7章 気づき ②
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翌日、那覇空港へと向かう球団の大型バスの中。
一ヶ月に及ぶ過酷な春季キャンプを終えた選手たちは、誰もが安堵の表情を浮かべ、車内は賑やかな話し声で満ちていた。
俺は窓際の席に深く腰を沈め、またしてもスマホの通知画面を虚ろな目で確かめていた。
みよからの連絡は、ない。
(なんだろうな、これ……)
野球に集中している時はいい。だが、こうしてふと息をついた瞬間、胸の奥がギュッと締め付けられるような苦しさに襲われる。
去年のクリスマスイブまでは、あんなに頻繁に連絡を取り合っていたのに。
俺の念願叶って正式に付き合うことになり、クリスマスにはシンガポールまで一緒に旅行にだって行ったというのに……。
『ギャハハッ! お前、それ完全に都合よく使われてるだけじゃん!』
『いやマジで笑えないんすよ! ちょっといい鞄買ってあげたら、その直後にLINEブロックされてて……俺、ただのATMっすよ』
ふと、後ろの席から若手選手たちの大きな話し声が聞こえてきた。
なんの気なしに耳に入ってきたその会話に、俺はピクリと肩を揺らした。
(……あれ? なんか、すげえ心当たりがあるぞ)
俺の脳裏に、みよと再会してからのこの4年間の記憶がフラッシュバックする。
『けいくん、このブランドの新作、すっごく可愛いんだぁ♡』
たまに彼女から連絡が来たかと思えば、決まって休日のショッピングに付き合わされた。そして、おねだりされるがままに、何十万もするバッグやアクセサリーを俺がカードで支払っていた。
いや、ちがう。あれは俺が『プロ野球の1軍選手として、高いバックでもポンと買ってあげるけいくん、カッコいい』と思われたくて……決して買わされていたわけじゃない。
だが、よくよく思い出してみれば、ブランド品を買ってあげた後、みよからの連絡はパタリと途絶えていた。
そして「最近連絡ないな」と思い始めた頃に、再び『けいくん、買い物行こう!』とLINEが来る。ずっと、その繰り返しだった気がする。
(でも、でもさ! 結局あいつは俺を選んで付き合ってくれたし、クリスマスだって一緒にシンガポールに旅行に行ったんだから……!)
自分に言い聞かせるように心の中で反論する。
だが、その直後、冷や水でも浴びせられたように嫌な事実が頭をよぎった。
そう言えば、そのシンガポールの超高級ホテルの宿泊費も、飛行機代も、現地でのブランド品の買い物も、全部俺が払った。
そして、アレ以降……彼女からの連絡は、途絶えたままだ。
ツー、と嫌な汗がこめかみを伝って落ちるのを感じた。
(あれ……もしかして俺……ただ利用されてるだけか???)
「いやいやいや!」
ブンブンッ! と、俺はそんな最悪な考えを打ち消すように、音が出るほど激しく首を振った。隣の席に座っていた木村が「うわっ、どうしたんすか?」と驚いていたが、それどころではない。
俺が一目惚れして、今の自分のステージに一番ふさわしいと選んだ、最高にいい女だ。そんなふうに俺をATM扱いするはずがない。
俺はすがるような気持ちで、LINEのトーク画面を開いた。
実は昨日の夜、寝る前にみよにメッセージを送っていたのだ。
『今日でキャンプ終わり! 明日沖縄から東京帰るわ!』
画面の右側にある俺の緑色の吹き出し。
その横には、「既読」の文字すらついていない。未読無視だ。
(『お疲れ様』とか『おかえり』ぐらい、スタンプ一個でも送る時間はないのかよ……?)
スマホを握る手に、ギリッと力が入る。
なんだろう、この惨めで、情けなくて、足元が崩れ落ちていくような不安な気持ちは。
相手の反応が気になって、何分おきにもスマホの画面を確認してしまう。通知が来ていないか、画面が光るたびに心臓が跳ねるのに、違う相手からの連絡だとわかってひどく落胆する。
こんなに女のことで心がいっぱいになって、苦しくなったことなんて、俺の人生で一度もなかった。
その時だった。
不安に押し潰されそうになった俺の脳裏に、ふっと懐かしい声が蘇った。
『たまには、こういうLINEにも返事してほしいな』
付き合っていた頃の、一途名の寂しそうな声だ。
当時、俺は一途名に対して、自分が用がある時にしかLINEをしていなかった。
一途名からは毎日、『おはよう! 今日も仕事行ってくるね』とか、『今日の試合、テレビで見るから頑張ってね!』というメッセージが届いていた。
だが、俺はそんな意味もないLINEにいちいち返信する必要性なんてないと思い、既読無視をし続けていた。
それに対して、一途名が勇気を振り絞って「返事がほしい」とお願いしてきた時も、俺はただ『めんどくせえ』と露骨に嫌な顔をして、適当にあしらった。
彼女がどんな気持ちで、俺からのたった一言の『ありがとう』や『いってらっしゃい』を待っていたのかなんて、想像しようともしなかった。
(……あぁ、そうか)
自分が全く同じ立場になって、初めてわかった。
好きな人からの連絡がこないことが、これほどまでに胸をえぐられ、不安で、孤独で、苦しいものだったなんて。
こんな辛い気持ちを、あいつは一人で、何年間も抱え込んでいたのか。
俺が1軍の華やかな世界を知って、現状に飽き足らず女遊びを繰り返している間も、あいつは俺からの連絡を、この画面を見つめながらずっと待っていたのか。
用事がある時だけ都合よく呼び出して、それに応えてくれた彼女の優しさを利用してただけだった。
——俺、一途名に、今の俺と全く同じことをしてたんだ。
どうしようもない後悔が、押し寄せてくる。
バスの窓の外を、沖縄の青い海が流れていく。
だが、俺の心の中は、かつて俺が手放してしまった、あの温かくて不器用な彼女の笑顔に対する、張り裂けそうな罪悪感で塗りつぶされていた。




