Ep.449 月虹
心地よい音と共に左手に伝わるのは、金属同士が打ち合う確かな手応え。
「むっ!? 届いた……ッ! ――クサビよ! 何を呆けておるッ! 打てぃッ!」
「――っ! は、はいっ!」
ゼクストさんの怒鳴り声に我に返った僕は、反射的に鎚を振り下ろした。
再び響く高音。
今度は僕自身の意思で、救世鋼の表面を叩く。
二度三度――その度に甲高い音が連続する。
横からゼクストさんが打つべき箇所を指示しながら見守ってくれていた。僕は右肩に置かれたゼクストさんの大きくゴツゴツした掌、その温かさに背を押されながら鎚を振り下ろし続けた。
——一打毎に想いを込めて。願いと、祈りと、希望を。
鋼を打ち、炉へ戻して熱し、また打つ。それをひたすらに繰り返した。
……リズムなどあったものではなかったが、それでも小気味よい音が、ゼクストさんの工房の外にまで響いていたのだった。
「そこ! 打ち方が甘いわ!」
「はい!」
――カァン!
それからどれ程の時を過ごしたのだろう。僕は夢中になって鎚を振り続けていた。
「馬鹿者! そこは繊細にじゃ……っ」
「は、はい!」
横から飛ぶ怒号は情熱そのもので、厳しいがその中には彼なりの優しさも含まれていたように感じた。
鎚を振る度、長方形のインゴットだった救世鋼が少しずつその形を変えていく。だんだんと剣の形へと近づいていくその様に、僕は己の歩んできた旅路を重ねていた。
……日常が破壊され、追い立てられるように始まった旅。
多くの人と出会い、助けられ、信の置ける仲間達と困難に立ち向かって、自分の成すべきことを見つけて、しまいには時をも越えてきたのだ。そしてついに、目的を果たす為の剣を今、生み出そうとしているんだ!
たとえこの剣が世界を救う剣とはならずとも、その為の一手を必ず打つんだ……!
ゼクストさんに導かれながら、僕はその想いのままに槌を振り続けた————。
そして――。
やがて日が暮れようとする時刻になった頃。
「……よかろう。ちと不格好じゃが、上出来じゃわい」
「……ついに……。ここまで出来たんですね……!」
ゼクストさんは鍛えられた刀身に目を凝らしてそう呟いた後、大きく息を吐いた。
僕の両肩に手を置き、労うように何度か叩いた後、満足げに何度も頷くゼクストさんを見ながら僕も深く息を吐いた。
感無量とはこの事だ。胸がいっぱいで何を言葉にしていいのか分からない。
黒い長剣の刀身が金床に横たわっている。
左右も非対称で、所々歪で真っ直ぐとはしておらずなんとも不格好な刃。それでもこれは僕が、皆と作り上げたただ一つの剣だ。
でも僕の目には、この剣が世界一美しく見えた。
実際黒い刀身の角度を変えて見てみると、刃の中に淡く虹色の光が宿っていた。
「では儂がこれに柄と鍔を付けて仕上げる。鞘もこさえてやるわい」
「はい! ……お願いしますっ!」
僕は一つの大業を成しえたかのように、万感の想いを抱きながらゼクストさんに頭を下げた。
「お主は仲間に知らせてやれ。ここからは儂の仕事じゃ。……ほれ、邪魔じゃ! とっとと行かんか」
「……はいっ」
僕は慌てて工房を出る。
ゼクストさんはまるで邪険にするような物言いだったが、彼の口角が僅かに上がっていたのを、僕はちゃんと見ていた。
――その夜、族長館の一室にて。
「そうか……。封印の剣が、もうすぐ完成か」
「ひと月、よく頑張ったわねっ」
アズマ達一同が集まる部屋で僕は封印剣が完成間近である事を報告し、どのような困難があったのかを語った。
アズマは感慨深い表情で微笑み、感極まったサリアに、胸に抱き寄せられながら頭を撫でられた。
……もう僕は子供ではないのだ。
サリアを控えめに押し返し、居住まいを正す。……耳が熱い。
「祖精霊に許されて初めて鋼に届く様、是非その場に私も居合わせたかったものだ」
「……剣、ついに」
シェーデがうんうんと頷き、デインは珍しく言葉を発した。彼もきっと喜んでくれているに違いない。
「こんだけ俺らを待たしてんだ。鈍だったらぶっ飛ばすぞ、クサビ」
ウルグラムは窓から外を見つめ、僕らに背を向けたまま、相変わらずな乱暴な口調で言い放つ。その背から滲む闘志は誰に向けたものなのか……。
きっと、その相手と対峙する時は近いのだろう。
「よし、完成間近なら、いつでも出立出来る支度を済ませておこう。心の方もね」
気の引き締まったアズマの声に、皆が一斉に視線を向けた。空気が途端に張り詰める。
アズマの表情が告げている。
魔王ともう一度戦う覚悟を、そして恐怖に備えろと。
「ええ。私はいつでも立ち向かえる。必ず皆を守るわっ」
「私も、もう震えはない。盾も軽々と扱って見せよう」
「…………っ」
デインは拳をぎゅっと握りながら強く頷いた。
「ハッ! 二度もビビるわけねェだろ。……ぶち抜いてやる」
そして皆が視線を向けた先は、僕だ。
お前はどうだ、と。
魔王は恐ろしいぞ、お前は対峙出来るのか。という眼差し。
……震えてきた。魔王に対峙する自分を想像したら……。
だがこれは、この震えは恐怖ではない。
「大丈夫です。これは武者震いです……! ようやく目的を果たせると思うと――」
――そして退魔の精霊を取り戻し、未来へ戻って救うんだ。……世界を丸ごと、魔王もだ!
