8章 温かい言葉 ⑤
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すっかり日が落ちて、パーク内は夜の闇と色とりどりのロマンチックなイルミネーションに包まれていた。
冷たい夜風が吹いて肌寒いはずなのに、私の心はちっとも寒くなかった。
先ほどのミサおばさんの温かい言葉が、まだ胸の奥をじんわりと温めてくれているからだ。
(あ、あとは……キノが買ってくれた、このウサギのキャラクターの被り物のおかげもあるかな?)
ふと気がつくと、周囲にどんどん人が集まり始めていた。
「なんだろ? 人、多くなってきたね」
私が隣を歩くキノに見上げながら問いかけると、キノはスマホを取り出して手早く調べ始めた。
「……この辺で、もうすぐパレードが始まるみたいだな」
「あっ、そういうことか!」
なるほど、夜のパレード!
昔、「いつか彼氏ができたら、夢の国で一緒にパレードを見たいなぁ」なんて、漠然と憧れていたことがあったっけ。
私は、隣を歩く背筋のピンと伸びたキノの姿をパッと盗み見た。
恋人……ではないけれど。でも、彼とこんな風に並んでパレードを待てるシチュエーションが、たまらなく嬉しかった。
そんな私の様子を後ろから見ていたサラさんが、ニヤッと悪戯っぽく口角を上げたことなど、私は全く気がついていなかった。
「アッ! ミサ!!」
突然、背後からサラさんが大きな声を上げた。
「あら、どうしたの? サラ」
「ワタシ、乗り忘れてたアトラクションあるカラ、ついてきて欲しイ!」
サラさんは強引にミサおばさんの手を握ると、何故かおばさんに向かってパチリと意味ありげなアイコンタクトを送った。
「えっ?」
私とキノは、突然の展開に戸惑って二人を振り返る。
「えーと、シュースケとヒカリチャンは、パレードでも見て待ッテテ! お互い終わッたら合流! じゃあ、マタネー!」
「えっ、ちょっと、サラ……ふふっ、そういうことね。じゃあ二人とも、後でね」
嵐のようなサラさんに手を引かれ、状況を察したらしいミサおばさんもクスクス笑いながら、二人はあっという間に人混みの中へと消えていってしまった。
完全に取り残された私とキノ。
私は恐る恐る、隣に立つキノの顔を見上げた。
暗くてはっきりと表情は見えなかったけれど、彼も「どうしようか?」という顔でこちらを見つめ返していた。
やがて、キノは小さく息を吐くと、私の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「……とりあえず、パレード見よっか」
「……うんっ」
私は、心臓が口から飛び出そうなくらいドキドキしながら、彼の横に並んで歩き出した。
そして、パレードが一番綺麗に見える場所を探して移動しようとしたけれど、想像以上に人が多く、押し寄せる波のような人混みに、私は一瞬キノを見失いそうになった。
「あっ……」
焦って立ち止まった私の前に、キノがサッと振り返る。
「光、こっちだよ」
そう言って、彼は人混みを遮るようにして、私に向かってさりげなく大きな手を差し出してくれた。
「えっ……」
服の袖を掴むべきか、それとも……と、私が一瞬ためらっていると。
「はぐれたら、どうするの?」
キノは少しだけ意地悪な声でそう言うと、手首でもなく、服の袖でもなく——私の手を、彼の手でそっと、でも力強く包み込むように握ってきた。
「っ!」
ドクンッ!!
一気に自分の鼓動が跳ね上がるのがわかった。
キノの手は大きくて、少し骨張っていて、男の人らしい頼もしい温かさがあった。
やばい、これって……本当に、恋人同士みたいだ。
私は顔から火が出そうなほどドキドキしながら、繋がれた彼の手を、ギュッと小さく握り返した。
やがて視界が開け、ベストポジションらしき場所に到着すると、繋いでいた手は自然と離れてしまった。
「あっ……」
その瞬間、手のひらに残った熱が冷めていくようで、どうしようもなく寂しくなる。
でも、私たちは本当の恋人じゃないんだから、ずっと繋いでいる理由なんてないよね……。
すると、パーッと眩しいほどの光が周囲を包み込んだ。
夜のパレードが始まったのだ。
キラキラと輝く巨大なフロートから、夢の国のキャラクターたちが大きく手を振り、光を纏ったダンサーたちが楽しそうに踊っている。
「……綺麗だなぁ」
単純にそう思って、私は横に立つキノをチラッと見上げた。
パレードの眩い光に照らし出された彼の横顔は、長いまつ毛に縁取られた切れ長の瞳がキラキラと光を反射していた。
(本当に、綺麗な人……)
パレードに見惚れているはずが、気がつけば私は、キノの横顔ばかりを見つめてしまっていた。
その時だった。鼻の奥がツンとして、不意に違和感が襲ってきた。
「くっしゅんっ!!」
「わっ……大丈夫?」
大きなくしゃみをしてしまった私に、パレードを見ていたキノが驚いて振り返る。
「う、うん、大丈夫っ!」
私は慌てて鼻に手を当てた。最悪だ、せっかくのいい雰囲気をぶち壊してしまった!
心はキノやミサおばさんの言葉のおかげでポカポカに温かかったけれど、実際は冬の夜の冷え込みで、体はすっかり冷え切ってしまっていたらしい。
すると。
ふわっと、私の肩に大きくて温かいものが覆い被さった。
「えっ?」
驚いて見上げると、キノが自分が着ていた上着を脱いで、私の肩に優しくかけてくれたのだ。
彼の体温と、ほのかに香る爽やかな香水の匂いが、私をふわりと包み込む。
「これ、使って」
「えっ、でも、キノは寒くないの!?」
私は慌てて彼に上着を返そうとした。
すると、キノは少しだけ困ったように微笑んで、静かに口を開いた。
「じゃあ……ちょっとだけ、近くにいてもいい?」
そう言うと、キノはスッと、肩と肩が触れ合うくらいギリギリの距離まで私に近づいてきた。
「っ……!」
心臓が跳ねた。
キノが近い。いい匂いがする。隣から伝わってくる彼の体温で、自分の体温まで一気に急上昇していくのがわかる。
私は恥ずかしさのあまり顔が真っ赤に茹で上がり、完全に言葉を失ってしまった。
そんな私を、キノは少しだけ上から覗き込むようにして見つめ、フッと柔らかく微笑んだ。
「……ありがと。ちょっと温かくなったよ」
「う、うん……っ、あったかい、ね……」
私は耳の先まで真っ赤にしながら、キノの確かな体温を感じていた。
恋人ではない私たちにとっては、肩が触れ合うこの距離感だけでも、息が止まりそうになるくらいに近くて、甘かった。
眩いパレードの光と音楽が、言葉を失った二人を優しく包み込んでいた。




