6章 失いたくないもの ①
初デートから数週間が経った、ある休日。
私は実家のキッチンに立ち、ピーッという音に合わせてオーブンの扉を開けた。
「よしっ! うまくできた!」
オーブンから取り出した天板には、プレーンとチョコ味のクッキーが綺麗に焼き上がっていた。
あまーい匂いがキッチンに広がるけれど、実はこのクッキー、普通のレシピよりもかなりお砂糖を減らして作っている。
これは昔、甘いものがあまり好きじゃないキノのために作った、甘さ控えめの特別なクッキーだ。
学生の頃、私がバレンタインの練習で作ったこのクッキーを、キノが「美味しい」と言って残さず食べてくれたのを思い出して、今日のために焼いてみたのだ。
この前のお台場デートで、彼は私にすごく素敵なバーバリーのマフラーをプレゼントしてくれた。
あんな高いマフラーのお返しには全然なっていないことはわかっている。
何でも買えちゃうキノへのお返しって何がいいんだろうと必死に考えた結果、彼が昔、美味しそうに食べてくれたこのクッキーだったら、多忙な仕事の合間でもつまんでもらえるかなと思ったのだ。
100円ショップで買った可愛い透明の袋にクッキーを詰め、リボンでラッピングしていると、エプロンのポケットに入れていたスマホが鳴った。
ピロン!
『ごめん! 連絡遅くなった! 14時ぐらいだったら空きそう! さっき言ってたカフェの前で待ち合わせで! てか、光にこっちまで来てもらうの申し訳ない』
キノからのLINEだった。
今日は日曜日。相変わらず休みの日までなんやかんやと仕事が入っていて忙しい彼が、わざわざ予定の合間に時間を作ってくれて、「俺の家の近くに新しくできたカフェに行かない?」と誘ってくれたのだ。
(本当に忙しいのに、ちゃんと時間作ってくれるの、嬉しいなぁ……)
数日前にみよちゃんに言われた『普通な恋愛の方が幸せになれる』という言葉に酷く落ち込んでいたはずなのに。彼からの連絡ひとつで、また私の心はポカポカと温かくなってしまう。
私はラッピングしたクッキーの袋を丁寧にカバンに入れ、お出かけの準備をしながらLINEを返した。
『全然だよ! じゃあ、そろそろ家出るから、また着いたら言うねー! 仕事忙しいから仕方ないよ! 気にしないで』
少しでも可愛いと思ってもらいたくて、いつもより念入りにメイクをし、お気に入りのワンピースに着替えて、そしてキノに貰ったマフラーを巻いて、私はウキウキとした足取りで実家の玄関を出た。




