8章 温かい言葉 ③
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私たちは無事に某テーマパークへと到着した。
ゲートをくぐった瞬間、目の前に広がる夢の国の光景に、サラさんが目をキラキラと輝かせる。
「ワオ! アメージング!!」
隣では、ミサおばさんも少女のように楽しそうな笑顔を浮かべていた。
私も、ここに来るのは学生時代以来だ。
34歳という立派なアラサー年齢ではあるけれど、日常とは全く違う華やかな雰囲気に包まれると、自然と胸がワクワクしてくる。
ふと隣を見ると、キノは暴走気味にはしゃぐサラさんを見て呆れたようにため息をついていた。けれど、いつも仕事に追われている時に見せる険しい顔とは違い、その表情はどこか軽く、リラックスしているように見えた。
「みてー! ミサ!このカチューシャ似合う?!」
「わお! サラ、とっても似合ってるわね! 私も買おうかしら」
ゲート近くの巨大なショップに入ると、サラさんとミサおばさんがキャッキャと楽しそうにキャラクターのカチューシャや被り物を手に取っていた。
28歳のパワフルなサラさんはともかく、還暦を過ぎているミサおばさんまで全力で楽しもうとしている姿が微笑ましい。
「……若いねー」
「だね」
2人から少し離れた場所から、若々しく盛り上がる二人を遠目に眺めながら、私とキノはポツリと呟き合った。
なんだか、ミサおばさんよりも、私たち二人の方が、ずっと心が歳をとっているような気がする。
そんなことを思いながら店内を見渡していた時、ふと、棚に並んでいたあるウサギのキャラクターの被り物に目が止まった。
(あ、これ……私が昔から大好きなキャラクターだ)
もこもことした手触りと、愛らしい垂れ耳。
普段の私なら「年齢に合わないし」と絶対に手に取らないような代物だ。でも、ここは夢の国。その不思議な魔法のパワーにあてられた私は、吸い寄せられるようにそのウサギの被り物を手に取ると、衝動のままにポフッと頭に被ってしまった。
視線を感じて横を見ると、キノが驚いたように私を見つめていた。
「……どう、かな?」
被り物の垂れた耳の端を両手でギュッと握りしめ、私は反射的にキノに尋ねてしまった。
「…………」
キノは、整った切れ長の目を丸く見開いたまま、ピタリと固まってしまった。
長い沈黙。
(……あ!)
我に返った瞬間、全身の血がカッと顔に集まるのがわかった。
私、34歳のくせして何してるんだ!!!
相手は、弁護士として日々難しい仕事をしている、精神年齢が高すぎるキノだ。そんな彼から見たら、いい歳してはしゃいでるだけの、痛い女にしか思われないに決まってる!
「ご、ごめんなさいっ! 忘れて!」
私は真っ赤になった顔を隠すように俯き、慌てて被り物を外そうと手を伸ばした。
ガシッ。
「えっ?」
外そうとした私の両手を遮るように、キノの大きくて温かい手が、私の腕をパッと強く掴んだ。
至近距離で見上げる彼の顔は、いつもの冷静なポーカーフェイスが崩れ、どこか戸惑っているような、落ち着かない表情をしていた。
「……似合ってるから、外さないで」
少しだけ掠れたような、低い声。
熱を帯びた瞳で見つめられ、ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
(あれ……? いつも冷静なキノが、なんだかすごく、照れてる……?)
彼に「似合ってる」と言われたことが信じられないくらい嬉しくて、それ以上に、彼が見せる初めての不器用な表情と、甘い空気に、胸がキュンと締め付けられるようにドキドキする。
「……あ、ありがとう……」
私が蚊の鳴くような声で呟くと、キノはふいっと視線を逸らした。
そして、この気恥ずかしい空気を誤魔化すように、私の頭に被っていたウサギの被り物をそっと両手で外した。
「これ、買ってくる」
彼はウサギの被り物を小脇に抱えると、くるりと背を向けてレジの方へと歩き出そうとする。
「ま、待って! 自分で買うからー!!」
私は慌てて彼を引き留めようと、その後ろ姿を追いかけた。
「フフッ、二人ともいい雰囲気ね」
「オー! ヒカリチャン、カワイイ! シュースケも、メロメロダネー!」
そんな私たちのドタバタなやり取りを、少し離れたカチューシャ売り場の鏡の前から、ミサおばさんとサラさんがニヤニヤと満面の笑みで眺めていることなど、この時の私には知る由もなかった。




