あるウサギのキャラクターの被り物を手に取った。
愛らしい垂れ耳がついた被り物、いかにもファンシーな代物だ。
(……光の好きなキャラクターだな)
俺の記憶が、昔、彼女の部屋にあった同じキャラクターのぬいぐるみを瞬時に引き出す。
彼女はそのウサギの被り物を、手に持って目をキラキラと輝かせていた。
そして、光は衝動のままに、ポフッとそのウサギの被り物を頭に被ってしまったのだ。
「……っ」
俺は、雷に打たれたようにピタリと固まった。
ただでさえ今朝から可愛いと思っていたのに、そのもこもこのウサギの被り物を被った彼女の破壊力たるや、凄まじかった。
少しだけ恥ずかしそうに、被り物に包まれて、いつもよりさらに小さく見える輪郭。まるで本当のウサギみたいに愛くるしく見える。
視線を感じたのか、光がこちらを見た。
俺が驚いたように見つめていることに気がついた彼女は、被り物の垂れた耳の端を両手でギュッと握りしめ、くりっとした丸い瞳を上目遣いで反射的に尋ねてきた。
「……どう、かな?」
「…………っ」
ドキッ!!
心臓が、肋骨を突き破りそうなほど激しく跳ね上がった。
ダメだ。可愛すぎる。
俺は、切れ長の目を限界まで丸く見開いたまま、完全に言葉を失い、石像のように固まってしまった。
長い沈黙。
俺の反応がないことに気がついた光の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「あ……!」
我に返ったようにハッとした彼女は、自分の行動を後悔したのか、真っ赤になった顔を隠すように俯き、慌てて被り物を外そうと手を伸ばした。
「ご、ごめんなさいっ! 忘れて!」
その声を聞いて、俺の体は思考よりも先に動いていた。
ガシッ。
「えっ?」
被り物を外そうとした彼女の細い手首を、俺の手がパッと強く掴んで遮っていた。
至近距離で見下ろす彼女の顔。
いつもなら絶対に崩さないポーカーフェイスを維持する余裕なんて、今の俺には1ミリも残っていなかった。戸惑いと、隠しきれない熱情が、確実に表情に滲み出ているのが自分でもわかる。
「……似合ってるから、外さないで」
喉の奥から絞り出した声は、自分でも驚くほど低く、少しだけ掠れていた。
「えっ……」
俺の言葉に、光はパチクリと目を瞬かせた。
彼女の瞳が、俺の熱を帯びた視線とぶつかり、ドクン、と彼女の心臓の音が伝わってくるような気がした。
(あぁ、ダメだ……本当に、可愛い)
彼女の困惑したような、でも嬉しそうな表情と、二人の間に流れる甘い空気に、俺の理性は今にも吹き飛びそうだった。
「……あ、ありがとう……」
蚊の鳴くような声で呟く光を見て、俺は耐えきれずにふいっと視線を逸らした。
これ以上彼女を見つめていたら、こんな人が大勢いる店のど真ん中で、彼女を抱きしめてしまいそうだったからだ。
俺はこの気恥ずかしい空気と、暴走しそうな自分の感情を誤魔化すように、彼女の頭に被っていたウサギの被り物をそっと両手で外した。
「これ、買ってくる」
俺はウサギの被り物を小脇に抱え、くるりと背を向けて逃げるようにレジの方へと歩き出した。
「ま、待って! 自分で買うからー!!」
背後から光が慌てて俺を引き留めようと追いかけてくる音がする。
俺は、顔に集まった熱を冷ますように小さく息を吐きながら、必死に平静を装ってレジの列に並んだ。




