5章 執着 ①
「お疲れ様でした〜!! 皆さん、ありがとうございましたっ!」
バラエティ番組の収録現場。慌ただしく人が出入りするスタジオで、私は「今日も私、最高に可愛いでしょ?」と言わんばかりの満面の、そして完璧に計算された笑顔を振り撒きながら、スタッフや共演者たちに頭を下げた。
愛想の良い挨拶を終えて廊下に出ると、すぐに顔の筋肉を緩め、自分の楽屋へと向かう。
「ふぅ……」
楽屋の扉を開け、ドレッサーの前に座る。
鏡に映る、茶髪のゆるふわカールがよく似合う自分の顔を見つめながら、私はカバンからスマホを取り出した。
画面を開き、メッセージアプリのトーク画面を表示させる。
「ふふっ……この後、光とご飯かぁ……」
中学からの『親友』である光とのトーク画面を見て、私は思わず意地の悪い笑みをこぼした。
私の名前は、山田みより。34歳。
自分で言うのもなんだけれど、誰しもが羨む美貌の持ち主だ。身長は156センチと小柄で、色白で華奢。それなのに胸はほどほどに大きく、男の人が「守ってあげたい」と錯覚するような、全女子の憧れであり全男性の理想を体現したような容姿をしている。
この超美人な顔面は、どうやら母親譲りらしい。
私は昔から、自分のこの容姿が持つ「特別性」を完璧に理解していた。そして、それを利用して自分の都合のいいように人生を渡り歩いてきた。
大学卒業後は、この美貌と計算高い愛嬌を武器にキー局の放送局に入社し、女子アナウンサーになった。そして30歳の時、熱烈な男性ファンが多いことを盾に、華々しくフリーアナウンサーへと転身した。
……まあ、実際はパトロンである大手芸能事務所の社長に泣きついて、コネでフリーになれただけなんだけれど。まあ、結果が全てだ。
仕事は順調。そして最近、私には新しい彼氏ができた。
プロ野球のスター選手、青田啓司……けいくんだ。
仕事も、恋愛も、私の人生は順調そのもの。
それなのに……私の脳裏には、いつもあの顔がチラつく。
可愛くもない、見た目は中の下。特別なスペックがあるわけでもなく、冴えない派遣社員をしている女。
私の親友であり……いや、あの女。一途名 光。
あの女は、完璧だった私の人生計画を狂わせた、唯一のイレギュラーだ。
***
光との出会いは、中学3年になる春休みのことだった。
厳格な父の指示で、嫌々通わされることになった隣町の学習塾。そこにいた他校の同い年の女の子が、光だった。
初めはただ、「気が弱そうで、扱いやすそう」という理由だけで声をかけ、友達になった。
私は女子特有のぶりっ子が激しかったせいで他の女子からは距離を置かれていたけれど、光は私が教科書を忘れた時に見せてくれたり、やっていなかった課題を写させてくれたりと、とても都合が良かった。地味な女の子に私のようなキラキラした女の子が友達とか、私が良い子と思われる材料。
『引き立て役の親友』として、これ以上ない人材だった。
塾を辞めたら、こんな地味な子とはもう会うこともないんだろうな。
そう思っていた、ある日のこと。
塾からの帰り道、光と一緒に彼女の家の最寄り駅まで歩いていた時だった。
「光っ!」
ふいに、耳障りのいい、透き通るような声が彼女を呼んだ。
振り返った私の視線の先にいたのは……他の男子より少し背が高く、とんでもなく顔が整った男の子だった。
その瞬間、私の時間は止まった。
——一目惚れだった。
これまで、恋愛なんて「自分を良く見せるためのアクセサリー」か「利用するもの」としか思っていなかった私に、雷が落ちたような衝撃だった。あんなに綺麗な男の子が、この世に存在するなんて。
その後、光に頼み込んで彼を紹介してもらった。
木下秀介くん。光の家の近所に住む幼馴染で、母親が帰国子女で英語がペラペラ。おまけにスポーツも勉強もできる、まさに完璧な男の子。
(彼こそ、私にふさわしい!)