僕はその決心を胸の内に強く抱き、頷いて見せる。
その瞬間、皆の覚悟と決意が絡み合い、ひとつになったような感覚を覚えた。
絶大な恐怖に立ち向かう者達だけが持つ、その覚悟を共有したのだ。
「頼りにしてるよ、クサビ! そして君の目的を果たそう!」
「はいっ!!」
その後解散となり、それぞれの部屋に戻った。
しかし僕は床についても、皆と固めた決意が熱となって僕の心を滾らせていて興奮冷めやらず、寝付けないまま長い夜は過ぎていったのだった。
――翌日の夜。
族長館の使用人さんが、僕宛ての来客を知らせてくれて、僕は逸る気持ちを抑えぬままに外へと駆け出した。
月明かりに照らされた族長館の入口に、ゼクストさんは一振りの剣を携えて立っていた。
僕の様子を見て剣の完成の気配を察したのか、アズマ達もやってきた。
「待たせたのぅ。……完成じゃ、クサビ」
「……これが……」
差し出された剣を、両手で受け取る。
黒を基調とした簡素な鍔と、革を幾重にも巻いた柄。握れば不思議なほど左手に馴染んだ。
僕は生唾を呑んで、鞘から剣を引き抜いた。シャリンという気持ちの良い音と共に、その姿は現れた。
丁寧に研磨された黒き刀身は、鏡のような光沢を帯びている。それでも不格好で、僅かに歪んだ輪郭は、僕が鎚を振るって生み出した時のままだった。
「……直さなかったんですね」
「当たり前じゃ」
ゼクストさんは鼻を鳴らす。
「お主が魂込めて打ったものを、儂が汚すことなど出来るはずもないじゃろう。儂がしたのは、剣として使えるよう仕上げただけじゃ」
「……ありがとうございます」
ゼクストさんの職人としての心意気と優しさに胸が熱くなった。
「礼はまだ早いぞい。剣とは名を得て初めて一振りとなる。……名付けてやれぃ」
「名前……」
僕は剣をゆっくりと頭上へ掲げた。
満月を背に、黒い刀身へ月光が降り注ぐ。
すると刀身の奥に眠っていた六祖の色が呼び起こされたように、虹色の光が淡く煌めいた。
——闇夜を照らす月。
太陽のように眩しくなくても、暗闇の中で進むべき道を静かに照らしてくれる光。
そして、この剣もまた――。
「……決めました」
僕は剣を見上げたまま、その名を告げる。
「――『封剣・月虹』。平和という道を照らす剣……」
「……月虹、か」
ゼクストさんが満足そうに髭を撫でた。
「うむ。良き名じゃ」
「綺麗な名前ねっ。クサビらしいわ」
サリアの言葉に、皆も頷いてくれる。
僕は月虹を胸元へ引き寄せ、柄を強く握った。
これで、全て揃った。
退魔の精霊を取り戻す為の封印剣。
僕がこの時代へ来た目的を果たす為の、最後の一手が。
「……アズマ」
「ああ。そうだね」
僕の呼び掛けに、アズマが力強く頷く。
いつもの涼やかな笑みに、温かな眼差しで。
「明日、出立しよう」
「……はい!」
魔王との再戦。ついにその時が来たんだ。
恐怖はある。
それでも目を逸らしはしない。そう決めたのだから。
僕は、勇者なのだから!
「お主ら、明日発つのか。ならば見送りに行ってやるわい。……大きな仕事を終えて暇じゃからの」
「……はいっ! 嬉しいです!」
ふん、と鼻を鳴らしたゼクストさんが踵を返し、帰り道へと歩いていく。小さな体の大きな背中に、僕は深い感謝の念を抱いて、気がつけば月虹を抱いたまま深く腰を折っていた。
「なあクサビ、その剣をよく見せてくれないかい?」
頭を上げた僕に、アズマが横に立ってそう言った。
「はい! ……ちょっとヘンテコですけど……あはは」
僕はアズマに剣を渡すと、アズマは剣を抜いて高く掲げて眺めた。
「クサビが打ったんだろう? ……うん。良い剣だ」
「——っ!」
アズマは剣を横に寝かせると、僕に返す事なく、今度はサリアに手渡した。
サリアはそれを両手で受け取る。
「…………。……とっても、重いわね……っ」
そしてサリアからシェーデへ、シェーデからデインへ。
そしてデインからウルグラムへと剣が渡り、彼は軽く剣を振った。少し形が歪んでいるせいか、風を切る音も何処か鈍く聞こえた。
「ふん。素人の剣かよ。……悪くねェじゃねぇか」
「————」
目頭が熱くなり、鼻の奥がじんじんする……!
ウルグラムは剣を僕に押し付けるように突っ返し、それを両手で大事に受け取る。
そうして見渡した皆の様子は、とてもこれから死闘を控えた者達にしては、あまりに穏やかな表情をしていた。
————もうすぐだ。
もうすぐ会える。待っていてくれ————。
時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜 過去編
第3章『封印の剣』 了
次回 第4章『知られざる決戦』




