Ep.451 Side.S 削れゆく世界で
希望の黎明の皆と合流してから数日が経った。この所任務で出歩くことは無く、ひたすらに帝都で訓練に励んでいた。
アスカ先生も復帰し、転移の精霊具量産が頓挫した事を悔しがっていたけれど、それでも地道に精霊具開発を続けているようで、あまり姿を見ていない。
ラムザッドさんも獣王隊を纏め、帝都に帰還して彼らの調練に注力している。頼もしい仲間が増えたことで、私達の士気も自然と高まっていた。
それと、先の魔族の襲撃で被害に遭った帝国領に住む獣人族も、獣王隊に合流したみたいね。
獅子の獣人『獅哮族』前族長のベルツさんとラムザッドさんで会合してそうなったとか。
ベルツさんは確か、帝国領のアドヘルムという都市のギルドマスターだというけれど、その地位を誰かに任せて今は獣王隊に居るみたい。
戦力が増えることは喜ばしい事だわ。……でも、いい事ばかりではなかった。
故郷を追われた人達が、絶えず帝都に難民として雪崩れ込んでいたのだ。
それはどうやらサリア神聖王国の聖都や、ファーザニア共和国の首都、そして故郷である東方部族連合の各地の大きな街でも同じ事が起きているようだった。
世界は今、確実に狭くなっている。
魔王軍との戦いには勝った。帝都を守り抜いて、各地から届いていた救援要請にも応じることが出来た。
だけど、守れたのは全てではない。
人が住めなくなった村がある。
魔物に占拠され、放棄せざるを得なくなった街がある。
そうして行き場を失った人達が、まだ安全が保たれている大きな都市へと集まり始めているのだ。
私達が勝利を重ねている裏側で、人々が暮らせる場所は少しずつ失われている。
……そんな気がしてならなかった。
「――そこまで! 昼休憩にしましょう!」
「……ごはん! はやくいこ」
訓練所に響いた号令に、へばっていたウィニはむしろ元気にぴょんと立ち上がる。揺れる尻尾が待ちきれないと叫んでいて、私は呆れた息を漏らした。
「ウィニ猫……全然元気じゃねぇかよ」
「最後の力をふりしぼってる。ラシード、おんぶ」
「なんでだよ——おい! 乗ってくんな! ……ったく」
なんていう二人のやり取りもいつも通りね。
まったくもう……。
「ふふっ。では今日は皆さんで城下へ食べに行きませんか? 私もお腹が空いてしまいましたっ」
「まるんにさんせー!」
「そうね! じゃあいきましょう」
その後汗を流して着替えを済ませた私達は、そのまま帝都の城下へと繰り出した。
帝都リムデルタ。
世界最大の軍事力を誇る帝国の首都だけあって、相変わらず大通りには多くの人が行き交っている。
商人の呼び込みに、荷車の車輪が石畳を転がる音。
どこからか漂ってくる香ばしい肉の匂いに、ウィニの猫耳がぴくぴくと反応していた。
「さぁや。あれたべたい」
ウィニが屋台の一つを指差して私の服の袖を摘んでくる。
「駄目よ。今からお昼ご飯食べるんだから」
「むぅ。じゃあお昼ごはんあれでいい」
「串焼き一本で足りるの?」
「いっぱいたべる。お店でもいっぱいたべる」
「ウィニ? お金はあるんですか?」
「ん。ラシードが」
「——息するようにたかるなよ!」
……いつも通り。
何も変わらない帝都の日常。
……そう思おうとしていたんだわ。
「…………」
道端に座り込んでいる親子がいた。
まだ幼い男の子を抱き寄せた母親。傍らには大きな荷物が二つ置かれている。
その少し先にも、旅装のまま壁際に座っている老人達がいた。
衣服は汚れ、皆一様に疲れ切った顔をしている。
「……難民の方々ですね」
マルシェが小さく呟いた。その緑色の目は伏せがちだ。
「ええ……」
帝国兵が彼らに声を掛け、何処かへ案内していく。
以前なら、こんな光景はなかった。
少なくとも帝都の大通りで、家財道具を抱えた人達が行く当てもなく座り込んでいるなんてことは。
歩いていると、それが一組や二組ではないことに気付いた。
「西からも南からも集まって来てるらしいぜ……」
前を歩いていたラシードが呟く。
「小さな集落はもうズタズタに破壊された所も少なくねえ……ッ。全部を守るには……人の数が足りねぇんだ……!」
「……っ」
私もマルシェも、何も答えられなかった。
ふと、先程の親子の前でウィニが立ち止まる。
「ウィニ……?」
そして手に持っていた包みを見る。
訓練所を出る時、誰かから貰ったお菓子だ。
ウィニはそれをじっと見つめた後――男の子へ差し出した。
「……あげる」
「え……?」
「おいしいから」
男の子は母親を見上げる。
母親が申し訳なさそうに頭を下げると、男の子は恐る恐る受け取り、小さく笑った。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「ん」
ウィニの尻尾がふわりと揺れた。
「……行こ。おなかすいた」
「……ええ」
何事もなかったように歩き出したウィニを追い掛ける。
……あのウィニが、見ず知らずの人に食べ物をあげるなんて事、今まで見たことがなかった。
私はもう一度振り返った。
貰ったお菓子を嬉しそうに頬張る男の子と、それを見て微笑む母親。
その後ろには――行き場を失った沢山の人達。
「…………」
胸の奥に、形容し難い何かが残った。
戦いには勝った。私達は帝都を守った。
エルヴァイナも、シュタイアも、ボリージャも守られた。
なのに……どうしてかしら……。
世界を取り巻く皆の希望が、小さくなっているような気がした。
——その日の夜。
訓練の疲れもあって、私は早々に眠りについていた。
宿舎も寝静まり、窓の外には虫の声だけが小さく響いている。
――しかし。
その静寂を引き裂くように、突如として警鐘の音が鳴り響き、私は跳ね起きる。
身体が考えるより先に動いていた。
寝台から飛び降りて窓へ駆け寄り、勢いよく開け放つ。
帝都の至る所で明かりが灯り始める。
「おい! 一体なんだ! 敵襲か!?」
「物見だ! 物見が何か指差してるぞ!」
窓から身を乗り出す者や、兵舎を出てくる兵士達の怒号が夜の黎明軍の詰所を横行していた。
そして兵士達がやがて一点を見上げ始め、私は彼らの視線を追った……。
「…………嘘」
……遠い空。
魔族領のある方角。
闇夜を引き裂くように、巨大な漆黒の柱が天へと立ち昇っていた。
……見間違えるはずがない。忘れるはずがない!
あれは、今起きてはいけないものだ……っ!
「魔王の……号令……」
背筋を冷たいものが伝った。
再来があるとしても猶予があると思っていた。
奴らも今は力を蓄えているのだと。
あれだけの大規模襲撃を退けて、魔族幹部すら撃退したのに……。
ようやく世界に、束の間の平穏が戻ってきたと思っていたのに。
漆黒の柱は、そんな私達を嘲笑うかのように夜空を染め上げていた。
「——サヤ! チギリが呼んでる! 他はもう向かった! 俺らも司令部へ急ぐぞッ!」
「——え、ええ……!」
開け放たれたドアから、血相を変えたラシードが叫んだ。
私は震える身体に鞭打ち、飛び出しそうな程に跳ねる鼓動を抑え、駆け出すのだった。




