Ep.453 Side.S 何もかもが遅すぎて
————完敗だった。
それは為す術なく奪われた。
司令部に辿り着くと、チギリ師匠の言霊返しに通信が届いていた。
既に私達希望の黎明やアスカ先生、ラムザッドさん、フェッティさん達のパーティに、主要な部隊指揮官が揃っていて、皆が師匠の様子を窺っていて、張り詰めた空気に包まれていた。
「――おい! 状況はどうなっているのだ! 敵の規模はッ!」
師匠の目が見開かれる。その様子から何処かが襲撃を受けていることは明白だった。
「な……! 守備隊が壊滅だと……。おい、どうした応答しろ! …………通信が途絶した……」
師匠の愕然とした様子に司令部を沈黙が支配した。
何が起きたのか……。誰もが師匠の言葉を待って状況を飲み込もうとしていた。
「……ファーザニア南西部のサレナグランツ港からの通信だ。……そして恐らく……既に……」
「――っ!!」
マルシェの顔色が変わり、隣で同じように驚くフェッティさんと顔を見合せていた。
師匠は苦渋の表情で唇を噛むと、ゆっくりと口を開く。
「…………。……こちらからの通信に応答はない。二度目の魔王の号令から時を置かずして破られたというのか……ッ」
「そ、そんな……っ」
マルシェが呆然と呟いたと同時に、アスカさんが首に下げた言霊返しに手を取った。
「ファーザニアの偵察隊からですわ!」
「こっちに繋げるよう伝えるんだ!」
チギリ師匠の言葉にアスカさんが頷く。
そして師匠が魔力を込めると、彼女の言霊返しが淡い光を放ち、声が聞こえてきた。
「——こちら黎明軍偵察班サンライト『ハンナ・ティックル』剣少尉! サレナグランツを遠方より監視中です! ——」
「ティックル剣少尉、報告を! サレナグランツはどうなっているっ!」
息を殺しているような様子で、ハンナさんの声が続く。
「――……街への門が破られていて……物凄い数の魔物が港を取り囲んでいて……。そ、それに海上にも……。で、でも……。……気味の悪い程に静かです……――」
静か……? 魔物が街に侵入しているなら中はパニックのはず。それなのに……。
……考えられる状況は最悪だわ。まさか街の人達が……!
「――あっ……! ま、魔大将! 街の! 街の人達が広場に集められています! まだ無事のようです! ――」
虐殺の情景が頭を過ぎっていた私は一縷の安堵を得たけれど、とはいえ港街は魔物に占拠された状態だ。命が脅かされている事には変わらず、一刻の猶予もない。
残虐な魔物達が、人間を生かすとか思えないからだ。
「——あ! ひ、一人! 一人の人間が魔族と思しき者の前に跪かされました……っ! ファーザニアの軍服です……!」
「軍人……? 特徴は分かるか!」
チギリ師匠が食い入るように言霊返しへ問い掛ける。
「――はい……! 少々お待ちを……。…………っ! 肩章を確認! 剣大佐……サレナグランツ守備隊長です! 間違いありません! ――」
「守備隊長……!」
守備隊長は先程師匠と通信していた人物のはず……。
殺さず、生かされている……?
「――守備隊長に目立った外傷は……あります。かなり酷いです……。ですが、命に別状はないように見えます。……跪いたまま、動きません……――」
「…………」
嫌な予感がした。
意図的に生かしているんだ……。
残虐な魔物達が街を制圧しておきながら、街の人々を一ヶ所に集め、守備隊長まで生かしている。
魔物が取る行動としては、その光景はあまりにも不自然だった。
「――住民は……広場を埋め尽くす程です。皆、魔物に囲まれて……。子供もいます。老人も……――」
ハンナさんの声が震える。
「――あっ! 一人、住民が走り出しました! 包囲を抜けようと……――」
その直後だった。
『――――』
言霊返しの向こうから、小さな悲鳴が聞こえた。
「――……殺されました……。魔物に……。一瞬で……――」
「…………っ」
マルシェが悲痛な表情で拳を握り締める。
逃げることすら許されない。
街を囲まれ、海上まで魔物に塞がれ、逃げようとすれば殺される。
だから皆、声も出せずに広場に集まっているんだ。
……何をするつもりなの。
何のために、こんな……。
「やはり、魔物に指示しているな。ティックル剣少尉。魔族は確認出来るか?」
「――……確認します。……一体は、守備隊長の正面に。白髪赤黒い角を生やした褐色肌の……ぁあ……ああぁっ! ――」
「……まさか」
誰かが呟いた。
私にもその特徴には覚えがあった。
忘れられるはずがない。亡者平原の戦いで、私達に癒えることの無い傷を刻み付け——。
ナタクさんを、私の第二の師を————!
「ベリアル……ッ」
チギリ師匠が低く、その名を口にした。
司令部の空気が更に重くなる。
「――それから……女型を確認。まるで貴婦人のような物に身にまとっています。もう一体は……細身で長身の男型……。司祭のような黒衣です。……どちらにも赤黒い角……っ! ――」
「——馬鹿なッ!」
ダン、と机を叩きながら立ち上がる師匠の表情が険しい。
「……ベリアルやリリスと共通の特徴……まさか」
アスカさんが掠れた声を漏らす。
「……。その三体も、幹部だ……ッ!」
「「「ッ!!」」」
司令部に戦慄が走った。背筋の熱が急速に失われていく感覚を覚える。この場にいる人達は残らず狼狽した気配がした。
「一つの港街を落とす為だけに、魔族幹部がァ三体も出張ってやがるってのかァ……?!」
「……奴らめ。今度は一点に戦力をぶつけて来たという訳か……。圧倒的な力で一つ一つ潰す。……的確かつ確実だな」
チギリ師匠は悔しげに、だけど冷静に分析する。
だけど、その目には明らかな疑念が浮かんでいた。
私にも分かる。
おかしい。
サレナグランツの守備隊は確かに精鋭だったのだろう。
魔族幹部三体を同時に投入する必要があるの?
「魔族幹部一人だけで潰走した我々相手に、幹部三人だと? ……何かある」
師匠が呟いた。
「奴らはただ街を落とす為だけに集まったんじゃない……。そこにはあの悪辣の貴婦人がいるのなら、奴の発案に違いない……! ——ティックル少尉、絶対に近付くな。そのまま監視を続けろ」
「――了解……!――」
再び、張り詰めた沈黙。
やがてハンナさんの息を呑む音が聞こえた。
「――……ハーゲンティに動きあり。何かを取り出しました――」
「何だ?」
「――黒い……棒……? いえ……杭のような……。…………楔? 黒い楔です――」
「黒い……楔……?」
その言葉に、胸騒ぎが強くなる。
「師匠ッ! それって……まさか!」
「…………っ! そういう……事か!!」
ハンナさんの報告には、ハーゲンティはその黒い楔を大事そうに両手で抱えているらしい。
師匠から聞いていたのだ。魔族領に広がる死の大地は、黒の楔が打ち込まれた事によるものなのだと……。
「――なんという外道だッ! 奴ら! サレナグランツを死の大地にするつもりだッ! 住人諸共に!」
「――――っ」
師匠が怒り心頭とばかりに机を叩きつける。
マルシェは声にならない悲鳴を上げて青ざめていた。
……想像に至ってしまったんだわ。サレナグランツの街の人達が、これからどうなってしまうのかを。




