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3章 仮の関係?? ③

冷たい冬の夜風が顔を叩く。

大通りに出て、俺は必死に手を挙げ、走ってきたタクシーを強引に止めて後部座席に転がり込んだ。


「◯◯駅まで! 急いでください!!」


運転手に、あの日光のスマホの画面に映っていた待ち合わせ場所の駅名を告げる。

タクシーが勢いよく走り出す。窓の外には、クリスマス一色に彩られた華やかな街並みと、幸せそうに行き交う人々の姿が流れていく。

だが、今の俺の目にはそんなものは一切映っていなかった。


(頼む……どうか、俺の最悪の想像通りになっていないでくれ)


タクシーのシートを握りしめる手に、ギリッと爪が食い込む。

もし彼女が、来ない男をこの冷たい空の下でずっと待っているのだとしたら。

どうか間に合ってくれと祈りながら、俺は焦燥感で張り裂けそうになる胸を必死に押さえつけていた。


俺が乗ったタクシーが、あの日光のスマホの画面に映っていた待ち合わせ場所の駅周辺の大通りに差し掛かった。

時刻はすでに21時半を回っている。


「このあたりで止めていただいてもよろしいですか?」


俺は運転手に手早く運賃を払い、タクシーを降りた。

ドアを閉めた途端、冷え切った冬の夜風と、街を彩るクリスマスイルミネーションの眩しい光が目に飛び込んでくる。周囲は幸せそうに身を寄せ合うカップルたちで溢れ返っていた。


俺はその人混みを掻き分けるようにしながら、必死に辺りを見回し、光の姿を探して駆け出した。


(光はどこなんだ……)


駅の改札前、待ち合わせの定番スポット、近くのカフェ……手当たり次第に探すが、彼女の姿はない。

もしかして、諦めてもう家に帰ったのだろうか?

いや、もしかして、啓司は実はギリギリに帰国していて、今頃光と会っているのだろうか?

いや、だとしたら、同級生たちに見せられたあの写真に写っていた華奢な女性は誰なんだ?


最悪の想像ばかりが頭の中を駆け巡り、思考がショートしそうになる。

息を切らしながらイルミネーションが輝く広場を駆け回っていると、ひと際大きなクリスマスツリーが目に入った。

その周囲にはいくつかベンチが設置されていて、恋人たちが身を寄せ合って座っている。


そのクリスマスツリーの横を通り過ぎようとした、その瞬間だった。


(……!)


ツリーの陰に隠れるように設置された、少し奥まった場所にあるベンチ。

そこに、今朝俺が駅の改札で見送った時と同じ、ドレッシーな服装をした女性が、一人でぽつんと下を向いて座っているのを見つけた。


冬の寒空の下、ヒールを履いた足を縮こまらせて、肩を震わせている小さな背中。

見間違えるはずがない。光だ。


俺は反射的に、普段は絶対に出さないような大きな声で彼女の名前を叫んでいた。


「っ……光!!」


その声に、ビクッと肩を揺らして彼女が顔を上げる。


「えっ……キノ?」


バッと顔を上げた彼女の顔を見て、俺の心臓が痛いほどに鷲掴みにされた。

泣きすぎたのだろう。彼女の目は赤く腫れ上がり、せっかく今朝念入りにしていたメイクはすっかり崩れてしまっていた。

寒さと悲しさで、鼻の頭も頬も真っ赤だ。


俺の姿を認めた光は、自分の惨めな姿を見られたことにハッとして、咄嗟に両手で顔を覆った。


「あ……見ないでっ!」


彼女は慌ててベンチから立ち上がり、俺から逃げるように駆け出そうとした。


「あっ……!」


無理をして履いてきたのであろう、慣れないヒールのせいで足首がぐらりと捻れ、彼女の小さな体が大きくバランスを崩す。


「っ!! 危ない!!」


俺は地面を蹴って飛び出し、転けそうになる光の腕を咄嗟に掴んだ。

そのまま強い力で手前に引き寄せ、彼女の体をすっぽりと自分の胸の中に閉じ込めるように抱きしめた。


「あっ……」


俺の腕の中にすっぽりと収まった彼女の体は、ひどく冷え切っていたけれど、それでも俺にとっては、この世の何よりも温かくて、柔らかかった。

19年間、ずっとずっと触れたかった、大切な人。


けれど、彼女は今、傷ついている。啓司の無惨な裏切りのせいで、ボロボロになっている。

俺が記録してきた、あんなにも眩しかった彼女の笑顔を、あいつはこんなにもあっさりと壊してしまったのだ。


「……離してっ……こんな惨めなとこ、キノに見られたくない……っ」


腕の中で、光が弱々しく抵抗する。

その震える声が、俺の理性の奥底にあった「幼馴染の建前」を、音を立ててぶち壊していくのがわかった。


俺はそっと、彼女の冷え切った背中に腕を回し、少しだけ抱きしめる力を強めた。

もう、二度とあいつの元へなんて行かせない。俺が彼女を守る。


「……光、もう大丈夫だ。俺がいるから」


俺の言葉を聞いた瞬間、光の体の抵抗がピタリと止まった。


「……うぅっ……キノぉ……っ」


せき止めていたダムが決壊したかのように、光は俺のコートの胸元を両手でぎゅっと掴み、俺の腕の中で声を上げて泣きじゃくり始めた。

俺は何も言わず、彼女の涙が枯れるまで、その震える小さな背中をただ優しく撫で続けた。


冬の冷たい夜空の下、輝くイルミネーションの光が、寄り添う二人の影を優しく照らしていた。


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