4章 幼馴染以上恋人未満 ③
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その後、二人でおいしい食事を楽しみ、キノはまた車で私の実家まで送ってくれることになった。
彼が住んでいる港区のタワマンからは逆方向だし、申し訳ないと思ったけれど……「もう少しだけ、キノと一緒に過ごしたい」という気持ちに負けて、甘えてしまった。
夜の幹線道路を走っていると、不意にキノの携帯が鳴った。
いつも彼が私とLINEをしているスマホとは違う着信音。会社のスマホだろうか?
スマホと車のBluetoothが繋がっており、車内のスピーカーから相手の切羽詰まったような声が聞こえてきた。全て英語で、私には何を言っているのか全くわからない。
キノは私の方を向いて「ごめん」と目で謝ると、表情を一変させ、流暢な英語で相手と言葉を交わし始めた。
その早口で専門的な響きを持つ会話に、私は息を呑んだ。
電話が一旦切れる。
「ごめん、ちょっと急ぎの案件みたいで。少しだけ車、停めてもいい?」
「うん! もちろん!」
私は慌ててコクコクと頷く。
キノは通りかかったコンビニの駐車場に車を停めると、後部座席からカバンを取り出し、膝の上にノートパソコンを広げた。
画面の光に照らされた彼の顔は、私の知っている「優しい幼馴染のキノ」ではなく、完璧な「国際弁護士の木下秀介」だった。
慣れた手つきで凄まじいスピードでキーボードを叩き、再び電話をかけて英語で指示を出し、あっという間に作業を終えてしまう。
「よし。ごめんね、待たせて。もう終わったから行くね」
パソコンを閉じ、キノは私に向かっていつもの柔らかい笑顔を見せた。
車が再び走り出す。
私はその横顔を見つめながら、どうしようもない疎外感を感じていた。
(こんなに忙しくて、こんなに多くの人に求められてる凄い人が……どうして私のために、ここまでしてくれるんだろう)
彼の生きている世界は、私とはあまりにも違いすぎる。
お台場で感じた温かい気持ちに、再び黒く冷たいモヤモヤが覆い被さってきた。
やがて、車は私の家の前に到着した。
モヤモヤを悟られないように、私は荷物をまとめ、精一杯の笑顔を作った。
「今日は本当にありがとう! すごく楽しかった」
「うん、こちらこそ」
私がドアノブに手をかけ、外に出ようとした時だった。
キノが思い出したように声をかけた。
「あ、待って。渡したいものがあって」
彼は後部座席に手を伸ばし、ゴソゴソと何かを探し始めた。
「?」
やがて彼が差し出したのは、綺麗に包装されたプレゼントの箱だった。
「これ、あげる」
「えっ……ありがと。……開けてもいい?」
促されるままにリボンを解き、箱を開ける。
中に入っていたのは、質の良さそうな、淡いピンク色のチェック柄のマフラーだった。
「え……マフラー。こんな高そうなの、いいの……?」
恐る恐るその生地に触れてみると、カシミヤなのか、とろけるように滑らかで温かい触り心地だった。
「いいよ、気にしないで。光、この前すごく寒そうにしてたから」
彼が言っているのは、きっとクリスマスの夜のことだ。
前に使っていたマフラーは汚れが落ちなくて捨ててしまい、新調するお金もなくて、あの日私は首元を無防備に冷やしていた。
そんな些細なことまで見ていてくれたなんて。
「……ありがと……すごく、嬉しい」
私はそのマフラーをそっと胸に抱きしめた。
「……どういたしまして」
薄暗い車内。街灯の光に照らされたキノの顔は、本当にかっこよくて、信じられないくらい優しかった。
さっきまで感じていた不安が、マフラーの温もりと一緒にゆっくりと溶けていく。
「じゃあ、おやすみ。また連絡するね」
「うん、おやすみ!」
私は車を降りて、キノの黒い車が静かに走り去っていくのを見送った。
テールランプが角を曲がり、完全にキノの姿が見えなくなった途端——。
胸に抱いたマフラーの温もりとは裏腹に、再び冷たい不安が私の足元から這い上がってきた。
あんなに素敵で、完璧で、住む世界が違う彼。
私のような、取り柄も自信もない女が、彼の時間を縛り付けてしまっても、本当にいいのだろうか……?
夜風に吹かれながら、私はしばらくの間、その場から動くことができなかった。




