7章 気づき ①
「お疲れ様でしたっ! 今シーズン、日本一に向けて頑張りましょー!」
2月下旬。
沖縄県の某ホテルにある広々とした宴会場。
1月下旬から約1ヶ月にわたって行われた、プロ野球球団の春季キャンプの打ち上げが、監督の力強い一言で終わりを迎えた。
パラパラと拍手が起こり、ゾロゾロと選手たちが会場を後にして各自ホテルの自室に戻っていく。
プロ歴10年目、青田 啓司。そう、俺のことだ。
最近の切実な悩みは、気付けばチーム内に一回りも下の若い選手が増えてきたことだ。
30代半ばに差し掛かろうとしている自分が、フレッシュな若手に混ざって一軍のレギュラー枠を維持するのは、至難の業だ。少しでも気を抜けば、あっという間にポジションを奪われる。
(今年も、絶対に気が抜けないな……)
そんなことを覚悟しながら、廊下を歩いていた時だった。
「青田さんっ!」
パシッ!
急に後ろから肩を掴まれた。
「うおっ、木村か!」
振り返ると、そこにはよく懐いてくる後輩の木村が、ニカッと白い歯を見せて笑っていた。
「ところで、どうなんですか〜?」
木村はニヤニヤしながら、俺の腕を自分の肘でツンツンと小突いてきた。
「え? なにが?」
俺はポカンとした顔で木村を見た。
「何ボケてるんすか! 例のアナウンサーの彼女のことですよー!!! あの浮気性だった青田さんを本気にさせたっていう!」
『アナウンサーの彼女』。
その言葉を聞いた瞬間、俺はジャージのポケットに入ったスマホを、無意識にギュッと握りしめていた。
「…………」
「……どーしたんすか? 青田さん?」
俺が急に黙り込んだせいで、木村が不思議そうに首を傾げた。
「うっ、上手くいってるに決まってんだろ!! じゃあ、明日出発早いし俺はもう寝るわ!」
俺は強引に笑顔を顔に貼り付けて木村をごまかすと、その場を足早に立ち去り、自分の部屋へと戻った。
***
部屋に戻るなり、シャワーを浴びて、ボフッとベッドに横たわった。
そして、重い手つきでスマホを開き、あるLINEのトーク画面を開く。
「……既読スルーから、これで1ヶ月目か……」
そう。最近できたアナウンサーの彼女、山田 みよりと、俺はもう丸1ヶ月も連絡が取れていない。
時は戻り、去年のクリスマス前のこと。
俺は、4年間猛アタックし続けていた高校の同級生でもある、フリーアナウンサーの山田みよりと、ついに付き合うことになった。
彼女は、高校の同級生だった。
立ち位置的には、俺のやたらキラキラしている友人の、幼馴染の友達……というやつだ。
正直言って、高校時代の俺は野球しかしていなかったし、知り合いの知り合いという感じで、特に接点も少なかった。
プロの世界に入り、ようやく1軍で安定して活躍できるようになった29歳の時。テレビの取材で、局アナとしてやってきたみよと再会した。
俺は当時、あることで悩んでいた。
女性関係のことだった。
そんな時に再会したみよを、初めは興味本位で食事に誘ってみた。
そして、その席で確信したのだ。
(そうだ、俺は、こういう関係を求めてたんだ)と。
アナウンサーとして、華やかな場所でスポットライトを浴びて頑張っている彼女。
そして、プロ野球の1軍という華々しいステージで、結果を出し続けている俺。
対等な関係だ。これこそが、今の俺のステージにふさわしい。
俺はこれを望んでいたんだ。
あの時悩んでいた、俺とは対等ではない、なんの刺激もない関係。
2軍のどん底時代を支えてもらったという「同情」だけで、なかなか離れられなかった女——一途名 光との関係に、やっとケリをつけることができると。
あの時の光は、嫌いになったわけじゃなかった。ただ、俺が1軍に定着し、周囲の華やかな世界を知るにつれて、彼女の地味で変化のない堅実さが、今の自分には合わなくなってしまったのだ。
俺のステージが変わった以上、付き合う人間の価値観も変わる。それはプロとして成長していく上で、仕方のない『卒業』なんだと、自分に言い聞かせていた。
チアガールや地下アイドルと遊んでいたのも、新しい世界に自分を適応させるためだった。
だから俺は、みよを本気で好きになり、自分と同じステージにいる彼女を手に入れるために、30歳の時、光に別れを告げたのだ。
それなのに——。
俺は、暗い部屋のベッドの上で、1ヶ月間音信不通になっているみよりのトーク画面を虚ろな目で見つめていた。




