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6章 失いたくないもの ④

————————————


公園でプリンを食べ、少しゆっくりした後、私たちは駅に向かって並んで歩き始めた。

キノはこの後、休日にも関わらず、クライアントとの会食予定が入っているらしい。


(本当に、忙しいんだなぁ……)


もう少し一緒にいたい。そう思うと、少しだけ寂しい気持ちが胸の奥に広がった。


「あっ、そういえば……」


駅の改札が見えてきた頃。

私は、今日ずっと気になっていたことを、勇気を振り絞って聞いてみることにした。

さっきまでは、怖くて絶対に聞けなかったことだ。


「キノって……恋人、いないの?」


歩きながら尋ねると、キノは驚いた様子もなく、ふっと笑って答えた。


「いないよ」


そのはっきりとした言葉に、私は心の底からホッと安心した。


「あと、丸一日休みもない俺みたいな奴に、恋人を作る時間も余裕もないよ。アメリカにいた時も、大体ずっとそんな感じだったし」


確かに……キノの激務ぶりは、最近のLINEのやり取りだけでも痛いほどわかっていた。

でも。だからこそ、私は不安になった。


「そんなに忙しいのに……私なんかのために、こんなに時間作ってくれて、大丈夫なの?」


『仮の恋人』。それは、失恋してボロボロになっていた私を慰めるための、都合のいい関係。

キノは、昔からのお人好しな性格のせいで、仕方なく私に貴重な休日を使ってくれているんじゃないだろうか。

私が不安そうに眉を下げて見上げると——。


ピンッ。


「んっ!?」


おでこに軽い衝撃が走り、私は驚いておでこに手を当てた。

キノに、優しくデコピンをされたのだ。


「変なこと心配するな。俺が、好きでやってるだけだから」


「えっ……」


私を見下ろすキノの目は、真っ直ぐで、真剣だった。

『好きでやってる』。その言葉が胸にストンと落ちてきて、デコピンされたおでこから、じんわりと顔中が熱くなっていくのがわかる。


「とりあえず、もう勝手に心配するのは禁止」


キノは私のおでこを指差して、悪戯っぽく笑った。

その言葉が、たまらなく嬉しい。


「……うん!」


私は、不安だった気持ちが全て嘘のように晴れ渡り、心からの笑顔で頷いた。


そんな、二人だけの温かい空気に包まれていた、その時だった。


「ヒュー! 」


背後から、やけに明るく陽気な声が聞こえた。

振り返ると、ミニスカートにロングブーツを履いたあの超絶美人の女性が、ニヤニヤと笑いながら私たちに追いついてきたところだった。


キノのいとこの、サラさんだ。


「っ! サラ……! お前、なんでここにいるんだよ」


キノが露骨に嫌そうな顔をして声を低くする。


「イヤー、コンビニ行コウト思ッテ歩イテタラ、タマタマ見カケテ! てか、さっきはシュースケ、荷物運びサンキュー!」


サラさんはバシンッ! と遠慮のない力でキノの肩を叩いた。

そして、彼女は私の方を見て、パッと花が咲いたようにニコッと笑った。


「っ!」


近くで見ると、まつ毛が長くて瞳がキラキラしていて、あまりにも美人すぎて心臓が跳ねる。


「初メマシテー! サラです!! シュースケのいとこってヤツでーす!」


サラさんは片手を元気よく挙げて挨拶してくれた。

キノが溜め息をつきながら、サラさんを庇うように一歩前に出て口を開いた。


「ごめん光、こんな奴でビックリしたよな。サラ、紹介するよ。この人は、俺が昔日本にいた時にすごくお世話になった……」


キノが私を無難に紹介しようとした、その時。


「ワオ!! ヤッパリ、ヒカリチャン!!」


サラさんはキノの言葉を大声で遮り、ものすごい興奮気味に私を指差した。


「え?」


「ダッテ、シュースケのずっ……」


「余計なこと言うなッ!!」


ドンッ! という音が出そうなほどの勢いで、キノがサラさんの言葉を遮り、彼女の肩をバンッと叩いた。

いつも冷静沈着なキノが、見たこともないくらい顔を真っ赤にして、ありえないほど焦っている。


サラさんはそんなキノを見上げて、ニヤニヤと楽しそうに腹を抱えて笑った。


「フハハッ! いつもクールなシュースケが壊れちゃッテル! 面白ッ! ……まあ、トリマ、これからヨロシクネ! ヒカリチャン!」


サラさんは私に向かって、パチンと綺麗なウインクをし、太陽みたいに明るい笑顔を向けてくれた。


「よ、よろしくお願いしますっ……!!」


彼女のパワフルな勢いに圧倒されながら、私は深々とペコリと頭を下げた。


色々あったけれど。

少しだけ赤くなったおでこと、隣で気まずそうに顔を逸らしているキノの姿を見て、私の心は雲一つない青空のように、スッキリと晴れ渡っていた。


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