Ep.450 この腕と、この剣で
——と、今日はここまでにしておこうか。
え? やだ? この先をもっと聞きたいって?
わかってるよ、凄く良いとこだからね!
なんせ勇者クサビがついに! ついに封剣・月虹を携えて魔王の元へ向かおうっていうところだからね。
続きが気になるのは仕方ないことさ。
……でも空を見てごらん? もう暗くなってきているだろう? もう帰る時間さ。
また明日読み聞かせてあげるよ。約束する。
風が明日も晴れると言っているからね。
……なんだいその胡散臭いものを見たような目は。……ホントだよ?
……ふふ。じゃあまた明日。
ははっ。あんなにウキウキに走っていく。
……本当に、血は争えないものだなぁ。
雲一つない空に、鳥の鳴き声が鳴く頃。
陽の光は燦々と照らして一日の始まりを告げる。
僕達はシュミートブルクを治める、ツヴェルク族の長、ガインさんに礼を言って、出立し、出入り門までやってきた。
外では、偵察から帰還したセイランが待機しているはずだ。出立を決めてから、念話で戻ってくるように伝えていたのだ。
城門の上の見張り台には、門番のナッツさんが僕達に気付くと、小さな体でドタドタと駆け出し、中に入っていった。相変わらず元気だなあ。
「ゼクストさーん! 勇者様方が来ましたよぉ!」
「大声出さんでも聞こえるわい! やっと来おったか」
そんな騒がしいやり取りの後、石階段を降りて来たゼクストさんが、その顔を見せた。
早朝だというのに、僕達よりも早くに来て待っていてくれたんだ。気難しいようで、誰よりも情に厚い人だ。
——そう油断していた。
「……もう、会うことはないのじゃろうな」
ゼクストさんは落ち着いた様子で、僕だけを見てそう言った。
事情を知らないナッツさんはきょとんとしている。
「…………っ、……はい」
ゼクストさんのその言葉で、僕の喉に何かを詰まらせたが、それを呑み込みなんとか声を出した。
……そうだ。油断していた。これまで幾度となく別れを繰り返してきた。こういう場面は慣れたはずだったのだ。
いや、こんな事、慣れるわけがないじゃないか。
声は震えていなかっただろうか。みっともない顔になってないだろうか。
この街を発てば、もう二度とこの顔を見ることは出来ない。あの厳しくも優しい声を背中で受けることも……。
僕は魔王から退魔の精霊を取り戻したら、この時代での目的はもうない。すぐに僕の生まれた時代へ戻って戦いを続けなければならない。
……今生の別れなんだ。右腕の義手を与えてくれ、封剣・月虹を共に作り上げた、アズマ達にも劣らぬほど大恩ある人との。
「……ハクサ……っ」
サリアが心配そうな声色で僕にそう投げ掛けたが、アズマ達が僕から少し距離を空けた気配がした。
「……まったく。なんて顔をしとるんじゃ。大の大人が」
ゼクストさんが僕の前まで歩み寄って見上げていた。いつもの気難しい鋭い目つきだ。睨まれているというのに、何故かその目つきに安心を覚えた。
「気の抜けた顔しおって。これからお主には大仕事が待っとるのじゃろうが。シャキっとせんか」
「……ゼクストさん」
「……やり遂げるんじゃ」
ゼクストさんの視線が真っ直ぐ僕を貫いた。
ゼクストさんは僕が目的を成し遂げることを、信じてくれているのだ。そんな人の想いを無駄には出来ない。
「……はいっ! 必ずやり遂げてみせますっ! この腕と、この剣で!」
僕は月虹を腰から鞘ごと外し、義手でそれを持って地面を突いた。
「よし! 腑抜けた顔は消えたようじゃな。ではとっとと行ってしまえい!」
「……はい! ありがとうございました!」
ゼクストさんは腕を前に組んで『うむ』と頷いた。
「ではゼクストさん、また来るよ。ナッツさん、門を開けてくれるかい?」
「はいっ! ただいまーっ」
アズマがゼクストさんに一礼し、ナッツさんに声を掛けた。するとナッツさんが走り去り、間もなく門が重厚な音を立てて開かれた。
各々が別れを告げて門を通る。
外には龍の姿のセイランが待機しているのが見えた。
僕も街の外へと足を踏み出し、セイランに乗り込む。
そして全員がセイランの背に乗り込み、大きな龍の翼が羽ばたいて、周囲に突風を巻き起こしながら浮上していった――その時だった。
「――死ぬでないぞッ! クサビッ!!」
それはまるで天に向かって響くような雄叫びのような、ゼクストさんの声だった。
「——っ! ……はいっ!!」
思わず涙がこぼれた僕は、大きく手を振って答えた。
シュミートブルクがあっという間に小さくなっていく。もうゼクストさんの姿を見分ける事は出来なくなり、僕は涙を拭い、向かう先である北西へと目を向けたのだった。
決意と、たくさんの絡み合う想いを胸に……。
「――相変わらずドラゴンの迫力はすごいや! もうあんな遠くに! ……そういえばゼクストさん、さっき『クサビ』って呼ばれてましたけど?」
若造共が去った先にはもう何も見えん。
工房に戻ろうとした儂に、やかましい若造が寄って来よる。
「ふん。……つい孫の名前を呼んだだけじゃ」
「えー? ゼクストさんって息子さんもいましたっけ――あいたーっ!?」
この五月蝿いヒヨッコ門番の頭を拳で叩くと、存外良い音がした。
「五月蝿いんじゃ! さっさと戻らんか!」
「ひぃぃ!」
ナッツが頭を抑えながら戻っていき、儂は工房への帰路へと戻る。
そして歩きながら北西を見上げた。
……そうじゃ。孫と呼び間違えただけじゃ。




