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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第4章『知られざる決戦』
463/469

Ep.453 Side.S 何もかもが遅すぎて

 ————完敗だった。

 それは為す術なく奪われた。

 

 司令部に辿り着くと、チギリ師匠の言霊返しに通信が届いていた。

 既に私達希望の黎明やアスカ先生、ラムザッドさん、フェッティさん達のパーティに、主要な部隊指揮官が揃っていて、皆が師匠の様子を窺っていて、張り詰めた空気に包まれていた。


「――おい! 状況はどうなっているのだ! 敵の規模はッ!」


 師匠の目が見開かれる。その様子から何処かが襲撃を受けていることは明白だった。


「な……! 守備隊が壊滅だと……。おい、どうした応答しろ! …………通信が途絶した……」


 師匠の愕然とした様子に司令部を沈黙が支配した。

 何が起きたのか……。誰もが師匠の言葉を待って状況を飲み込もうとしていた。


「……ファーザニア南西部のサレナグランツ港からの通信だ。……そして恐らく……既に……」

「――っ!!」


 マルシェの顔色が変わり、隣で同じように驚くフェッティさんと顔を見合せていた。


 師匠は苦渋の表情で唇を噛むと、ゆっくりと口を開く。


「…………。……こちらからの通信に応答はない。二度目の魔王の号令から時を置かずして破られたというのか……ッ」

「そ、そんな……っ」


 マルシェが呆然と呟いたと同時に、アスカさんが首に下げた言霊返しに手を取った。


「ファーザニアの偵察隊からですわ!」

「こっちに繋げるよう伝えるんだ!」


 チギリ師匠の言葉にアスカさんが頷く。

 そして師匠が魔力を込めると、彼女の言霊返しが淡い光を放ち、声が聞こえてきた。


「——こちら黎明軍偵察班サンライト『ハンナ・ティックル』剣少尉! サレナグランツを遠方より監視中です! ——」


「ティックル剣少尉、報告を! サレナグランツはどうなっているっ!」


 息を殺しているような様子で、ハンナさんの声が続く。


「――……街への門が破られていて……物凄い数の魔物が港を取り囲んでいて……。そ、それに海上にも……。で、でも……。……気味の悪い程に静かです……――」


 静か……? 魔物が街に侵入しているなら中はパニックのはず。それなのに……。


 ……考えられる状況は最悪だわ。まさか街の人達が……!


「――あっ……! ま、魔大将! 街の! 街の人達が広場に集められています! まだ無事のようです! ――」


 虐殺の情景が頭を過ぎっていた私は一縷の安堵を得たけれど、とはいえ港街は魔物に占拠された状態だ。命が脅かされている事には変わらず、一刻の猶予もない。


 残虐な魔物達が、人間を生かすとか思えないからだ。


「——あ! ひ、一人! 一人の人間が魔族と思しき者の前に跪かされました……っ! ファーザニアの軍服です……!」

「軍人……? 特徴は分かるか!」


 チギリ師匠が食い入るように言霊返しへ問い掛ける。


「――はい……! 少々お待ちを……。…………っ! 肩章を確認! 剣大佐……サレナグランツ守備隊長です! 間違いありません! ――」


「守備隊長……!」


 守備隊長は先程師匠と通信していた人物のはず……。

 殺さず、生かされている……?


「――守備隊長に目立った外傷は……あります。かなり酷いです……。ですが、命に別状はないように見えます。……跪いたまま、動きません……――」


「…………」


 嫌な予感がした。

 意図的に生かしているんだ……。


 残虐な魔物達が街を制圧しておきながら、街の人々を一ヶ所に集め、守備隊長まで生かしている。


 魔物が取る行動としては、その光景はあまりにも不自然だった。


「――住民は……広場を埋め尽くす程です。皆、魔物に囲まれて……。子供もいます。老人も……――」


 ハンナさんの声が震える。


「――あっ! 一人、住民が走り出しました! 包囲を抜けようと……――」


 その直後だった。


『――――』


 言霊返しの向こうから、小さな悲鳴が聞こえた。


「――……殺されました……。魔物に……。一瞬で……――」

「…………っ」


 マルシェが悲痛な表情で拳を握り締める。


 逃げることすら許されない。


 街を囲まれ、海上まで魔物に塞がれ、逃げようとすれば殺される。


 だから皆、声も出せずに広場に集まっているんだ。


 ……何をするつもりなの。


 何のために、こんな……。


「やはり、魔物に指示しているな。ティックル剣少尉。魔族は確認出来るか?」


「――……確認します。……一体は、守備隊長の正面に。白髪赤黒い角を生やした褐色肌の……ぁあ……ああぁっ! ――」


「……まさか」


 誰かが呟いた。

 私にもその特徴には覚えがあった。


 忘れられるはずがない。亡者平原の戦いで、私達に癒えることの無い傷を刻み付け——。


 ナタクさんを、私の第二の師を————!


「ベリアル……ッ」


 チギリ師匠が低く、その名を口にした。

 司令部の空気が更に重くなる。


「――それから……女型を確認。まるで貴婦人のような物に身にまとっています。もう一体は……細身で長身の男型……。司祭のような黒衣です。……どちらにも赤黒い角……っ! ――」


「——馬鹿なッ!」


 ダン、と机を叩きながら立ち上がる師匠の表情が険しい。


「……ベリアルやリリスと共通の特徴……まさか」


 アスカさんが掠れた声を漏らす。


「……。その三体も、幹部だ……ッ!」

「「「ッ!!」」」


 司令部に戦慄が走った。背筋の熱が急速に失われていく感覚を覚える。この場にいる人達は残らず狼狽した気配がした。


「一つの港街を落とす為だけに、魔族幹部がァ三体も出張ってやがるってのかァ……?!」


「……奴らめ。今度は一点に戦力をぶつけて来たという訳か……。圧倒的な力で一つ一つ潰す。……的確かつ確実だな」


 チギリ師匠は悔しげに、だけど冷静に分析する。

 だけど、その目には明らかな疑念が浮かんでいた。


 私にも分かる。

 おかしい。


 サレナグランツの守備隊は確かに精鋭だったのだろう。

 魔族幹部三体を同時に投入する必要があるの?


「魔族幹部一人だけで潰走した我々相手に、幹部三人だと? ……何かある」


 師匠が呟いた。


「奴らはただ街を落とす為だけに集まったんじゃない……。そこにはあの悪辣の貴婦人がいるのなら、奴の発案に違いない……! ——ティックル少尉、絶対に近付くな。そのまま監視を続けろ」


「――了解……!――」


 再び、張り詰めた沈黙。

 やがてハンナさんの息を呑む音が聞こえた。


「――……ハーゲンティに動きあり。何かを取り出しました――」


「何だ?」


「――黒い……棒……? いえ……杭のような……。…………楔? 黒い楔です――」


「黒い……楔……?」


 その言葉に、胸騒ぎが強くなる。


「師匠ッ! それって……まさか!」

「…………っ! そういう……事か!!」


 ハンナさんの報告には、ハーゲンティはその黒い楔を大事そうに両手で抱えているらしい。

 師匠から聞いていたのだ。魔族領に広がる死の大地は、黒の楔が打ち込まれた事によるものなのだと……。


「――なんという外道だッ! 奴ら! サレナグランツを死の大地にするつもりだッ! 住人諸共に!」

「――――っ」


 師匠が怒り心頭とばかりに机を叩きつける。


 マルシェは声にならない悲鳴を上げて青ざめていた。

 ……想像に至ってしまったんだわ。サレナグランツの街の人達が、これからどうなってしまうのかを。

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