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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第4章『知られざる決戦』
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Ep.456 露払い

「鳥……?」

「首狩り鳥だ、覚えてンだろ。数は……二十ってところか」


 ウルグラムが魔眼を細めながら剣を抜く。


 確かに覚えがあった。人間を見つけると鋭い翼で首を撥ね、その頭部を自らの頭として取り込むという悪趣味極まりない魔物。

 こっちに来て間もない頃に対峙した、無念そうなお婆さんの顔を向けて襲いかかってくるヤツらに憎悪を抱いたのを思い出す。


 だけど、今迫り来る首狩り鳥は、僕が知っている首狩り鳥とは様子が違っていた。


 近付いてくるそれらの首から生えていたのは、緑色の肌に、眼窩から飛び出しそうなほど膨れ上がった目玉と、耳元まで裂けた口には不揃いな牙が並んでいる。醜悪な魔物の顔だ。その生首を着けていた。


「……顔が魔物のものだ……魔物を殺して頭にしたのか……」


「違う。あれは魔族領の瘴気に晒された個体だ。取り込んだ人間の頭まで変質して、ああなる。そうなった個体を私達は以前、腐顔鳥と呼んでいた」


 シェーデの説明に背筋が寒くなる。あれも人間の……。


 首を奪われた人が誰だったのかなんて、もう知る術はない。それでも、あの醜く歪んだ顔にもかつて名前があり、誰かと笑い合っていた時があったのだと思うと、胸の奥に重たいものが沈んだ。


「ギィィィィアアアアッ!!」


 腐顔鳥の一体が人のものとは思えない絶叫を響かせた。それを合図に二十体が一斉に翼を畳み、僕達を乗せたセイランへ向かって急降下してくる。


「皆、掴まれ!」


 セイランが大きく身体を傾けた。僕は足に力を込めて踏ん張りながら解放の神剣を引き抜き白銀の刀身が煌めいた。

 それと同時に、さっきまで僕が立っていた場所を腐顔鳥の翼が刃のように通り抜けた。


「っ!」


 体勢を立て直しながら振り向く。すれ違った腐顔鳥が旋回しようとした瞬間、その首元へ銀閃が走った。ウルグラムの双剣だ。翼ごと胴を断たれた腐顔鳥が黒い血を撒き散らしながら落下していく。


「ボサッとすんな! 次来ンぞ!」

「はいっ!」


 僕は油断なく剣を正眼に構えて迎え討つ。


 一体が猛烈な速度で僕の頭部を狙って真っ直ぐ突っ込んでくる。

 まるで装飾を替えるように、首を取り替えようという魂胆か。これ以上の命への冒涜は許さない!


 真っ直ぐに迫る腐顔鳥の突撃を横に逸れて躱し、同時に片手で斬り上げる。


 いとも容易く腐顔鳥は両断され落下していく。

 こんなに弱かっただろうか。あの時はいつ命を取られるか必死だったというのに。


 あの時苦戦した相手も、今となっては動きも遅く、捌くのは容易く感じる。


 僕は己の成長を実感していた。祖精霊達やアズマ達から培った力だけど、過去の僕との差を改めて認識して、胸の奥が高揚した。


 ……いや油断するなクサビ・ヒモロギ! この程度で浮かれていてはいけない!



 ——そこへデインとサリアの魔術が、セイランの周囲を飛び回る腐顔鳥の数体を貫き、僕はその様子に視線を滑らせる。


 セイランの右翼側に位置取るサリアの近くには、ウルグラムが立って近付く敵をサリアを守る。反対側の左翼側も同様に、シェーデがデインの側で同様の動きを見せていた。


 龍の右肩にはアズマ、そして左肩には僕がそれぞれ立って応戦する陣形を取っていた。


 腐顔鳥達は僕達の陣形を崩そうとするかのように、四方から執拗に襲いかかってくる。鋭い翼を振り翳してはすぐさま離脱し、再び上空から急降下を仕掛けてくるその動きは、以前に戦った首狩り鳥と変わらない。


