8章 温かい言葉 ①
3月に入り、肌を刺すような寒さは残るものの、ふとした瞬間に春の兆しを感じられるようになったある日のこと。
私はお昼休み、いつも仲良くしてくれている先輩にもらったハチミツ紅茶を淹れようと、給湯室に向かっていた。
給湯室に近づくと、中から同じ部署の正社員の女の子二人の声が聞こえてきた。
「ねー!どうするのー? 今夜の合コンの人数合わせ!」
「そうねー。今日の相手は大手銀行マンだから、できればあと一人、女の子揃えなきゃよね」
「今日誰か誘うしかなくない? うちの部署、フリーな女性社員いたっけ?」
今日は華の金曜日。合コン日和だ。
声の主の二人は、うちの会社でも目立つ、華やかなタイプの女性社員だ。
派遣社員の私には関係のない話だと思い、そっと引き返そうと踵を返しかけた時だった。
「あっ! 一途名さん! フリーじゃなかった?」
思いもしなかった自分の名前に、ピタリと足が止まった。
今日に特別な予定はないけれど、そんな華やかな場は私には場違いだ。絶対に浮いてしまう。
できれば行きたくない……。背中に冷や汗をかいた、その時。
「フッ、一途名さんはないでしょー! オバサンだし、地味で可愛くもないし。男側にがっかりされるじゃん」
クスッと、嘲笑うような若い声が聞こえた。
「確かにー! 引き立て役にはいいかもだけど」
これ以上、聞きたくなかった。
私は二人に気付かれないよう、息を殺してその場から逃げるように立ち去った。
自分のデスクに戻る道すがら、さっきの言葉が頭の中でぐるぐるとこだまする。
——オバサンだし。地味で可愛くもないし。
自分自身で分かりきっていて、とっくに受け入れている事実だ。
でも、いざ他人の口からはっきりと突きつけられると、流石に心が抉られるように傷つく。
私はデスクに戻る前に、ふらりとトイレに立ち寄り、鏡に映る自分の顔をマジマジと見つめた。
「私、老けたなぁ……」
目の下にはうっすらとクマが浮かび、少し目立ち始めたほうれい線。頬のあたりも、以前より少し弛んでいるような気がする。
ふぅ、と深すぎるため息が漏れた。
そして、脳裏にすぐに浮かぶのは、あの人の姿。キノだ。
キノは同じ歳だというのに、肌も綺麗で、くっきりとした美しい輪郭をしている。私の何十倍も激務をこなしているはずなのに、あの瞳に疲れを感じたことは一度もない。
「私、キノに釣り合ってないなぁ……」
分かりきっていたことだ。
キノと一緒にいる時間が増えれば増えるほど、痛感する。キノが住む洗練された華やかな世界と、地味な私の世界。その差はあまりにも大きすぎる。
でも、キノと一緒にいる時の自分は好きだ。自然と心から笑えている気がする。
だから、彼に少しでも釣り合うような女性になりたい。
でも……圧倒的に、自信がない。
ピロン!!
不意にスマホが通知音を鳴らした。
画面を見ると、うちの母からのLINEだった。
『ミサちゃんに渡すプレゼント、どっちがいいと思う?』
メッセージを見て、ハッと思い出す。
そう、今週末、ミサおばさんがアメリカから東京へ2泊3日で遊びにやってくるのだ。
土曜日の夜に到着してうちの母と食事をし、日曜日にはキノ、サラさん、そして私というメンバーで、サラさんの熱烈な希望により某テーマパークに行くことになっている。
(久々だなあ、ミサおばさん……。みんなで会えるの、すごく楽しみだなあ)
私はお母さんに「こっちの方がいいよ」と手早く返信を送り、仕事に戻るため気合を入れ直した。
そうだ。落ち込んでばかりはいられない。
日曜日には、キノとサラさん、そしてミサおばさんという、あの美しすぎる3人と並んで歩くのだ。
少しでも彼らの隣に似合うように……よし、土曜日は美容院に行って、小顔マッサージにも行こう!
私は両手でパンッと頬を叩き、少しだけ前を向いてトイレを後にした