私は絶対に、この完璧な秀介くんを私のものにすると心に誓った。
それから私は、父の猛反対を押し切り、光に秀介くんの進学先の高校を聞き出して、彼らと同じ高校を受験した。本当はもっと偏差値の高い学校に行けたはずの秀介くんが、病気がちな母親のために選んだ地元の高校だ。
光もその高校に通うことになっていたので、私は「イケメンの幼馴染を持つ冴えない女の子の親友」という役を、高校生活の3年間、完璧に演じ続けることにした。
すべては、秀介くんを手に入れるために。
しかし、現実は甘くなかった。
高校の3年間、私は秀介くんに入り込む隙をずっと狙い続けていたけれど、彼には一ミリの隙もなかったのだ。
彼は毎日違う女の子から告白されるほどモテていたが、絶対に誰とも付き合わなかった。断る理由はいつも「母の看病があるから」か「勉強が忙しいから」。
普通の年頃の男の子なら、告白されたら顔が緩んだり、嬉しそうに友人に自慢したりするものだろう。
でも秀介くんは、告白されようが周りから黄色い声援を浴びようが、いつも完璧なポーカーフェイスを崩さず、誰にもなびかなかった。
正攻法じゃ、彼とは付き合えない。
そう焦っていた時、ふとあることに気がついた。
「みよちゃん!」
私を呼ぶ、親友の光。
私は、この地味な幼馴染の女の存在が、無性に引っかかるようになっていた。
時折、光と話している時の秀介くんが、ふっと一瞬だけ見せる、優しくて甘い笑顔。他の誰にも見せないような、特別な顔。
(まさか……ね)
私はその考えをすぐに打ち消した。
こんな可愛くもない、目立たない女のことを、あの完璧な秀介くんが好きになるわけがない。母親同士が仲が良いというのもあるし、幼馴染だからただ気を許しているだけ。そうに決まっている。
私は心の中に湧き上がる黒いモヤモヤを、無理やり蓋をして消し去った。
そして、高校3年の卒業式の前日。
結局、この3年間、私は秀介くんと何一つ進展させることができなかった。
彼は卒業したら、お母さんの治療のためにアメリカへ行くことが決まっていた。このままでは、彼と離れ離れになってしまう。
(いや、まだチャンスはある! 明日の卒業式で、絶対に彼に告白して、私のものにする!)
そう決意した私は、誰もいない夕方の学校の廊下を歩いていた。
先生に頼まれた卒業式用のコサージュ作りを、「ごめん、用事が入っちゃって!」と嘘をついて光に押し付けていたのだ。その様子をこっそり窺おうと、光のいる教室へ向かった。
教室のドアの隙間から中を覗き込むと、光は机に突っ伏して寝ていた。
(えー、寝てるじゃん。どんくさ)
呆れて立ち去ろうとした、その時。
——カタッ。
かすかな足音が聞こえた。誰かが教室の中にいる。
私は息を潜め、ドアの隙間からそっと中の様子を見続けた。
「っ!」
そこにいたのは、秀介くんだった。
彼は、机で無防備に寝ている光を、見たこともないような優しい目で見つめていた。
そして、光が作りかけていたコサージュにそっと触れると、その手をそのまま光の頭へと移し、愛おしそうに撫でた。
その時の秀介くんの表情を見て、私は混乱した。
優しくて、甘くて……そして、今にも泣き出しそうなほど切ない顔。
(何、その顔……?)
次の瞬間、私の心臓は止まりそうになった。
秀介くんはゆっくりとしゃがみ込むと、寝ている光の額に、そっと、触れるだけのキスをしたのだ。
「っ!!!!」
私は声が出そうになるのを必死に両手で押さえつけた。
全身の血が逆流するような驚き。そして、腸が煮えくり返るほどの悔しさ。
嘘でしょ? 嘘でしょ!?
あんなに完璧な秀介くんが好きなのは……学校のマドンナでも、私のような可愛い女の子でもなく、あの地味で冴えない、ただの引き立て役だったはずの光!?
彼が光を見つめていたあの切ない瞳の熱量が、私のプライドを粉々に打ち砕いた。
気分が悪くなり、吐き気と涙が同時に込み上げてくる。
私はそれらを必死に隠すように顔を覆い、逃げるようにその場から走り去った。
今まで私が彼のために費やしてきた3年間は、一体何だったの?
絶望と、光に対するどす黒い憎悪だけが、私の心の中に深く、深く刻み込まれた。