「——羽虫に付き合っている暇は無い。皆、我に掴まるのだ!」


 静かな苛立ちを声に滲ませたセイランが、大きく翼を羽ばたかせた。途端に僕達を襲う風圧が増し、龍の巨体が急激に上昇する。追い縋ろうとした腐顔鳥達が一斉に進路を変え、僕達の後方へと群がっていく。


 セイランはそれを待っていたかのように長い首を捻り、大きく顎を開いた。その喉の奥に、眩い蒼白の光が灯る。


「――羽虫ごときが龍と空を並べると思うな」


 凄まじい轟音と共に、セイランの口腔から蒼白い閃光が迸った。空気を震わせながら放たれた龍の息吹は、追い縋っていた腐顔鳥の群れを瞬く間に呑み込み、後方の空を一直線に薙ぎ払う。


 ————ギィアアアアッ!!


 断末魔の悲鳴が重なり、光の奔流に触れた腐顔鳥達の身体が次々と焼き尽くされていく。咄嗟に散開した数体だけが辛うじて逃れたものの、二十体近くいた群れは、たった一撃でその大半を失っていた。


「おお! やるね!」

「ふん。この程度の有象無象、露払いにもならぬ」


 セイランが得意げに鼻を鳴らす。

 だがその言葉が終わるよりも早く、ブレスを逃れた腐顔鳥が左右から迫ってきた。


「まだ残っているぞ! 左だ! クサビ頼む!」

「任せてっ!」


 アズマの声に応じ、僕は解放の神剣を構え直す。黒革を巻かれた柄を握る左手に力を込めると、白銀の刀身に刻まれた金の紋様が、陽の光を受けて淡く煌めいた。


 迫る腐顔鳥は二体。互いに高度をずらしながら接近してくるのを見て、僕は僅かに腰を落とした。


「ギィィッ!」


 先行する一体が翼を広げ、僕の首を狙って横薙ぎに振るってくる。——遅い。熱剣を使うまでもない。

 僕はその軌道を見極め、半歩踏み込むと同時に神剣を振り抜いた。


「はあっ!」


 鋭い金属音にも似た衝撃が腕に伝わり、腐顔鳥の翼が根元から斬り飛ばされる。均衡を失ったその身体が僕の横を通り過ぎた瞬間、返す刃で胴を断ち切った。


 だが、その時には次の一体は既に目前まで迫っていた。


 僕は咄嗟に右腕の義手で防御して弾き返した。


 ——すると勢いを失い滞空する腐顔鳥に、間髪入れずに風の刃が襲い掛かり、最後の腐顔鳥は真っ二つになって地へと落ちていった。

 

 風の刃の出処には、手のひらをこちらに向けたデイン。少し口元が得意げだ。


「ありがとう、デイン!」

「…………」


 デインが手を下ろして頷く。


「やれやれ。私達の見せ場はなかったな? ウル?」


 デインを守っていたシェーデが剣を鞘に収めながら茶化すようにウルグラムに顔を向けた。


「ハッ。この程度の敵に見せ場なんざハナからねェ」

「ははっ。確かに今の私達にとっては造作もない相手だったな」


 二人の軽口に、僕達は同意を含めた苦笑をした。


「……終わったわね」

「ああ。皆一応聞くけど、怪我はないかい?」


 サリアとデインが頷き、ウルグラムが鼻を鳴らす。シェーデも肩を竦めて見せた。皆無傷なのは分かりきっていた。


 アズマは皆の様子を確認すると、満足そうに頷いてから前方へと向き直った。


「よし。それじゃあ先へ進もうか」

「承知している。……だがここから先に漂う邪気は比ではない。努努油断せぬ事だ。主もだぞ」

「わかってるよっ!」


 セイランが再び翼を大きく広げ、魔族領へと進路を取る。僕も解放の神剣を鞘へ収めると、龍の左肩に立ったまま前方を見据えた。


 眼前に広がる黒い大地は、もう目と鼻の先にまで迫っていたのだった。

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