6章 失いたくないもの ②
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東京、港区。
電車を乗り継ぎ、目的の駅で降りて地下から地上へと上がると、そこには見上げるような高層ビルや、洗練された高級タワーマンションが立ち並んでいた。
行き交う人々も、どこか余裕のある都会的な雰囲気を纏っている。
(やっぱり、キノは住む世界が違う人なんだな……)
さっきまでのウキウキした気分が、周りの景色に圧倒されて少しずつしぼんでいくのを感じた。
ふと、数日前のみよちゃんの顔が脳裏をよぎる。
あんなにキノの写真を見て目を輝かせていたみよちゃんだ。学生時代からの想いもあるし、国際弁護士というハイスペックな肩書きを知った以上、絶対にまたキノにコンタクトを取ろうとするだろう。
キノの隣に並ぶなら……私みたいな地味で冴えない女より、みよちゃんのようなキラキラした美人の方が、どう考えたって似合っている。
そんなネガティブな考えを振り払うように頭を振りながら、私はスマホの地図アプリを頼りに待ち合わせ場所へとトボトボ歩いた。
目的のカフェの前に到着して時計を見ると、時刻はまだ13時を少し過ぎたところだった。
(あ、早く着きすぎちゃった)
キノとの約束は14時だ。
せっかく港区まで来たし、時間までこの周辺を探索してみよう。
(キノのマンション、どの辺なんだろー?)
そんなことを考えながら、私は高級そうなマンションが立ち並ぶ街並みをキョロキョロと見回して歩いていた。
すると、前方の少し大きめの交差点の角にある、ひと際立派なエントランスのマンションから、1人の女の人が出てくるのが見えた。
ミニスカートにロングブーツを履いた、スタイル抜群の黒髪ロングの女性。
外国人モデルのようにスラリと長く細い足、遠目からでもわかるほどハッキリとした美しい顔立ち。まさに『美女』という言葉がぴったりの、息を呑むような美人だった。
(うわぁ、すっごい美人……)
思わず目で追ってしまった、その時。
彼女の後ろから続いて出てきた男性の姿を見て、私はピタリと足を止めた。
長身で、綺麗めなシンプルな服を着こなしている、見間違えるはずのないその姿。
——キノだった。
キノと、とんでもない美人の女の子。
女の子は、親しげに笑いながらキノの肩をバンバンと叩き、彼の腕に自分の腕を絡めるようにして寄り添っていた。
キノも、まんざらでもない様子で、彼女に何か言葉を返している。(遠くて表情まではよく見えなかったけれど、嫌がっているようには見えなかった)。
やがて二人は、楽しげな雰囲気のまま、すぐ隣の別のマンションのエントランスへと入って行き、姿を消した。
「……え?」
私は、その光景を目の当たりにして、石のように動けなくなってしまった。
(今の……キノの、恋人……?)
頭の中が真っ白になる。
さっきまで胸に抱いていたウキウキした気持ちが、一瞬にして音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
(そうだよね……)
じゃあ、私は?
私は……ただの『仮の恋人』だ。キノが同情で付き合ってくれているだけの、絶対的ではない存在。
あんなに若くて、綺麗で、スタイル抜群の少女に、私なんか敵うはずがない。みよちゃんと比べたって勝ち目がないのに。
そもそも、キノレベルの完璧な人に恋人がいないなんて、おかしな話なのだ。
『俺が忘れさせるよ』なんて言ってくれたから、てっきりフリーなんだと思い込んでしまっていたけれど。彼にだって、あんな風に親しく腕を組める相手がいて当然だ。
頭の中で様々な考えがぐるぐると渦を巻き、くらくらと眩暈がした。
「私……何やってるんだろう」
手作りのクッキーなんて焼いて。
高いマフラーをもらったからって、ちょっと優しくされたからって、本気で彼の恋人になれたような気になって浮かれて。
本当に、馬鹿みたいだ。
足の裏が地面に張り付いたように動かなかった。今すぐ引き返して、実家のベッドに潜り込んで泣きたかった。
しかし、無情にも時間は過ぎていく。
スマホの時計を見ると、時刻はもうすぐ14時になろうとしていた。
もうそろそろ、あのカフェに向かわないと時間に間に合わない。
もし今帰ったら、仕事の合間を縫って時間を空けてくれたキノに迷惑がかかってしまう。
それだけは、絶対に嫌だった。
(笑わなきゃ。ただの、昔からの幼馴染として)
私は足に鉛をつけられたように重い足取りで、待ち合わせのカフェへと向かって歩き出した。
カバンの中で潰れそうになっている手作りクッキーの存在が、今の私の惨めさをこれでもかと突きつけてくるようだった。




